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第30話 フランツ王子の事情その③ 王子は困惑する

 フランツは王子として生まれてこの方、人から拒否されるという事はなかった。

 今、この瞬間までは。


 目の前にいる少女は、今何と言った?


 申し訳ないが、婚約も結婚もできないと、そう言ったのか?


 自分の誘いを断わる人間が存在するという事に驚いた。

 彼は断られる事がという事実に、19年生きてきて初めて気づいたのだ。


「なぜ? 私が嫌いか? それとも、他に好きな男ができたのか?」


 彼は彼女にそう問うた。


 少女の15歳の誕生日のパーティに、わざわざ祝いにやってきたというのに、まさかの拒絶の言葉を受け、フランツ王子は納得できる筈もなかった。


「フランツ様はとっても素敵だし尊敬しています。他に好きな人など勿論おりません。ただ……」


 ジェシカの声に、嘘偽りはない。

 それは、彼女のからもわかる。


 だからこそ、フランツにはわからない。


 少女は、フランツ王子をまっすぐに見つめて話し続ける。

 自身は神鳥の神託を受け、剣士としての鍛錬に打ち込んできた。もはや普通の令嬢でない自分には、相手がフランツであろうと結婚はしたくない。


 冗談だろう?

 彼女が10歳の時から5年間、彼女を見てきた。

 最初は、ただ彼女の声の色の美しさに驚いた。

 だんだんと成長し、美しくなっていく彼女を見守り、より一層彼女に惹かれていった。


 自分の妻として迎えるのは、彼女しかいない。

 彼女が愛おしい。


 ジェシカ嬢との結婚は、確定事項と言っても差し支えない。

 そう考えていたのだ。


 彼女は、普通の令嬢ではないと言った。

 当たり前だ。王位継承権がないとはいえ、自分は第三王子なのだ。地位も名誉も、金銭的な余裕もある。どんな令嬢も、他国の王女であっても、見栄えもよく一般的な常識を持つと言われている自分との結婚を断る者などいないのだ。

 ジェシカ嬢を除いては。


「私にとって、もっとも嬉しく大切なことは……。私自身が選択する権利を持つ、という事です」


 そう彼女は言った。


 何を言うのか。

 自分で選択する権利を持つ、等と王子である自分ですら得られないというのに。


 フランツ王子は不機嫌になる自分を止められない。

 彼女は続ける。


「あの、私はまだ子供で、人を好きになるという事がよくわかりません。そもそもフランツ様は、私のどこを気にいって下さったのですか?」


 聞くか? そんな事を私に直球で問う令嬢がいるのか?

 さらに彼女は、フランツと結婚できない、したくない理由を述べる。

 無理矢理結婚したら、自分は不幸になるとまで言うのだ。


 どうすればいいのだ?


 この少女を逃したくない。

 ずっと、側に置いておきたい。

 でも、不幸にはしたくない。


 強い意志を持ってフランツを見つめる彼女の瞳を受け止めながら、彼は自分も直球で気持ちを伝えればいいのではないかと気がついた。


 彼女は普通の公爵令嬢ではない。

 ならば、こちらも常識外の応対をしてもいいだろう。


 彼は決意し、ジェシカ嬢を抱きしめた。

 気持ちを素直に伝えた。


 好きだ、愛していると告白すると、こちらの気持ちも高ぶってくる。

 なぜ、彼女だけは、彼の意のままにならないのか。

 世界でただ一人の、自分が望む相手だというのに。


 抱きしめながら愛の言葉を綴るものの、何の反応もない彼女に気づき、心配になった。


 その瞬間、彼女の体の重さが消え、彼女の肩を持っていた筈の王子の手は行き場をなくした。

 瞬時に彼女の体は、数メートル後方へと移動した。


 瞬間的な移動。

 まさか。

 彼女の表情から、彼女自身も驚いているのがわかる。


 ……彼女も、心威力者なのか。

 いや、まさか。でも……。


 驚いているフランツに、少女はさらに追い打ちをかける。


「悪手だと申し上げたのです。無理矢理に何かを強いられるのが嫌いな私を、フランツ様は許可も得ず、無理矢理に抱きしめられました。他のご令嬢はわかりませんが、私にとっては無理強いされる事はマイナス評価にしかなりません」


 ……マイナス評価。マイナス評価!!

