ライガは
リーザー族は、この世界の平和維持の為に、その特殊能力を活かし、各国で情報を収集し、トラブルの芽を摘む為に活動している。
一族の掟は厳しい。
基本的には、個人の勝手な行動は許されない。掟を守れぬ者は、一族との縁を切り、生きるしかない。
ある意味、自分を捨てでも、一族と共に信念の為に生きるか、それとも一個人の自己実現に重きをおき、一族を離れて生きるか。
どちらを選ぶかは、本人の意見が尊重される。
だが、一度コミュニティから離れた者は、二度と戻る事はかなわない。
ライガは、任務の為にヨーロピアン国で兵士となり、その流れでジェシカ嬢の専任剣士となった。
それまでのライガには、一族を離れるという発想は皆無であった。
自分もそのうち、遠くの親族から妻を迎え家族を増やしながら、いつかは叔父のように後輩を導く役目を受持ち、一族の一員として死んでいくだろう。そんなふうに考えていた。
だが、チカへの気持ちに気づいてから、彼はつい欲張りな夢をみてしまう自分を持て余すようになる。
出会って間もなくの頃、彼女は貴族の身分は面倒だから、準備が整えば国をでて自由に暮したいと話した。
ライガは、チカが国を出る時は、自分も一族から離れようと考えるようになる。彼がチカと共に過ごすには、それが唯一の方法だ。
彼女がジェシカお嬢様でいる限り、16歳になればフランツ王子との婚約の話が進むだろう。フランツでなくとも、国内の貴族や、他国の王族など、ジェシカとの結婚を望む者は多い。公爵令嬢の彼女は、然るべき相手に嫁ぎ、政治的なパワーバランスを保つ為の礎となるよう義務付けられている。
そうなれば、ライガは専任剣士の役を解かれ、一族からの新たな任務につくことになる。
チカが他の男の妻となる。
チカと離れ離れになる。
どちらもライガには耐え難いものだ。
2人が一緒にいるには、チカがジェシカという身分を捨て、ライガはリーザー族を捨てるしかない。
チカと一生共に暮らしたい。
できることなら、チカを生涯のパートナーとしたい。
チカと愛し合いたい。心も体も。
自分がチカを求めるように、チカにも自分を欲してほしい。
そんな事ばかり考えてしまう自分に、コントロール出来ない情動に、ライガは悩んでいた。
チカは勘がいい。
ライガは自身の恋心を、淫らな欲望を、チカに知られないよう細心の注意を払う。
もし、自分のこの思いが彼女にバレてしまったら。チカはどうするだろうか。優しい彼女の事だから、見て見ぬ振りをするかもしれない。
だか、もしチカ以外の人間に知られてしまったら。公爵令嬢に懸想する兵士として、専任を外されるだけでなく、罰を受けるだろう。
リーザー族からも、私情を挟む者として、ジェシカ嬢から離れるよう指示されるのは明白だ。
ライガは、チカへの愛を、自分以外の全ての人間から隠し抜こうと決意した。
そんななか、チカの15歳の誕生パーティーで、フランツ王子が動いた。
チカとフランツが話すバルコニーから見えない位置で、ライガはずっと話を聞いていたのだ。
フランツがチカを抱きしめた時、ライガは飛び出してフランツからチカを引き離したい衝動を抑えるのに苦労した。
チカに触るな!!
チカはオレの大事な人だ!!
誰もチカに近寄らせたくない!!
彼は自身の中に、これほどの身勝手な独占欲がある事に自己嫌悪を感じた。チカを自分の物のように考えてしまう自分を恥じた。
そして、フランツ王子に対して嫉妬するなどと、不敬にも程があると反省した。
フランツは第三王子だ。地位も名誉も財もある彼は、公爵令嬢ジェシカにとって、これ以上ない良縁であるのは、市井の子供でもわかる話だ。
チカの幸せを考えるなら、単に政略結婚の相手と捉えるどこの誰ともわからぬ者より、チカを愛するフランツ王子が適任だと、頭ではわかっているのだ。
ライガは私情を抑え、フランツに、チカをより理解してもらう為に、戦士の側面を見てもらおうと提案した。
お世辞にも綺麗と言えない格好で、少年に扮し街を歩くチカ。
公爵令嬢である彼女が、街の民の子供を、しかも放浪の民を庇って、護衛もなしで異国のならず者に抗議し、そして暴力を受ける。
蹴られながらも、臆せず、その者達に怒りの声を上げるチカ。
その貴族らしからぬ彼女の姿を見て、動揺するフランツの心を読み、ライガは静かな怒りを覚えた。
王族ではあっても、人の声に色がついて見える異能持ち。苦労人で、なによりチカを愛しているフランツになら、彼女を任せられるかもしれないと考えていたのに。
あの誕生パーティーの夜、ボロボロと涙をこぼすチカを抱きしめたい欲望を抑えるのに、どれほど必死に我慢したか。
チカを抱きしめたい。
チカとひとつになりたい。
オレはずっと側にいると、何があっても、一生チカの味方だと伝えたい。
その気持ちを無理やり堪えて、チカの幸せを考え、フランツに協力しようとしたというのに。
オレなら、どんなチカでも受け入れ、愛するのに!
メシ屋の臨時カフェで、ならず者への怒りに震え、剣大会にでると話す彼女を見つめながら、ライガは考える。
……わかっている。本当はわかってるんだ。貴族の彼女とオレでは、釣り合わない。身分の違いは、どうやっても超えられない。チカが異世界から来た人間だとしても、今生きているのはこの世界だ。でも……
「チカが出るなら、優勝してもらう。その自信がないなら、出なくていい」
……もしも、チカが優勝できたなら……。
「……わかった。いいわ、出るわよ。剣大会に出て、私は優勝する……!!」
……夢をみてもいいだろうか?
いつまでも彼女と共に生きる事を。
いつの日か、彼女がオレの妻として、隣で笑ってくれる事を。
……もしも、もしも……!
ライガは、その熱い思いを胸のなかに隠しながら、いつものように冷静な態度で話し続けた。