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第41話 メンチをきりあうパートⅡ 

 世の中には、陣取り合戦をしたがる人がいる。

 まあ、色んな考えをもつ人間がいるので、その事は理解できる。


 でも、どうして、無駄に争いを起こしたがるのか、無駄に血を流させたがるのかは、全くわからない。

 人間って、過去の数多の戦争の歴史からその愚行を学ぶことの出来ない、こんなにも馬鹿な生き物なのかと愕然とする。


 陣取り合戦にも、やり方は色々ある。暴力でなく、もっと正々堂々と自分達の魅力や徳で、領土を広げるべきなんじゃないの? 他国に罪を擦り付け、漁夫の利を得ようとするのは、あまりにも卑劣で義のないやり方だと思うのは、純粋無垢過ぎる考えだろうか。


 いや、そんな事ない。本来、物事は、子供でも理解できる程、簡単でシンプルなものである筈だ。


 自分がされて嫌な事は、人にもしない。

 嘘をつかない。

 一日一善。


 そんな当たり前のシンプルな事を、社会の軸とすれば、世界はもっと平和で生きやすくなるのに。


 そう思う一方で、人には正義という概念があり、それが状況をいっそうややこしくしてしまう事がある、というのもわかる。


 正義とは、自分の仲間を守る、と同意義だと思う。自分達の正義と、自分の仲間でない人達との正義は、別物なのだ。

 立場や環境がかわれば、その基準となる考え方もかわる。当然、正義という言葉の内容もかわる。


 正義の名のもとに、過去どれほど恐ろしい蛮行が行われたか。

 家族や仲間を深く愛する人ほど、自分のコミュニティ外の他人には、びっくりする程冷淡になれたりする。


 日常では禁止されている人を殺すという行為が、正義の為の戦いでは、となる。


 この世界でも、元の世界でも、それは同じ。

 戦争は、人を狂わせるものだ。


 でも、忘れてはならない。自分達に正義があるように、ことを。


 戦い殺し合う相手にも、自分達と同じように家族や友達がいて、その人が死ぬと悲しむ人がいることを。その時々の状況で、敵として目の前にあらわれたとしても、相手も自分と同じように喜びや悲しみ、恐怖や痛みを感じる、同じ人間だということを、忘れてはいけないと強く思う。


 殺し合いになる前に、なぜもっと対話が出来ないのか。

 


(……なのに、なんか面白い事ないかなあって退屈しのぎで戦争起こそうとか、どんだけ馬鹿なのよ? 脳に虫わいてんじゃない? しかも、兄がクーデターの片棒担がされてるとか、あーーもーー、ほんっとに迷惑でしかない!! )


 ビー達から詳しい話を聞き、私はそのシナリオを描いた犯人、シャムスヌール帝王の甥のヌンジュラとかいう男への怒りに震えた。


「つまり、ドラマティックなドラマの主人公になりたい、シャムスヌール帝国の王族のおバカなお坊ちゃまが、過激な国粋主義者と結びつき、ヨーロピアン国へ内部から揺さぶりをかけ、乗っ取る計画を立てた、と。表向きはヨーロピアン国の反王国派貴族が謀反を起こしたようにみせかけ、国王を暗殺する。その騒ぎをおさめると称してシャムスヌール国軍がヨーロピアンに派遣され、調停役となる。その謀反騒ぎの黒幕はトウゾウ国だったとの偽の証拠を元に、トウゾウ国へも帝国の影響力を強めるという美味しいおまけ付き。そしてそのシナリオの重要人物であり国王暗殺の実行人である、ロバート・ヤン。トウゾウ国からの偽密使である彼を、先月末の王家の夜会で、国王マクシミリヨン3世への顔見せの橋渡しをしたのが、うちの残念なアーシヤ兄様だったと。ざっくりこういう認識で間違ってない? 」