 王族に、この私に向かって、マイナスの評価をつけるのか?


 あまりの想定外の言葉に、怒りを通り越して、呆れた。

 この少女は何者なのだろうか?


 男性のように剣士としての鍛錬をする、手が豆だらけの公爵令嬢。

 王子からの求婚を断り、抱きしめられ恥じらうどころか悪手でマイナス評価だと抗議する令嬢。

 だが、自分のような教養のない無知な者は王子の隣に立つのに相応しくない、今後も国の為に役立つよう努めると丁寧に礼を述べる少女。


 そして逃げるように、パーティー会場に戻っていく。


 確かに彼女は、普通の公爵令嬢ではない、あり得ない存在だ。

 王族の伴侶になるに相応しい、ルールを守りその場の空気を読む控えめな女性ではない。

 さらに、心威力を保持するという、面倒な能力まで持っている人間。


 本来なら、彼女の言う通り、ここで関係を終わらせ、他人になった方がお互いの安全の為によいだろう。

 それは十分に理解できる。


 だが、しかし。

 どうしても彼女が欲しい。

 手放したくない!


「ジェシカ嬢……! 私はあなたのことを諦めない。覚悟してくれ」


 気が付くと、彼はそう声にだしていた。

 彼女は一瞬、困ったような迷惑そうな表情をみせ、深く礼をとった。


 彼女が去ってしばらくの間、彼は先程起こった出来事と、彼女とのやりとりを反芻する。


 諦めないと言ったものの、具体的にどうしていいかわからない。


 困った。


 その時、ジェシカ嬢の専任剣士のライガが通りかかったのが見えた。

 フランツ王子はバルコニーの入り口に駆け寄り、ライガに声をかけた。


「ライガ!」


 ライガは振り向き、王子に近づき、片膝をつき礼をとった。


「第三王子フランツ様に、ライガ・リーがご挨拶申し上げます」


「堅苦しい挨拶は不要だ。単刀直入に聞く。ライガ、お前の主人のジェシカ嬢に気に入られるにはどうすればよいのか、教えてくれ」


「ジェシカ様に気に入られるには……ですか?」


「他言無用だ。彼女に求婚を断られた。だから、彼女にも私と結婚したいと思わせねばならぬ。知恵を貸せ」


「失礼ながら、フランツ様は、ジェシカお嬢様に対しお怒りではないのですか?」


「……本来なら、怒るところなのだろう。だが、彼女に対して、怒りは感じない。本人も申す通り、彼女は普通の公爵令嬢ではないからな」


 フランツは苦笑しながらライガに告げる。

 そして、この専任剣士に、ジェシカについて相談している事におかしみを感じた。


 24時間、四六時中、自分が愛する女性と行動を共にしている若い男。

 嫉妬する気持ちがないと言えば嘘になる。


 しかし彼ら2人からは、そのような怪しい色は全く見えない。

 彼らは純粋な主従関係と、剣の師と弟子として行動しており、それは誰から見ても明らかであった。


「……私は恋愛事にうとく、どうすればジェシカお嬢様の気持ちがフランツ様に向くかはわかりかねます。ただ、もしよろしければ、フランツ様に、ジェシカ様の別の姿をご覧頂く事は可能です」


「別の姿?」


「はい。剣士としてのジェシカ様です。僭越ながら申し上げますと、令嬢ではないお嬢様を知ってご理解頂く事で、何かよい方法が見つかるかと存じます」


「剣士としてのジェシカ嬢か……」


 フランツ王子はライガの助言を受け入れた。

 そして、2週間後。ライガからの連絡により、お忍びで広場に出かけた彼は、驚くべきものを見ることになった。

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