知花の人生でも思ったけど、時間ってあっという間に過ぎる。
フランツ王子とのファーストコンタクトから、気づくと5年が過ぎ、私はジェシカの体で15歳になっていた。今日は私の15歳の誕生パーティーの真っ只中だ。
実はフランツ王子とは、年に一度は会ってる。毎年、私の誕生日パーティーに来てくれて、その度に口説かれているのだ。
彼とは年々、少しずつ砕けた感じで話をするようになっていた。これ以上関係が深まるのは危険だと感じ、今日、はっきりと婚約も結婚もできないとお断りを申し上げる事にした。
「なぜ? 私が嫌いか? それとも、他に好きな男ができたのか?」
バルコニーでの、2人きりの会話。
ジェシカになって5年、知花時代に最後の彼氏と別れたのが35歳の時だから、かれこれ10年ほど恋愛市場から遠ざかっていたので、正直どう返していいか悩んだ。
「フランツ王子はとっても素敵だし尊敬しています。他に好きな人など勿論おりません。ただ……」
「ただ……?」
私は言葉を選びながら、しっかりとフランツ王子を見つめて話す。
大事な話は、正直に、まっすぐに、相手の目を見て話すのが一番だ。
「私は、神鳥の神託を受けてから、この5年間、愚直に鍛錬に打ち込んでまいりました。剣士になる為の、いざという時には、敵を殺める為の鍛錬をです。普通の令嬢からすれば、フランツ様からのプロポーズはこれ以上ないほど嬉しく有難いことだと存じます。ですが、もやは普通でない私にとって、結婚する事は喜びではありません」
「では、あなたにとって喜びとはいったい何を指すのか?」
「私にとって、もっとも嬉しく大切なことは……。私自身が選択する権利を持つ、という事です」
「権利?」
「はい。誰からも強いられず、私がしたくなった時に、私が自分で選んだ相手と結婚できる権利です。勿論、一生結婚したくならないかもしれませんが……」
「つまり、好きでもない私と結婚はできぬということか」
フランツ王子は不機嫌そうにテーブルのグラスに手をのばし、ワインを口に運んだ。
私は、次の手をどう打ったものかと思案しながら、ずっと疑問に思っていた事をぶつけてみた。
「あの、私はまだ子供で、人を好きになるという事がよくわかりません。そもそもフランツ様は、私のどこを気にいって下さったのですか?」
「……ブホッ……!」
フランツ王子はワインを盛大に吹き出した。王子らしからぬ行為に、私は目をそらし見なかった事にして話を続ける。
「私は特別美しくもなく、顔も日焼けしおりますし、公爵家の令嬢は他にも名門の綺麗な方々がいらっしゃいます。私は令嬢としての礼儀作法も最低限しか習得しておらず、馬に乗り、剣を持ちます。街の民に混じって飲み食いし、冗談をかわし、山で野営もします。手は豆だらけで節は太く、淑やかさに欠け、目上の方の言うことを大人しく聞かず、女性でありながら自分の意見を述べたがる跳ねっ返りです。フランツ様が私と結婚したいとおっしゃる意図が全く理解できないのです」
私は空の星を眺めながら、一気に言い切った。さすがの王子も機嫌を損ねるかもしれないし、もしかしたら不敬罪で何某かの罰を与えられるかもしれない。でも、これで王子が私への謎の執着をなくしてくれたら儲けものだ。
なぜ王子が私を気に入ったのか、わからない。
私の身に危険が及ばない限り、あまり王子のプライバシーに関わりたくないと言って、ライガは一切詳細を教えてくれなかったのだ。
「それでも、もし、あなたを無理矢理にでも私の妻に迎えようとしたら、あなたはどうする?」
王子が後ろから声をかけた。
(勿論、逃げるに決まってるでしょうが!! いや、でもそれをここで言うわけにはいかないわ。逃げられないように、逃げたら両親に罰を与える、とか、国境の警備を厳しくされても困るし。落ち着いて、余計なことは言わず、事実だけを述べるのよ)
私は振り向いて、再度王子と向き合った。
「そうですね。それでも、フランツ様が私との結婚をお望みになれば……フランツ様は王子でいらっしゃるのでご希望を叶える事ができる。そして私は不幸になる。それだけかと存じます」
「あなたは不幸になる……」
「はい、不幸になります。望んでいない、無理矢理にさせられる結婚で、私は幸せにはなれませんから」
「……厳しいな……。あなたは常に本当の気持ちを私に伝える。嘘がない。だから、私はあなたに私の傍にいてほしいと思うのだが……」
「私はフランツ様を尊敬しております。貴方様に誠実でありたいと存じます。だからこそ、不敬を承知で、こうして本当の気持ちを申し上げております」
私は臆することなく、引かないという強い気持ちを込めて王子を見つめる。
彼も無言で私を見つめ返す。
(……ここが正念場ね。私は絶対に、自分の意見を取り消さない。引かない。権力者に無理矢理に命令されて人生が決まるなんて、私は絶対にイヤよ!)
彼は根負けしたように、フッと笑った。
と同時に、私はフイに手をとられ、彼の方に引っ張られた。
「……あ……っ?」
「わかった。あなたが16歳になるまで、あと1年ある。この期間に、あなたの気持ちが私に向いてくれるよう私は力をつくそう」
(え、何? 今、私、抱きしめられてる?)
突然の出来事に頭も体も固まって、身動できず言葉も出てこない。
その私の体に、さらにギュッと強い力が加わった。思ったより逞しい、王子の胸と腕に閉じ込められる。
「ジェシカ嬢、あなたが好きだ。初めて会った時からずっと。私があなたを愛しているのと同じように、あなたにも私を好きになってほしい」
「フ、……フランツ様……! あの、ちょっ……と、待って………!」
(ヒィ――!! 何なの、これ? 何が起こってるの……?!)
慌てふためく私にかまわず、王子はマイペースに、私の耳元で愛を囁く。
「ジェシカ嬢……、ジェシカ! こんなにもあなたを愛しているのに。こんなにもあなたを想っているのに、なぜあなたはそんなに冷たく私を突き放すのか……!」
(……なんでこうなるの? 誰かに見られたりしたらヤバいじゃない! 押しのける? いや、いや、王族に暴力ふるったらそれこそ牢屋行きでしょ……。あ――も――面倒な事になったわ……)
私は王子のヒートアップする熱苦しい愛情表現に、どうしていいかわからず固まり続けた。