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第23話 近況報告ー3年後ー 感謝の正拳突き的修行に励んだり街で小銭を稼いだり

 かのネテロ会長は武術鍛錬で、一日一万回、感謝の正拳突きをしていたという。

 まあ、漫画の中の人だけど。


 私はあの名作の大ファンだった。続きが読めないのが残念だけど、たまにネテロ会長やゴンやキルアの事を思い出しながら、練習に励んでいる。


 有難い事に、このお嬢様の身分は、私に鍛錬する環境と時間を与えてくれた。

 衣食住の心配もなく、ただただ好きな事に打ち込めるなんて、これ程の幸せがあるだろうか。


 そう、今日も厳しいライガ師匠に指導頂き、鍛錬に励む。


 ここ2年ほどは、毎日剣を振っている。

 前の世界で中国武術を習った時にも、『剣は手の延長』と教わった。つまり、剣が体の一部となり、手を使う感覚で使いこなせる位に馴染ませないといけない。そんな話だったと思う。


 1年目は基礎の型とステップをひたすら練習した。

 2年目には基礎と、ライガとの打ち合い練習が半々。打ち合いというより、まあ、真剣にちゃんばらごっこをしてるというか……。

 3年目になった先月、ライガは私専用の剣をプレゼントしてくれた。北の一族の鍛冶屋に頼んで、特注でつくってもらったその剣は、グリップが少し細身になっていて、私の手にしっくりくる。まだけっこう重く感じるが、あと2年もすれば、背も伸びもっと筋肉もつくので、ジャストフィットになると思う。


 やっぱり、自分の手に合う、自分だけの剣って嬉しいしテンション上がる!

 ライガ先生は、こうやって私をやる気にさせるのがうまいのよね。


 ライガとはうまくやってると思う。

 私は彼をお嬢様教育の時間も同席させている。私も彼も、一緒に勉強できるし、後から復習したり意見交換したりするのに便利だし。


 ちなみに、私は先月13歳に、そしてライガは来月21歳になる。


 私は、身長はだいぶ伸びて、今は155センチ位。しっかり食べてる割には体重はあんまり増えない。贅沢な悩みだと思われそうだけど、剣士として戦うには、体重はあった方が断然有利だし、がんばって増やしたいところだ。


 ライガもますますガタイがよくなってる。多分、推定身長180センチ、体重85キロ。元々ガッチリ系だったが、進化している。勿論、剣士としての腕も、上がってる筈。

 正直、彼はカッコいいし、色々と気はつくし(まあ、読心力保持者だし当然だけど)、努力家で真面目だ。彼がいてくれて、もうほんまにめちゃめちゃ助かってる。


 専任剣士兼、従者兼、参謀役をこなせる人なんて、そうそういない。

 彼をゲットできて本当にラッキーだったと思う。


 ラッキーと言えば、ライガの親族というか、北の一族が運営する城下街の何でも屋の『メシ屋』とつながれたのもそうだ。

 私はたびたび、ライガと一緒にメシ屋を訪れて、一族の人たちと親交を深めた。


 いつか来るべきXデーに備え、警備員とか傭兵になる方法を勉強できたらいいな、って軽い気持ちで通い始めたんだけど、いつの間にかすっごく馴染んでしまった。


 やっぱり私も根は庶民なので、ざっくばらんな下町気質の彼らの雰囲気が肌にあった。

 そこで、ムクムクと商魂が刺激され、彼らの協力の元、1年前から公爵家に内緒で雑貨屋の経営を始めた。


 元の世界での「アロマ雑貨」的な、植物由来の良い香りの石鹸やボディコロンや虫よけスプレー等の開発・販売が当たり、なかなかに繁盛している。

 ホテル勤務時代に、一時、アロマ雑貨づくりにこっていた時があった。アロマスプレーやキャンドル、蜜蝋アロマクリームなんかを自分で作っていたのだ。

 昔の経験が活かせて、なんだか嬉しい。


 表立った経営は『メシ屋』に任せており、私は裏方だけど、やっぱり自分で働いて稼げる収入源があると心強い。

 私はメシ屋の手がける店舗のひとつ、ウッドカフェを事務所代わりにしている。店の奥の方の机でお茶を飲みながら、雑貨の売上の貨幣をニタニタして数える私を、スタッフの皆は呆れた顔で見てるけど。


