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第34話 剣大会 1日目後半

 ぷち瞑想した後の私は、勢いよく勝利を手にした。


 初日、3回戦。相手は、5年前に専任剣士の選抜会に参加してくれたうちの一人だった。

 申し訳ない事に、1分とかかからず勝ってしまった。ナントカ君、ごめんね。


 試合が終わると、結果を報告しに一度メシ屋の臨時カフェに戻った。そしてライガと一緒に大広場の外れに行き、頼んでおいた馬車でナルニエント公国領まで戻り、さらに預けておいた馬に乗り換え、マントを羽織って城に戻った。


 ライガとメシ屋の一部の人間以外には、剣大会出場の事は話していない。家族にも秘密だ。

 私達は普段の訓練での外出時以上に、慎重に行動するよう気をつけた。


 いつもは浴槽に熱い湯をはってもらい、一人で入浴するが、今日はマリーが手伝うと言い張るので、お願いした。


「まったく、どういう鍛錬をなさっていらっしゃるんですか? 公爵令嬢がこんなに汗臭く汚れるなんて……」


「マリー、ごめんなさい……。確かに、臭いわよね。とりあえず、この1週間だけの特別訓練だから。申し訳ないけれど、明日も、またお湯はりだけお願いしてもいいかしら? 」


 マリーに髪の毛を洗ってもらって、私は極楽気分を味わう。

 最初は人に、入浴を手伝ってもらう事に恥ずかしさと申し訳なさを感じたが、今ではすっかり慣れてしまった。


「本当に、入浴は気持ちいいわ! マリー、いつもありがとう」


「ジェシカお嬢様は本当に入浴がお好きでいらっしゃいますね」


「ええ、大好きよ。こうして贅沢にお湯を使える事に感謝してるわ」


「……お嬢様は、いつもそうして、色々な事に対してありがたいとおっしゃいます。それはやはり、平民の生活をご存じだからでしょうね。そのようにお考えになる貴族の方の話は、聞いた事もございません」


「……ええ、そうね。私は城外に出てるから、ついそう考えてしまうんだと思うわ」


「私達、お嬢様付きの者は、そんなお嬢様を誇りに思っております」


「私付きの者は、とマリーが言うという事は。直接、私を担当していない侍女達は、違う意見をもっているのね」


「はい……申し上げにくいのですが。 お城にお仕えする者のなかには、お嬢様が5年前に神鳥の神託を受けられた事を知らない者も増えてまいりました。公爵令嬢のジェシカお嬢様が、北の一族の剣士を師として訓練をしている事に、異を唱える者も出てきたようで、エバンズも危惧しております」


「……そうなのね。わかったわ、ありがとう。私の存在が、ナルニエント公国に迷惑をかけないように、何か手を考えるわ。マリー、また何か気になる事があれば、何でも教えてね」


 入浴後、軽食をとっていると、ライガがやってきた。


「夜分に申し訳ございません。ご体調はいかがですか?」


「大丈夫よ。問題ないわ」


 マリーを追い出すわけにもいかず、私達は主と従者として話す。


「明日の訓練の事で、申し上げるのを忘れておりました」


「何かしら?」


「明日は、動き続けて頂きたいのです」


「動き続ける……?」


「はい。訓練中、疲れて足が止まると、リスクが増します。ですので、強い攻撃を試みるよりも、常に動き続ける事を最重要事項として、明日をお過ごし頂きたく存じます」


「……わかったわ。動き続ける事、ね。後でイメージトレーニングしておくわ」


「はい、よろしくお願いいたします。それでは、失礼いたします」


 ライガは私とマリーに頭を下げ、部屋を出て行った。


「こんな夜に、わざわざ言いにくるなんて。彼は訓練の事しか考えていないって、本当なんですね」


 マリーは少し呆れたように言いながら、お茶のおかわりを入れてくれる。


「そうよ、彼はとても真面目な師匠よ」


 マリーに同意したものの、私は彼がわざわざ言いに来た理由を考えた。


(動き続ける。明日の試合中、止まるなって事よね。なぜ、止まっちゃだめなんだろう。彼は、リスクが増すと言った。リスクとは、この前話した、心威力を無意識に使ってしまう事を指すのかもしれない)


 フランツ王子から逃げたときに使った、心威力の瞬間移動。あれは、無意識の行動だった。

 ライガは、人前で心威力をコントロールするのが難しい時には、いかにごまかすかを考える必要があると言っていた。


 私が止まっている時に瞬間移動をしてしまうと、ごまかすのは難しい。だが、常に動いていれば、素早く動いたように見えなくもない。


(もしかしたら、瞬間移動の他にも、違う能力を無意識につかってしまう可能性もある。明日は、小さく動きながら、確実に、堅実に相手を倒す。そういう落ち着いた戦い方をするようにしよう)


 マリーからの報告も気にはなったが、まずは、剣大会に集中しなくては。


 私は、明日の試合で、常に動き続ける自分をイメージした。

 明日の夜、勝利をおさめ、ベスト8に残り喜んでいる自分をイメージした。


 私は出来る。

 私は勝てる。

 私は強い、大丈夫。


 そうベッドのなかで、ニッコリ笑顔で呟いていると、いつの間にか眠りについた。


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