私が大泣きした夜、15歳の誕生日パーティーの日から、2週間が経った。
ライガはいつも通りの態度でいてくれるし、私もあの晩の事には一切触れず日々を過ごしている。
過去のホテルでの仕事柄から、ポーカーフェイスが得意で本当に良かったと思う。
あれから、色々と反省した。心をあらたにして、改めて自分がここで何をしていくのか、どのような心構えでいる必要があるのかを考えた。
考えたの、だが……。
気がつくと、私はつい、あの夜の事を考えてしまう。
ライガの言葉。そして、あの時の彼の表情。大きな温かい手。
がっしりした、筋肉質で鍛えられた戦士の体。なのに、私をあやす手はとても優しくて……。
(いや、待って! 今考えるのはそうじゃなくって……。そうよ、最近、国内で見慣れない異国からの人間が増えたって聞いたのよね。来月予定されている花祭りの観光客だとは思うけど。雰囲気をみて、他国からの避難民なのか、それともヨーロピアン国への間諜なのか、ちょっと確認しておかないと。午後にはライガと一緒に……ライガ……)
一度、彼の体温を知ってしまったら、もう元には戻れない。
もう一度、ライガに抱きつきたい。優しく抱きしめられたい。
その手で頭や頬や背中を撫でてほしい。彼のおでこのツノや顔に触れたい。キスしたい。そして……。
「ああああ――!」
私はつい、自分で自分の頭を机にコツンと打ちつけた。
「お嬢様……! 大丈夫ですか? いかがなさいました?」
「……ごめん、マリー。……何でもない。ちょっと頭が煮詰まってるだけなの」
(いやだ、まるで恋煩いじゃないの! ……いや、もうこれはまるで、じゃなく、完全に恋煩いだわ。……ごまかしようがない……。私はライガが好きなのよ。……フランツ王子の事を勝手に抱きついてきたと文句言っておきながら、自分もライガに同じ事してるし。……あーーもーー! )
私は、自分の頬を両手でピシャリと叩いた。
「お、お嬢様! いけませんわ。お顔を叩くなんて、まあ……!」
水差しを置いて、マリーが私の側までやってきた。
私の手を取り、心配そうに見つめる。
「ジェシカお嬢様、マリーはお嬢様が心配でなりません。ただでさえ、平民の男性物の服装で、剣を携えて出歩いたりされて……。私達は、いつもご無事でのお帰りをどれだけ待ちわびているか……」
「……ありがとう、マリー。私の側にマリーがいてくれて本当に嬉しいわ。でも、これだけは覚えていて、マリー。私は私の為すべきことを、誇りをもってやっているの。確かに普通の公爵令嬢のとる行動ではないけれど。私なりの方法で、この国の為に役立ちたいと考えているのよ」
私は笑顔でこう告げた。
「この先、もし万が一、私が戦いで傷を負ったり、命を落としたとしても……。私は自らの決めた道を進んだ事に後悔しないと思う。だから、マリーも。私の身に何があっても、悲しまないで。私は皆に感謝し、今の状況に満足しているのだから」
「とんでもない事でございます!! ジェシカお嬢様、万が一の時なんて考えられません! ……絶対に、万が一の状況になんて、ならないで下さいませ……! 」
マリーのか弱い手をつぶさないように気を付けながら、彼女の手を適度な力で握った。
「……ありがとう、本当にありがとう、マリー……」
私は本当に幸運だ。こちらの世界でも、本当に人運に恵まれている。
当初は、自分の身可愛さの、保身の為の鍛錬だった。
でも、今は。
自分の為だけじゃなく。この国の為に、私の大事な人たちの為に、役に立ちたいと本気で願うようになった。
勿論、先の事はやっぱりわからないけど。
その時々で、やりたい事、やるべき事を考えて、出来る事をしていこうと思う。
(そうよ、まずは街の見回りよ! ライガの事は保留、としたいところだけど、まあ無理よね。彼にも私の事を好きになってほしい。武人として、そして人間として、強く魅力的になるようがんばらなっくっちゃ……!! ああーー、でも……。ライガってば、本当に素敵だし。多分、北の一族って事があっても、そこそこモテるだろうな……。他の人に攫われる前に、何とか確保したいところだけど。でも、フランツ王子に求婚されている現状と、私の公爵令嬢という立場のままでは、もしライガと上手くいったとしても、彼が罪に問われてしまう……。私が、自分の行動を自分で選択できるよう自立できないと、彼との未来は得られない。いや、でも…… )
10年ぶりに恋に落ちた私の脳は、恋愛事と己の責務とを行ったり来たりして、かなりの混沌と化した。
正直、自分の心の急激な変化と、燃えるような熱量と、理性が効かなくなる程の欲望、不安、期待に困惑している。
(深呼吸よ。まずは深呼吸して、心と頭と体を落ち着かせて。今、私が一番すべき事は何か考えるのよ……)
私はライガにがっかりされないように、とりあえず今は第一優先事項、つまり国内の平和維持の行動に集中しようと決意した。