「チカ、あんた貴族のお嬢様の癖に、なんだってそんな商人みたいにお金が好きなのさ」


 メシ屋を束ねる肝っ玉母さん的存在のビーは、いつものようにそう言って私をからかった。


「ちょっと、ビー、シーーッ! 他のお客様に聞こえたらどうするのよ。ここでの私は、北の一族の親類の娘、ただのチカでしょ。貴族とかいう言葉をださないで」


 一般客の方に目をやり、焦ってヒソヒソ声でまくし立てる私を楽しそうに見ながら、彼女は言う。


「うちの一族に、そんな守銭奴はいやしないよ。まったく変わったお嬢ちゃんだよ」


 ビーは40歳位、多分、知花である私と同世代だと思う。本音トークできたら、とても気の合う友達になれるんだけどなあ。彼女は、おおらかで、強くて、頼もしい。

 ライガによると、腕っぷしもかなり強いそうだ。


 好きだなあ、そういうひと


 一族の他のメンバーもおおらかでいい人達だ。いや、、というべきか。

 ライガには聞いていないが、私は彼らは諜報活動をしているグループなんじゃないかと睨んでいる。

 いわゆる、スパイだ。


 雇い主がいるのか、それとも何かの目的の為に情報収集しているのか。

 正直、わからない。


 あくまでも私の推測に過ぎない。でも、嫌な感じはしないので、しばらく様子をみようと思ってる。


 ナルニエント公国の事、ヨーロピアン国全体の事、そして他国の事まで。

 メシ屋のメンバーは、驚くほど広く詳細な情報を持っている。

 色々な話や噂は聞こえてくるけど、彼らの情報から、まだしばらくはこの平和な生活を享受できそうだと楽観視している。


 私が自由でいられる時間は、あと3年。

 その間に、一騎当千、とまではいかなくても、剣士としてある程度の強さを身につけないといけない。

 そして、16歳までに、なんとか婚約・結婚を自分で選べる権利を手に入れなくてはならない。


「おい、チカ。そろそろ出発するぞ」


「オッケー」


 ライガが、大きなズタ袋を下げて呼びにきた。

 袋には、2日分の水や食料が入っている筈だ。


 これから、私とライガは二人で東の国境にある、タロ山という低い山というか丘に1泊2日のキャンプに出掛けるのだ。

 いよいよ、剣や武術だけでなく、実際の兵士が行う野営や狩りの実践が始まる。


「大丈夫か、チカ。いくら低いとはいえ、夜の山は怖いよ。あの辺はまだ山犬もうろついているだろうし」

「本当にかわったお嬢ちゃんだよ。なんで好き好んで苦労したがるんだか」


「心配してくれてありがとう。でも、これも修行だし、がんばってくるわ。それにライガが一緒だから、安心よ」


「ライガが、キケンなんじゃないか?」


 おっさん連中が、意味ありげにニヤニヤする。


「ライガほど頼りになる剣士はいないと思うけど。とにかく、行ってきまーーす!」


 私は、その言葉の意味がわからない無邪気な少女を装い、ライガの腕をひいた。

 彼はお得意の無表情を貼り付けて、軽く頷いた。


「気をつけて、いっておいで」


ビーの明るく大きな声が後ろから聞こえた。


「はーーい、ありがとーー」


 私は元気いっぱいに返事した。



「……本当に、大丈夫か? 怖かったら、やめてもいいんだぞ」


 預けていた馬を迎えに行く途中、ライガが小さな声で呟いた。


「なに、本当にライガが危険なの?」


「な……っっ! お前なあ……」


 珍しくライガが動揺している。しかも、初のお前よばわり。心なしか、顔が赤いような……。


「冗談よ、冗談。怖くないって言うと嘘になるけどこれも修行でしょ。がんばるわ、私。だから、よろしくね」


 私は、ライガに笑顔で答えた


 ライガは、大きく溜め息をつき、いつもの彼に戻った。


「よし、気合い入れていくか。いくら近所の山でも、山は山だ。油断せず、慎重に行こう」


「了解です!」


 こんな感じで、私の13歳の時間は、武術鍛錬一色で過ぎていくのだった。

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