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第48話 公爵令嬢は、獲物を追いかける

(公爵、なんだか、ボーっとしてるわね。予想外の出来事が次々に起こって、そのスピードについていけてない感じよね。まあ、私も自分で自分の行動に驚いてるけど。でも、こういう自分の頭で考えるより、よくわかんないけどなぜだがとても重要で、今すぐ動かなくちゃってどこかからか湧いてくる大きなエネルギーみたいなもの。この自分を突き動かす情動を、私はまあまあからなあ。とにかく今の最重要課題は、逃げるであろうロバートを捕まえて、マクシミリヨン国王の安全を固守する事。そして、この逮捕劇に注意を引き付けて、アーシヤへの注意を逸らし、彼らが国外にスムーズに出られるよう手助けする事……) 


そんな事を考えながら、私は少し呆けたような表情の公爵に、再度声をかけた。


「オールノット公爵様、まもなく私達は、ここを逃げ出すロバートを追わなくてはなりません。ご準備下さい」

「……なぜ……なぜ、彼は逃げるのだ? 万が一、彼があなたの言うとおりの悪人だとしても、ここに残った方が身の潔白を証明できるのだろう?」


「本当に彼が無罪でしたら、そうでしょう。しかし、彼はすねに傷を持つ身。明日になれば、国王に謁見出来ないどころか、国境が封鎖されてしまう。もし、このまま残って、どこからか彼の裏の顔がバレてしまったら? 一国の国王を弑して謀反劇を仕立てる大掛かりなシナリオです。必ずどこかに協力者がいるはず。捜査により、その者が捕らえられ、そこから足がついたら? ここに残るリスクと、国境が封鎖される前にここから逃げるリスクと。天秤にかけて、私なら逃げますわ。そして、彼もそう判断するでしょう」

「……ジェシカ嬢……。あなたは、いったい何者なのか……。神鳥は、あなたにどのような神託を授けられたのか……」

「公爵様、私達にとって一番大切なのは、マクシミリヨン国王の安全の為に、今出来ることをする。まずは、城内の見回りをしませんこと? 私くし、重要な事は自身の目で確かめないと気が済まないのですわ」


 もはや困っているセントバーナード犬にしか見えないオールノット公爵は、かぶりを振りながらも私の指示通り、見回りの為に立ち上がった。


 大広間からはダンス音楽と人々の楽しそうな声が聞こえてくる。公爵と私は、大広間を扉から目視でチェックし、その後も城内の騎士達や兵士達へ、ロバートの件を伝えながら玄関から中庭へと歩みを進める。

 と、その時、公爵を呼ぶ男達の声と、慌ただしく走ってくる足音が聞こえた。


「公爵様!! ……オールノット公爵様!! 」

「ここだ! 私はここにいる。何事か? 」


 揃いの鎧を着たオールノット公爵家の正式な騎士達が4名、公爵にひざまずく。


「誠に申し訳ございません、公爵様。部屋の見張りについていた2名の騎士の内、1名が襲われて重傷。もう1名と共に、ロバート様が部屋から消えました! 」

「なんだと……? 」


 私と公爵は目を見合わせ、瞬時にロバートの滞在する部屋へと走り出した。騎士達も後ろからついてくる。

「それで、他にわかっている事はあるか?」

「はっ……! 只今、ナナイダ団長の指示で、屋敷内の各警備場所に異常がないか確認中です。我々は、公爵様への報告と護衛を言いつかりました」


 本館2階の奥、海側の客間の前には、騎士や使用人が集まっていて異様な雰囲気だ。横たわっている騎士の腹周りと絨毯、そして白い壁には血痕が残っていた。

 公爵は白衣を着た老人に急ぎ尋ねた。


「助かるか?」

「はい、命は何とか……急所から外れていて幸いでしたな」

「なにか申した事はあったか? 」

「公爵様、どうも、もう一人の見張りの騎士はスパイだったようですな。その者に刺されたと意識を失う前に申しておりました。その後、もう一人の騎士が扉を開けて、ロバート様を逃がした。そのような状況のようです」


