ジェシカお嬢様ことチカに初めてその話を聞いた時、ライガは半分彼女を信じ、半分疑った。
勿論、自身も
だが、実は40歳で異世界から来たと言われても、さすがに、はいそうですかとは受け入れられなかった。
とはいえ、彼女の考え方や発言が、大事に育てられた純粋無垢な貴族のお嬢様のものでないのはあきらかだ。
選抜会の時、彼女はその頭の回転の速さと剛胆さをみせた。
ライガの様子を見ただけで、神鳥はこちらに危害は加えないと判断し、瞬時にその場をおさめる案をだし、実行する。民と神鳥の両方の安全を考えながらも、同時にライガを剣の師として迎えるという自身の希望をも叶える、皆にとって良しとなる落とし所を見出し、導く。
彼女はリーダーとしての資質を、既に備えていた。
また、フランツ王子の来訪の時には、予想外の戦法で、彼女は堂々とライガから剣を学ぶ免罪符を手に入れた。
だが、あれはある意味失敗だったなと、いつもライガは思う。あの日のチカの対応により、フランツ王子はすっかりチカに魅せられたのだ。
あの日ライガは、人が恋に落ちる瞬間を、目の当たりにした。
フランツ王子は、人の話す
王族とはいえ、能力持ちで、時期王位継承権もないフランツ王子がどんな辛酸を舐めたかを知った時。放浪の民として虐げられた経験を持つライガにとって、フランツはもはや赤の他人ではなくなった。
身分や育ってきた環境は違うが、ライガはフランツを、どこか身内のように思う自分を感じた。
王族や貴族は気に入らない。
でも、フランツは別だ。彼には、できれば幸せになってほしい。
だが、フランツがチカと結婚する事だけは、許容出来ない。
彼女のことを、最初はただ面白い人物だと思った。
ライガを家族のように扱う公爵令嬢。
その中身は、亡くなった自分の母親より年上の、全く違う世界からきた女性。
ライガほどではないものの、人の考えが何となくわかる心威力者。
今までにライガが会ったことのないタイプの人間だ。
そう、チカは、王侯貴族とも、町の民とも、一族の者とも違っていた。
彼女は、強くなる為の努力を惜しまない。
学問もしっかり学ぶ。彼女が同席させてくれる授業のお陰で、ライガもたくさんの知識を得る事が出来た。
特に、モハード先生の教えは、ライガの知への扉を開いてくれた。学ぶ楽しさを、ライガは初めて知った。
彼女は、既存のルールを破る事を恐れない。
彼女は人とさほどぶつかる事なく、自分の意見を通すのが上手い。支配者としての能力も保持している。
彼女は自分で考え、決定し、選んだ道を進む強さを持っている、稀有な人だと思う。
よく笑い、よく怒る。
城での侍女達にも、メシ屋の仲間にも、同じように親しみのある笑顔を向ける。
人前では精巧につくったお嬢様の仮面を被っているが、ライガの前では素の姿をみせる。
一緒にいて心地良い、不思議な存在だ。
また、彼女の元の世界の話はとても興味深かった。
チカは自身が習っていたという木刀をつかう『ケンドー』や、『チュウゴクブジュツ』、『アイキドウ』、『ボクシング』等について、ライガに楽しそうに話した。
『ホテル』という大きな宿屋で、雇われて女将として何人もの人間を指揮して働いていた事。
その世界では、女性は男性と対等な立場を目指していて、女性も当たり前に仕事につくことができたり、家の相続権を得るのが可能な事。
『カレシ』という深い関係を持った男性達との恋物語。
気がつくと、ある日突然知らない世界の別人になっているという恐ろしい状況にもかかわらず、彼女は落ち着いて順応した。少なくとも、そのように見える。
毎日、一緒に剣の鍛錬に励んだ。
男性でも根をあげる練習に、チカは懸命についてくる。
二人で過ごす時間が、ライガの人生のなかで、大きな割合を占めていく。
二人だけの時、ライガにとっての彼女は、もはやお嬢様でも異世界からきた年上の女性でもなく、
二人でいる事が当たり前。
彼女と学び、鍛錬し、意見を交換し、共に過ごす幸せ。
何かあればチカはライガに相談する。
彼女に信頼されている喜び、誇らしさ。
気づいた時には、もうどうしょうもない程に、ライガは彼女に惹かれていた。