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第42話 アーシヤお兄様について

(よっしゃ! この場の主導権は握ったわ。でも、これ以上は、もう無理。……眠い……)


「……ごめん、悪いけど、今日は疲れたのでとりあえず帰るわ。ライガ、行くわよ」


 私は誰の顔も見ず、そのまま出口へと向かった。

 ライガは、私の後に続く。


「え? ……ちょっ……ライガ?! 姉さん、このまま行かしていいの?」


 背後にロンの焦った声が聞こえたが、気にせずそのまま外にでる。

 私とライガは、一言も話さず、ナルニエント城に帰った。


 ライガと話したい事は色々あるけど、今日はもう寝よう。疲れた頭で無理して考えても、いいアイデアは出てこない。それは今までの体験上でも、理論的にもわかってる。こういう時は、とにかく寝るに限る。


「はー、お疲れ様。とりあえずまた明日ね」


 私は部屋の前で、ライガにそう告げた。


「ジェシカお嬢様」

「んー、なに?」


 体半分、部屋のなかに入れながら振り返ると、ライガが膝をつき、最上の礼をとっていた。


「な、何? どうしたの?」

「今、これだけはお伝え致します。ジェシカお嬢様、あらためてこのライガ、ジェシカお嬢様へ生涯の忠誠を誓います。今までも、これからも。今後何が起ころうとも、どこに行こうと、私はお嬢様のお側におります」


 いつものもの静かな声だが、私を見上げるライガの眼は、ギラギラと光っているように見えた。


「ライガ」

「はい」

「当たり前の事を今更言わなくてもわかってるわよ。おやすみ」

「はい、おやすみなさいませ」


(……良かった。この先、何が起ころうと、少なくとも私には信用できる味方ライガがいるんだもんね。とにかく、汚い服だけ脱いで、寝よう。ほんまこれ以上は、もう無理……。……眠い……)


 私は倒れ込むようにして眠りについた。


 次の日、マリーに叩き起こされ、説教を聞きながら浴場で体をゴシゴシ洗われて、体も頭の中もすっきりクリアになった私は、マリー、エバンズ、そしてライガを部屋に呼んだ。


 マリーとエバンズには、昨晩の謀反の話は伏せたまま、最近のナルニエント公国内の変化や、父公爵や兄アーシヤについて、小さな事まで気づいた事全てを話してほしいと頼んだ。


 彼らから得た情報によると、アーシヤは1年程前より七公爵のひとり、海を司り漁業を行うオールノット公爵と懇意になりだしたそうだ。その後から徐々にナルニエント城で従事する者の入れ替わりが多くなり、この1年で約3割がオールノット公爵家から紹介された人間が占めるようになった事。両親はアーシアのやりたいようにさせる方針で一切を傍観しており、三月程前に長年勤めていた執事長が辞めさせられてからは、誰もアーシヤをなだめる者がいない等、問題課題が増えているらしい。


「……そんなことになっていたのね。私は剣の修行にのみ夢中になっていて、ナルニエント城内がおかしくなっていることに気づかなかった。公爵令嬢として怠慢過ぎたわね。ごめんなさい」


「お嬢様……! 頭をお上げになって下さいませ。お嬢様のせいではありませんわ」

「私共も、こうなる前にご報告すべきだったかもしれませぬ……。申し訳ありません」


(いやいや、エバンズは悪くないし。基本的に、使用人は主人からの問いかけがあって、はじめて発言できるもの。主人に聞かれない限り、意見をいう事はできないじゃない。それに、そもそもライガはだし、この4人の中でなら、ライガが一番この事態への責任重いんじゃない?)


 と思いながら、ちらっとライガを見るが、彼はいつもの如く涼しい顔だ。


「ここだけの話でおさめてほしいのだけれど。二人からみて、アーシヤお兄様はどんな方なのかしら?」


 二人は少し困ったように顔を無合わせた後、エバンズが先に答えた。


「わたしはアーシヤ様がお生まれになった時から、拝見しております。僭越ながら申し上げますと、アーシヤ様は何事も器用にこなされ、良くも悪くもあっさりとされており、お心に天秤をお持ちにならないようにみえます」


「心に天秤を持っていない……?」


「はい、何が重要かを測る基準が曖昧、と申しましょうか。アーシヤ様にとっては、お気に入りの馬、仕える使用人の命、ナルニエント公国の権威、どれもが同じ重さのようにみえまする。なぜなら、アーシヤ様はある意味、お生まれになった時から全てをお持ちになっており、つまり、私共、平民からした権威、富、自由という意味ですが。それゆえ、心弾むようなご経験があまりおありでなく、物事はどれも全て同じように感じられるのではないかと。何かを得たり夢中になったりする喜びは、私共にとっては当たり前のものですが、既に所有されている方々には起こりにくいものです。物質的に満たされている環境ゆえ、に飢えていらっしゃるように思われます。」


 エバンズの言葉に、私はひやりとしたものを感じた。


(もしかして、お兄様も帝国のおバカなお坊ちゃんと同じ? 退屈で、ドキドキしたくて、つい面白そうな話に乗っちゃった? ……あー、有り得そう……)


「あの、私はエバンズ様ほどアーシヤ様について存じ上げませんが、ジュリエット様が嫁がれてから、笑顔が減ったと感じております。また、先日お話した、ジェシカお嬢様が神鳥の神託を受けたことを知らないのは、その入れ替った新しい使用人達なのです」


「なるほどね。二人共、有難う。私もこれからは修行だけでなく、ナルニエント公国のことにも目を配るよう気をつけるわ。勿論、お兄様のご機嫌を損ねないように上手くやるわね。だから、もし気になる事があれば、すぐに教えてね」


 そう言って二人を送り出した後、私はライガと向かい合った。


「さてと。ライガ、話したい事があるのだけれど、今大丈夫かしら?」


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