(やられたわ……! さっき私達がロバートと話をしてから30分強。こんなにすぐに動くとは思わなかった。油断したわ……。しかも、人を傷つけることに躊躇ためらいがない。思っていた以上に危険な人達ね)


「公爵様!! 」

「ナナイダ団長、何かわかったか? 」

「はっ。申し訳ございません。ロバート様の拘束の件を知らぬ北側出入口の門番より、先程ロバート様らしき男と騎士が2人で夜の乗馬散歩に出たと報告を受けました」

「……まさか……本当にロバートは……」


 私はさっと部屋に入り、ソファーにある分厚そうなクッションを両手に持った。


「オールノット公爵様、すぐに追いましょう」

「ああ……そうだな。よし、ナナイダ団長、ロバート追走を指揮を命じる。副団長には、屋敷の警護強化を任せる。パーティーに参加している客人を守り、気づかれないように配慮を」

「かしこまりました」


 ナナイダ団長達と共に当たり前のように馬小屋へ向かおうとした私に、公爵が声をかけた。


「ジェシカ嬢、どちらへ行かれるつもりだ……? 」

「私も勿論、団長様と共にロバート様を追いますわ。馬をお借りしますわね」

「……わかった。止めても無駄であろう。ナナイダ団長、こちらの公爵令嬢ジェシカ様にも馬を用意し、彼女の指示に従うように」

「はッ……。かしこまりました……」


 不可思議な格好をした公爵令嬢の存在に戸惑う団長と騎士達と共に、オールノット公爵家の厩舎に急ぎ向かう。そこで私達を待っていたのは、モクモクと燻る灰色の煙と、焦げた臭いと右往左往する馬番達だった。 


「何があった? 出発の用意はどうなっている? 」

「ナナイダ団長様、申し訳ございません。何者かが、馬の鞍小屋くらごやに火を放ったようで……。火は消し止めましたが、まだ燻っている状態でして……。今、使用可能なくらあぶみを選別しているところです」

「鞍と鐙がなければ、馬に乗れぬではないか……! くそっ……! 」


 動揺する騎士達をしり目に、私は急いで馬のいる小屋へ入った。不幸中の幸いというか、馬達は無事だ。


「よかった! ナナイダ団長、馬達は無事よ! 」


 私は近くにいる馬達を見渡し、気の合いそうな馬を見つけ、声をかけてホルターと手綱をセットした。


「お願い。どうしても、捕まえないといけない獲物にんげんがいるの。追いかけるのを手伝ってくれる?」


 その馬、美しい茶色のまだ幼そうな表情のレディは、落ち着いた目で私を見た。


(うん、落ち着いている。この馬なら鞍無しで乗れそう。一応、ライガに教わって裸馬にも何度か練習で乗ってたもの。持ってきたクッションが役に立つわ)


「ジェシカ様、その馬をどうされるのですか? 鞍も鐙もなしでは……」

「うん、だから手を貸して下さる? 両手を組んで、そうそう。悪いけれど、足をかけますわよ」


 私はクッションを馬の背に乗せてから、唖然とするナナイダ団長の組手に足をかけ、馬に乗った。ちょっと安定は悪いけど、いけそうだ。


(逃がさないわよ、ロバート。絶対に捕まえる!! )


「……ジェシカ様、鞍なしで乗馬など無理だ! 危険すぎますぞ! 」

「大丈夫よ、よろしければ、厩舎にクッションがもう1個ございますわよ。私は先に出発しますわね。ヤ―リース公国領からポノボノ国へと続く漆黒の森へ向かいます。森の北側にある小さな沼が目印よ。よくって? 漆黒の森まで私の後を追ってきてください。門番の方、門をお開けなさいーー」


 そう叫びながら、私は一生懸命に腹筋と内腿に力を入れ、茶色の美しい相棒と共に、ビックリ仰天する騎士達を後にした。


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