「ジェシカ……何度でも言おう。あなたを愛している……! あなたの心が欲しいーー」
王子は両腕で、私の背中をグイグイと抱きしめてくる。私はなされるがまま、抵抗もせずただジッとしていた。
予想外の王子の行動にびっくりしたけれど、まあ命の危険もないので、私はすぐにのんびりした事を考えてしまった。
(あーーなんか男性とのこういう肉体的接触は久しぶり……。いや、いつも鍛錬でライガとストレッチや組手でガッツリくっついてるか。でも、こういうロマンス的な感じは10年ぶり位よね。まあ、許可もなくいきなりのハグは感心しないけど、嫌悪感はないかな。フランツ王子は可愛いくて上品で頭良くって剣の腕もなかなかで、本当におとぎ話のなかの王子様みたいだし。まあ、リアル王子様なんだけど。でも好きとか愛してるとか言いまくるあたり、本当に恋する自分に酔ってるって感じがする。私が好きっていうのも単なる思い込じゃないのかな? この年齢の男の子だと、かなりの確率で恋と性欲が混同されがちだし。でも、あんまり場慣れはしてないようだから、真面目な子なんだろうな。力任せにがっつり抱きしめてるだけで、片方の手で官能的に肩や背中を撫でる、とかもないし。だから残念ながら、全然私のトキメキ感知器は作動しないけど……。まあ、私もこの5年間は生き延びるのに必死だったからなあ。三大欲求のひとつとはいえ、性欲ってある程度心に余裕がないとあんまりわいてこないものね。そういえば……)
「ジェシカ……。ジェシ……カ……?」
あまりの私の無反応ぶりに、違和感を覚えた王子は少し腕の力を緩めて、私の顔を覗き込もうとした。
私はその瞬間を逃さなかった。
ーーここから抜ける!!ーー
頭で考えるよりも早く、私は無意識に、そう強く思った。
フッ、っと強く風に吹かれる感覚がして。気がつくと、私は王子から5歩程離れた、建物への入口扉の前に立っていた。
(うおっ!! なに、これ、もしかしてプチ瞬間移動?! 眠っていた
嬉しい驚きに目を丸くする私と、信じられないものを見たようなフランツ王子の、目があった。
「
私は思わず呟いてしまった。
「……は……?」
フランツ王子が茫然としながら聞き返した。
「悪手だと申し上げたのです。無理矢理に何かを強いられるのが嫌いな私を、フランツ様は許可も得ず、無理矢理に抱きしめられました。他のご令嬢はわかりませんが、私にとっては無理強いされる事はマイナス評価にしかなりません」
「マイナス評価……」
ちょっと言い過ぎたと思いながら、私は王子に諦めてもらう為のクロージングを行った。
「フランツ王子。私は本当に口のきき方も知らない、マナー教養のない人間です。誠に申し訳ございません。私のような野蛮な娘がフランツ様の横に立つなどと、どだい無理なお話でございます。そんな私を好ましく思うと仰って下さった、フランツ様のお優しいお気持ち、ご恩情に心より感謝申し上げます。私は剣の腕で、フランツ様に、そしてヨーロピアン国にご恩返しができますよう努めてまいりますわ」
私は、ニッコリと微笑んだ。
嘘は、言葉や態度から相手に伝わるものだ。
私は、心から王子に感謝しながらそう述べた。
「……!」
王子は微動だにしない。だが、視線を合わせるその眼、表情からは、私の気持ちが伝わった事が感じ取れた。
「今日はわざわざ私の為にお越し下さり本当にありがとうございます。では、私は先に会場に戻りますわ。父や兄もフランツ様とお会いするのを楽しみにしておりました。会場でお待ちしております」
私は膝を折り、王子に丁寧に挨拶をした。
(三十六計逃げるに如かず、とは今この時よね)
逃げるように館の中に入った私の背後から、王子の声が聞こえた。
「ジェシカ嬢……! 私はあなたのことを諦めない。覚悟してくれ」
思わず振り向くと、王子は満面の笑みを浮かべ、ヒラヒラと右手を振っていた。
(彼もまあまあな食わせ者ね。さっきの瞬間移動の事も、きっと彼相手じゃごまかせないよね。……やっぱり人間の第一印象って当たるなあ)
私は足を止め、フランツ王子に体を向け、再度頭を下げた。
そして、5年前初めて王子に合った時の事を思い出した。確か、あの時も胡散臭い人だと感じたのだ。
私はライガにUM(運命共同体ミーティング)の招集をかけねば、と思いながら急ぎ足で会場に戻った。
今年の私の誕生日パーティーは、かなり盛大に行われている。
フランツ王子だけでなく、ヨーゼフ第一王子、アグストゥン第二王子ももうすぐ来場される。2年前にポノボノ国の第2王子と結婚したジュリエットお姉さまも、この為にわざわざ帰ってきて下さっている。
なるべくたくさんの人に笑顔をふるまい、人脈を広げて深めて情報収集するのも、公爵令嬢としての大切な営業活動だとわかってはいるものの、今の私はライガとのUMの事で頭がいっぱいだ。
フランツ王子のらしくないガッつき行動と、私の瞬間移動的な出来事について、早くライガに話したくて仕方がなかった。