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第33話 剣大会 1日目前半

 ヨーロピアン国直轄領の大広場は、祭りを楽しむ多くの人々でごったがえしていた。


 花祭りは毎年、この時期に5日間開催される。ちょうど色とりどりに咲き誇る美しい草花を眺めながら、所狭しと建ち並ぶ屋台の食事や珍しい異国のお菓子を食べたり、特設舞台で行われる歌や寸劇を観たり、夜は焚き火を囲んで皆でダンスをしながらお酒を飲んだりと、子供から歳を重ねた者まで、国民は皆、年に一度のこのフェスティバルを楽しみにしている。


 今年の花祭りの3日目から最終日までは、剣大会が同時開催される。

 今回は300人を超える参加希望者が詰めかけ、過去最大級の大会となる。噂によると、3割程が外国からの参加者らしい。 


 参加条件は、顔がわかないよう仮面等の覆いをすること、自分の剣を持参すること、そして基本的には殺人はご法度だが、万が一の事もあると了承する事。


 私も前日までに、ウエダという名前と連絡先の場所をメシ屋とし、届出を済ませた。


 試合はトーナメント形式で行われる。剣を落す、降参と口にする、地面に倒れる、のいづれかで勝敗が決まる。

 1回試合をするごとに、参加者は半数に減っていく。


 参加者は1日目に3試合をこなし、計算上は約40名が2日目への参加切符を手に入れる。


 2日目はまず2試合が行われ、10名が残る事になる。その10名で、同時かつランダムに2回対戦し、戦績の悪い者2名が落とされ、ベスト8が決定される。


 そして、最終日。勝ち残った8名で準々決勝、準決勝、そして最後の決勝戦を経て、優勝者が決まるのだ。


 つまり、優勝するには、3日間で10回試合を勝ち抜かねばならない。これは、かなり辛い。いや、かなりどころでなく、考えるだけでゾッとする程の重労働だと思う。


 試合とはいえ剣を使うので、運が悪ければ重症を負ったり、命を落す危険性もある。

 また、大金がかかっているので、皆真剣だ。


 そんな真剣勝負を、10回も繰り返す事ができるのは。尋常じゃない体力と精神力、知能と技能、そして運を持つ人間のみだ。


 初日の今日、私は2試合目を終えた。

 もう既に、疲労困憊だ。


 剣での試合。相手を傷つけないように、自分の命も守りながら、相手を制圧するのは、かなり難しい。


 初戦は無我夢中で、何がなんだかわからない内に終了した。相手は30代の異国の細みの男だった。


 2回目は本当に緊張した。真剣勝負の怖さと難しさを理解した上での、初めての試合。


 緊張から思うように体が動かず、めちゃくちゃ焦った。

 相手が、動きの鈍い中年・重量系で、剣に慣れていないファイターだったので、事なきを得た。


 2回戦でこんなに疲れるようでは、とても3日目まで勝ち進む事などできない。


(ダメだわ。ちょっと、ぷち瞑想でもして、恐怖心を減らさないとまずい。今のままでは、体力でも剣の腕でもなく、心の弱さで負けてしまう……!)


 大広場に特設されたトーナメント表には、試合が終わる毎に、勝者と次の試合の日時が書き加えられていく。


「おう、ウエダ。終わったか? 次の試合は何時からだ?」

「オレは5時からだ。ロン、あんたは?」

「こっちは5時半だ。一度、メシ屋に戻ろうぜ」

「そうだな」


 トーナメント表の前で会った私とロンは、一緒にメシ屋の臨時カフェへと戻った。

 彼は、ビーの弟で20歳代半ばの青年だ。ビーと同じく、角らしきものが髪の毛の中にあり、2人の外見からは、北の一族だとはわからない。さらに今日は、バンダナと仮面を着用し、東の国でよく使われている剣を使用しているので、どこの国の人かわからない感じに仕上がっている。


 私は丈夫な帽子に頬までの大きめの仮面を縫いつけ、髪の毛も全て帽子の中に収めた。

 また、胸にはいつもの2倍さらしを巻き、分厚い生地の長袖のシャツ、指先が出た薄手の皮の手袋、防具も兼ねた大きく硬い皮のベスト、薄手のモモヒキの上にカンフーパンツ的なものを履き、万が一にも女性だとわからないよう試行錯誤の末、万全の格好で臨んでいる。


「お疲れ様、ウエダ、ロン。怪我はないかい?」


 メシ屋はほぼ満席と大繁盛だ。5人いるスタッフは皆、忙しく動いている。

 キッチンに行くと、ビーが声をかけてくれた。ライガの姿は見えない。多分、見回りに行っているのだろう。


「ああ、2人とも大丈夫だ。俺は、軽く何か食いたいな。ウエダはどうする?」


「おれは軽く昼寝させてもらう。奥の食品部屋を借りてもいいか?」


「ああ、ゆっくりしておいで。ロンはこの席に座って待ってな」


「こっちにビールとつまみの盛合せをくれ!」

「私達もオーダー頼むわ」

「はいよー、すぐ伺いますね」


 お客様からの注文の依頼。スタッフの元気な応対。

 ふと、私はホテルのレストランを思い出した。


(そういえば、前職のホテルの事を思い出すの、久しぶりだな……。本当に人間って、良くも悪くも環境に慣れて、順応していくものね)


 タタミ3畳ほどのスペースに、所せましと食材が置かれている。

 私は1つだけ置いてある小さな椅子に腰かけた。足を肩幅にひらき、肩は力を抜いてやや後ろにおき、背筋を伸ばし、目を閉じる。


 調身、調息、調心。

 姿勢を調ととのえ、呼吸を調え、心を調える。


 ジェシカとして生きる今も、知花の時に得た知識が役立っている。この、リラックス方法もそのひとつ。


 今この瞬間、この場所に、私がること。


 上田知花がジェシカとなり、そしてチカになり、ウエダとしても在る。

 その不思議と有り難さを、五感で感じ、味わう。


 ゆっくり、自然に、呼吸する。


 私の体は、ベストな状態を維持してくれる。

 私の体は、私の望むように動いてくれる。


 私は、十分に鍛錬してきた。

 ライガという、素晴らしい師匠に教わってきた。


 私はこの剣大会で優勝する。

 優勝できる強さを、私は持っている。


 私は強い。

 私には知恵がある。

 私は誰よりも強い。


 私は絶対に優勝する。


 なるべく力を抜いて、何度も心の中で自分にそう言い聞かせた。


(自分の持つ力を最大限に発揮してがんばる為に、何かご褒美があってもいいよね。よし、もし本当に優勝したら……ライガに頬キスをねだってみようかな……なーんて……。キャー!! いいのかしら? いや、いいでしょう。だって、優勝だよ? 10回試合に勝ち抜くんだよ? うん、よし決めた!! 優勝できたら、ほっぺにチューしてもらおうっと。……ヤバっ、ドキドキしてきた! )


 自身を見つめ直し心を穏やかにするつもりが、煩悩なパッションでテンションが爆上がりとなり、予定とはちがった形だけど、やる気と闘争心がこれでもかって程に満ち溢れてきたので、結果オーライと思うことにした。


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