「さっ、まずはお茶でも飲みなよ」
「……ありがとう、ビー」
私は、あの後、どこからともなく現れたライガに促されて、子供達と共にメシ屋の臨時カフェにやって来た。
ライガは遠目であの状況を見ていたようで、彼がビー達に何があったかを説明した。
怯えた子供達は彼らの両親に抱きかかえられ、裏口から店を離れた。
まだ準備中の店内には、ライガとビー、そしていつもビーの店にいる仲間の2人が座っている。彼らも、頭や額に角らしきものがあるので、北の一族である事は間違いない。
私は黙って、お茶を飲む。
先程の興奮がまだ醒めず、頭に血が上りっぱなしだ。
「チカ、あらためて子供達を守ってくれてありがとうね。だけど、お嬢様が異国の荒くれ者と何かあったらどうすんだい。危険すぎるよ」
ビーは私の座るテーブルにやってきた。向かいに腰かけ、話しかけてくる。
「ビー、私は剣大会にでる。あいつらに詫びを入れさせる」
「ライガ、あんたのお嬢さんはこう言ってるよ。どうするんだい? 」
「ライガは関係ない。私の意志で出場する」
部屋の端から、ライガが黙って私を見ているのを感じる。
「ライガ、その西の兵士くずれは、どれ位強いんだい? 」
「……ガタイがいい。多分、何人も人を殺している。力と経験値では、チカは太刀打ちできない」
ライガが静かに言った。
「じゃあ、リスクが高すぎるね。チカ、今は腹が立つだろうけど、何もわざわざ危険な場所に乗り込む必要はない。あんたが剣大会にでる必要なんてないんだよ」
(確かに、彼らは過去に何度となく戦場に出て、戦った経験があるだろう。人を殺したり痛めつける事に躊躇いがない。でも……)
「パワーでは敵わなくても、私にはスピードがある。彼らにないものがあるわ」
私は立ち上がってライガを見た。
「ライガ、私は5年間あなたに鍛えてもらった。そろそろ、自分の腕がどの程度なのか試してみたい。剣大会なら、仮面をつけて戦えるし、私の身元がばれることもない。上手くいけば、先程の失礼な輩にもお礼ができるし、一石二鳥よ」
「万が一の事があれば、どうする? 大会とは言え、剣を交えるんだ。毎回、必ず死人はでている」
「わかってる。それでもやってみたい。単に腹が立って奴らを倒したいというだけじゃない。……誰にでも、何事においても、初めての時というものはあるわ。私は、このトーナメントを初戦としたい」
「チカ、あんた、やられる覚悟はあるようだが、他人を殺めてしまう可能性は考えてるかい? 」
ライガが答える前に、ビーが私に問いかけた。
「……覚悟?」
「そうさ、大会といえど戦いでは、どちらも起こり得る。本意じゃなくとも、相手を傷つけてしまうことだってある。あんたには、剣士として、命をやりとりする覚悟があるのかい? 」
自分が殺される可能性。
人を殺してしまう可能性。
この世界に来てから、強い剣士になると決めてから、何度となくその事について考えてきた。
「私の剣士としての心構えは……。まず自分と自分の仲間を守る。戦うときは、自分が死ななように最大限の努力をする。でも万が一の事もあると常に心に刻む事。そして、どうしても敵と対峙しなくてはならない場合は……極力相手を殺さずに戦意喪失させる事。基本的には、私は他人は殺さない。でも自分の手が血で汚れる事から目を逸らさない。……それが、私の覚悟かな……」
私は話しながら、ふと初めてライガと野営に行った時の事を思い出した。
「ライガ、覚えている? 私が初めて野営に連れてもらった日。野兎を狩ったよね。あの時、私は怖くて仕方なかった。いつも調理された肉を食べている癖に、いざその命を自分の手で奪うとなると、罪悪感でいっぱいになった。自分は他の動物や植物の命の上に成り立つ存在だという事を痛感させられて。震えながら調理して焼いて食べた。あの時、私は恐ろしくて、食べていても全然味が感じられなかった……」
誰も、何も言わず、私の話を静かに聞いている。
「だけど、それまで当たり前だった食事が、あの時以降は感謝する時間へとかわった。私は、色々な命を頂いて、
(そう、私たち人間は、聖人君主じゃないし、純真無垢な存在でもない。お肉も野菜も食べる。他の生命にその命をもらって、はじめて生きながらえることができる者な訳だし。それは受け入れるしかない。そして、この世界で生きていく為に、他者と戦わざるをえない時もでてくる。平和的に解決できるなら、勿論そうしたいけど。以前の世界でもここでも、結局、社会は理論でなく、人間の感情によってまわっている。どうしても剣を交える事が避けられない時には……)
「……私はこの世界で生き延びる。なんとしても。人を殺める覚悟はまだ出来てないけど、生き抜く覚悟はできているわ」
「……いいね。素晴らしいよ、チカ」
ビーが嬉しそうに声をあげた。
「あんたを、あたし達の仲間と認めよう。皆もいいね」
ビーの言葉に、後ろにいた男達が立ち上がり、ライガと一緒にビーの後ろに並んだ。
私は彼女の発言の意味がわからず、ただビーの顔を見つめた。
「チカ、あらためて自己紹介するよ。あたしは、ジービーナ・ウィン・リーザ。北の一族のひとつ、