「そう言って、彼は本当に
誕生パーティー当日の深夜、私はライガを呼び出して一緒にお茶を飲んでいる。パーティーでちょこちょこ飲んだアルコールが程よく残っていて、私はご機嫌さんだった。
だが、よく見るとライガの表情は厳しい。
眉間に皺を寄せ、腕を組み、口はへの字で、目をギュッと閉じている。明らかに異常事態だ。
「ライガ、どうしたの? どっか痛い? 何かトラブルでもあった?」
ライガは動かない。
不安になった私は、テーブルの向こうに座るライガの横へと近よった。
ライガの肩に手をかけ、ユラユラと揺らした。
「ねぇねぇ、ライガ、どうしちゃったの? 大丈夫?」
「……チカは、王子の事を子供扱いしすぎじゃないか?」
「え……?」
「確かにチカは、前の世界では40歳だったかもしれないが、今のチカは15歳だ。なのに、王子をテクニック不足だとか、自分の事を本当に好きな訳じゃないとか、ただの性欲だとか……。もし、自分が本気で好きになった人に、そんな風に思われたら、どう感じる?」
「あ……」
「彼は若くて、以前のチカにとっては子供みたいなものかもしれない。でも、今この世界で、彼もチカもオレも実際に生きてるんだ。彼は本気で、今の、15歳のチカを好きなんだと思う。それを冗談めかして、本気な訳ないと決めつけるのは、なんていうか……彼をないがしろにしていると感じる」
ライガは目を閉じたまま、静かに続ける。
「だが、進んだ文明からきたチカには、今いるこの場所での出来事は、現実感がないのかもしれない。それも仕方のないことだと思う。……オレにも似たような経験はあるから。今まで話した事はないが、北の一族では心威力を持つ者には必ず
「……
「ああ、師匠のような存在だ。オレのヤールには叔父貴がなってくれた。ヤールは人生の先輩として、後輩を導く役目を持つ。後輩が、
そういえば、前に聞いた気がする。歴史書に載っている、平民騎士。通常、貴族しかなれない騎士に、心威力の功績で特別に認められた平民騎士が、ライガ達の一族だったって。そして、騎士の称号を与えられたものの、結局国に奴隷のように使われて死んでいったって……。
「オレも勘違いしていた時期がある。子供の頃から何度も放浪の民だって事で差別され、理不尽な目にあってきた。一方で、人々の心の声が否が応でも聞こえる。オレはある時、自分が神にでもなったように錯覚した。一般の人々の事を、所詮は力のない無価値な存在だ。オレ達
「……」
さっきまでの楽しい気分は消え去った。胸が締めつけられ、息苦しい……。
「そんな時に、オレのヤールである叔父貴は、さりげなく導いてくれた。生まれた身分や人種で、人の優劣が決まらないように、心威力の有り無しで、人間の価値は測る事はできないと。理不尽な差別に対して、立ち向かい戦うのはいい。だが、心威力者であるという事は自身の一部分ではあるが、全てではない。心威力者である事と、価値のある素晴らしい人間であることは
ーー恥ずかしい……!
私は、ライガの言葉に自身の
ここより進んだ世界からきた自分、経験豊富な自分、密かに
ライガの言うように、私は自分を神のような、他の人々より一段高い位置にいるように感じていた。
そして、いつの間にかチヤホヤされて公爵令嬢でいることにも慣れていった。
わがままなお嬢様のジェシカを教育する、なんて言いながら、いつの間にか
だが、それは私の強がりでもあった。ひとりぼっちで飛ばされて、こちらの世界で現実に生きていかねばならないと突きつけられすんなり受け入れられる程、私は強くない。
ジェシカとしての自身に起こる出来事を、一歩引いてみる事で、私は自分を守っていたんだと思う。
ライガの肩に置いた自分の手が冷たくなっていくのを感じる。そして、知花の意識とジェシカの体が乖離して、私という存在が失われていくような感覚に襲われた。
どうしていいかわからず立ち尽くす私の手の上に、そっとライガが手を重ねた。
あたたかい。ゴツゴツした大きな手。
ライガの方に目をやると、彼も目を開けて、真っすぐに私を見た。
「ごめん、チカ。責めてる訳じゃないんだ。オレも、まだまだ未熟者だし、間違う事も失敗することも多い。叔父貴のように立派な人間でもない。けれど……オレはチカが、あなたがこちらに来て間もない頃から知っている。だから、オレがあなたのヤールになり、あなたの力になりたい。お嬢様と専任剣士というだけでなく、あなたがこの世界で本当の意味で生きる為の、サポートをしたいと思う」
「……ライガ……」
「オレはあなたに、傍観者ではなく
そう言って、ライガは私の手をギュッと握った。
「……っ……クッ……ゥうう……」
こちらの世界にきて、5年。私は人前では泣いた事はなかった。ライガの前でさえも。
でも、今。私は嗚咽をこらえる事ができない。色々な気持ちと共に、涙が溢れてくる。
抑えてきた不安、悲しみ、恐怖。そして、ライガがくれた言葉によりもたらされた心強さ、喜び、安心。
知花でありチカでありジェシカである『私』は、確かに
私は片手で口を覆い、咽び泣いた。
「……ックッ……ご、ごめ……ん……。泣く……つもりじゃ……」
感情が暴走して、完全にコントロール不可能な状態だ。
なぜ泣いているのか、どうしたいのか、なんだかもう自分でもよくわからない。
ただ、体と心の内側から、湧き上がる様々な感情と共に涙がとめどなく溢れてくる。
ライガは座ったまま、片手を私の背中にまわし、トントンと軽くたたいた。
私は思わず、ライガの首にしがみついた。
「……ぅうっ……うーー……」
私はせきを切ったように声を上げて泣き始めた。
ライガは何も言わず、ただ私の背中を優しくたたき続けた。まるで子供をあやすかのように。
この後、彼は私のベッドの横に腰かけて、しばらく付き添ってくれた。
泣きつかれた私は、彼の手を握りしめながら、安らな眠りについた。