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第43話 オールノット公爵家の夜会にて

「問題ない、誰も盗み聞きしていない。チカ、先に謝っておく。アーシヤ様が、本気で動くとは思っていなかった。オレが読み誤った。すまない」


「つまり、お兄様がオールノット公爵の影響を受けているのは知ってたけど、まさか本当に国王に危ない人物を紹介するとは思ってなかった、って事よね。何があったの?」


「特に何があった訳でもないから、アーシヤ様の心変わりに、オレも驚いた。最近までは、確かに彼にはヨーロピアン国王への、敬愛の気持ちがあった。祖国を裏切る行為に加担する事はできないと考えていた筈だ。それが、突然、理由もなく、オールノット公爵の誘いに乗る決断を下した。たしか、2ヶ月程前のことだ。そして、先月末に、ロバート・ヤンをトウゾウ国の人間だと国王に紹介した。ビー達と相談し、とりあえずこの事はチカには剣大会後に伝える事にしたんだ」


 ナルニエント公国の次期当主となるアーシヤが国王に人物を紹介するという事は、その者の身元を保証するという意味を持つ。つまり、ロバートが何かしでかしたら、当然アーシヤも責任を追及される。


「何かきっかけがあった訳じゃなく、何となくフッと決めたのね。まあ、人生に1度や2度は、魔が差すことって、誰にでもある事だけど。でも、今回のことは国を揺るがす大事件だしなあ……はぁ……」


「そうだな。彼は今、後悔の念も持っている。間違った判断をしてしまったかもしれないと。しかし、時間は巻き戻せない、動き出した歯車は止められない。そう諦めているようだ」


「時間は巻き戻せないけど、歯車は無理やりにでも止めようと思えば止められるわ。彼はどこにいるの?」


「昨日からオールノット公爵家に泊まっている。今晩は、公爵家で夜会が開かれるので、そのまま出席するだろう」


「その夜会、私も出席できる?」


「一般的な社交の会だから、できるんじゃないか? マリーに招待状がきているか聞いてみよう」


「オッケー。その前に、兄の部屋で、謀反の証拠になる書状を回収しとくか。どこに隠してあるのか、わかってるんでしょ?」


 私はさっそく兄の部屋に忍び込み、そのブツを手に入れた。ビー達と協力するべきか迷ったが、とりあえず今日は自分で出来ることをやってしまおうと決めた。


 マリーに確認し、一応私宛の招待状も来ていたので、夜会へ行く準備を進めた。

 ずっと修行があるからと断りっぱなしだったので、自分の誕生日パーティー以外では5年ぶりの社交の場だ。


 オールノット城は、ヨーロピアン国の南部、海岸側に位置している。ここは、海からの攻撃の防衛拠点でもあるのだ。

 ヨーロピアン国城やナルニエント城が権威、優美さを表しているとすると、オールノット城はとにかく頑丈で無骨な印象だ。この城につらなる港には船が何艘か見える。


 私はライガを後ろに従え、案内された大広間へと進んだ。入口で、オールノット公爵から挨拶を受けた。


「これはこれは。珍しいお客様だ」


「オールノット公爵様、先日は私の誕生パーティーにお越し下さり有難うございました。兄のアーシヤがこちらに伺っていりと聞き、私も寄せて頂いたのですが、ご迷惑でしたか?」


「こんなに美しい令嬢を断る人間はおりませんよ。ジェシカ嬢、ようこそオールノットへ」


 オールノット公爵は50歳近いと聞いているが、まだまだ若々しい、海の男という感じの骨太なおじ様だ。貴族の方にしては、珍しくフレンドリーなタイプで、こういう人、正直嫌いじゃない。


 今日、ここへきた目的は、オールノット公爵を直に見るためだ。

 本当に彼は反王国派で、国王を亡き者にしたいと考えているのか。シャムスヌール帝国からどういうルートで彼に話がきて、なぜ協力者にアーシヤを選んだのか。


そもそも、シャムスヌール帝国のボンボンが、この国への侵略を企てたというのも、ほんまなんだろうか? ヨーロピアン国このくにに、反国王派なんているんだろうか? 

 ここ一年の営業日誌にっきをサクッと捲ってみたが、どうも今回の事件の兆候というか、おかしな部分が見当たらない。


 何となく、ビーから聞いたシナリオが、シックリこないというか、腑に落ちないというか、違和感を感じるというか……。


(まあ、とりあえず、ライガにオールノット公爵の思考を読んでもらうとして。私は出席者チェックでもしようかな。ライガとの事は、とりあえずこの事態を解決するまでお預けね。はぁ……。昨日の、彼の忠誠を誓うって言葉、嬉しかったなあ。いや、いかんいかん。今は目の前の課題に集中しないと)


 私はオレンジジュースを飲みながら壁側にたたずみ、ホール真ん中でダンスをする集団に目をやる。


 公爵家はじめ、上位から下位まで、貴族の様々な階級の人間がバランス良く集まっている。

 また、大きな商家や、水産加工を運営する一族など、貴族以外の人間もちらほら見える。


(うーーん……。この夜会の参加者からすると、オールノット公爵は、平民は人に非ず的なゴリゴリのお貴族様でなく、むしろ身分にこだわらない柔軟な思考の持ち主にみえるわよね。色んな分野の人間と、広く交流を持つ、やり手さんじゃないかな)


 私が人間ウォッチングをしていると、すごい勢いで人が近づいてきた。


「……ここで何をしている?」

「あら、お兄様。ご機嫌よう」

「なぜお前がここにいるのだ? 誰の差金だ?」

「え? どういう事ですの、お兄様。私は招待状を頂いていたから、久々の夜会を楽しもうと参りましたの。何かいけなかったかしら?」


 あまり見たことのない、兄アーシヤの不機嫌そうな顔に、本当にビックリしたので、スラスラと言葉が出てきた。


 まさに芸術家的な美しさと脆さが漂う整った顔と、線の細い身体つき、そしてソフトな声。フランツ王子程でないにせよ、アーシヤもかなりのハンサムである。


 その兄の、眉間に皺の寄った表情に、こちらの気持ちも陰ってくる。


(お兄ちゃん……。そんな顔してたら、何かヤバい隠し事してますって、バレバレだよ?)


「いけないことはないが……。なぜ、急に夜会に? この5年間、お前は剣の修行以外の事には、生きてきたじゃないか。夜会にも、ドレスにも、私達家族にも、一切見向きもしなかったのに。なぜ、今になって……」


 そう切なそうに私を見つめる兄の言葉に、私の胸はキリリと痛んだ。

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