「……あ、ああ、その通りだ……」

「ええ……、そうね。おバカなお坊ちゃまが、迷惑をおかけして悪いわね……」


 私のあまりにもざっくばらんで、語気の強いもの言いに押されたのか、コフィナさんとピーターソンさんが若干申し訳なさそうに小声で答えた。


「その作戦を阻止するために、兄の部屋にガサ入れを行い、証拠となる指示書を探すという私のミッションは理解した。でも、その他は? 皆さんは、具体的に何をどうして、防ぐつもりなの? 」


「それは……悪いけど、チカには話せないんだよ。一応、その辺り、は一族の機密事項なので……」


「機密事項……? 私には話せない……? 詳細は教えないけど、そちらの必要な事は私にやれって命令するんだ。……ふーん、ビー達にとって、私はあくまで使い勝手のいい駒でしかないのね」


 剣大会で体も精神的もマックスに疲れているところへの、兄の謀反加担という衝撃的な事実を知らされ、さらに仲間になれと言いつつ、重要な事は教えないというビー達の一方的な協力依頼に、私のイライラは制御できないレベルにまで膨れ上がった。


「ねえ、チカは誤解しているわ。私達はあなたを信頼したから、この話を打ち明けたのよ」


「信頼したなら、全て話してもらえると思うのだけど。手札を伏せたままで、あなたを信用していると言われてもねえ。どう捉えていいかわからないわ」


「チカ、理解してほしい。我々には、我々の掟と歴史がある。部外者の君に、この事実を話したというのは、通常あり得ないことなんだ」


「それは、皆さん側の掟と都合ですよね。私の掟じゃない。人って皆、それぞれ異なった環境に育ち、異なった考え方を持つものだと思います。そちらのルールを一方的に押し付けられて、はいそうですかと受け入れるられるほど、私は無垢でもバカでもないので……。悪いですけど、この話はいったん持ち帰らせてもらいますね。勿論、他言はしませんから」


 私が立ち上がると、ビーが慌てて私の前に立った。


「ちょ、ちょっと待ちなよ、チカ。落ち着いて……! 私達は、味方だよ。ヨーロピアン国を守りたいという思いは一緒だろ? 」


「ビー、あなたが私の味方だという根拠は何? 私は、ビーや皆さんからの話しか聞いていない。片方の話だけを聞いて、物事を判断するのは危険な事よね。私は色んな人の話を聞き、自分の目で見て、全体像を理解するように努めたい。勿論、この国を守るために、私も動くつもりよ。でも、それは皆さんの言いなりに動く人形としてじゃない。私は、私が考えて必要だと思う事をするわ。勿論、お互いに協力が必要だと思えば、改めてお願いしにくるけど……」


 私はビーの眼を真正面から見た。彼女も、強い意志が感じられる目で、私を見返してくる。

 メンチの切りあい、再び。


 他のメンバーは、15歳のお嬢様の、予想外に鼻息の荒い発言とメンチの切りあいに圧倒されてるようで、黙って成り行きを見守っている。


 私はビーやロンやメシ屋の仲間達が好きだ。会ったばかりだけど、コフィナさんとピーターソンさんの事も、好ましい人達だと認識している。


 だけど、それとこれとは別問題だ。


 対等な立場で、協力を請われたなら、喜んで応じるだろう。だけど、自分の家族の命にかかわる、国の一大事に、彼らがどう考えどう動くのかもわからないまま、命じられた事だけ行うなんてことは出来ない。


 今、この世界で、私は公爵令嬢だ。

 私には、この国の平和を守る義務がある。


 私は彼らの手先として、命令されて動く存在じゃない。

 対等なパートナーとして、私は彼らと、チームとして動きたいのだ。


 そんな思いを込めて、ビーを見つめ続ける。

 彼女も一族の長として、自信とプライドを持った瞳で、私と対峙する。


 誰もひと言も話さない。

 張りつめた空気のなか、しばらくの膠着状態の後、先に目をそらしたのはビーだった。


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