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第22話 近況報告ー半年後ー コサックダンス的な鍛錬などなど

「さて、お嬢様。では今日も始めますか」


「ライガ、今日も宜しくお願いします」


 稽古のはじめには、お互いに頭を下げる。

 やはり、武道には礼儀が大切よね。


「では、チカ。まずラノン・ベーシックから」


「はーい」


 彼が私の事を『チカ』と呼ぶときは、周りに誰も聞き耳を立てていない、安全な空間だというサインだ。

 この時ばかりは、私はお嬢様の仮面を脱いで、好き勝手に喋る事ができる。



 第三王子の急襲から半年間が経ち、私の置かれている状況はかなり変化した。


 困った置き土産を残してくれたけど、フランツ王子との邂逅かいこうは、私の武術鍛錬をやり易くさせてくれた。その事には感謝している。

 なんせ、私とライガの訓練は、フランツ王子公認ともなったのだから。


 婚約の件は、緊急案件ではないので、しばらく寝かしておくことにした。


 父公爵も、家族も、基本的には私のやる事に異論を唱えない。

 まあ、私も都合が悪い時は、とりあえず神鳥の神託という伝家の宝刀を振りかざし、なんとなくごまかすという手を多用しているんだけど。


 まず、私は稽古場を確保した。


 医務局などが入った公館の、図書室の隣にある公会堂のようなスペースを、私達専用として押さえた。

 鍛錬中は何をしているのか人に見せたくないので、2人きりで練習できる場所が必要だったのだ。


 例のごとく最初は、公爵令嬢が専任剣士といえど、異性と2人きりになるなんてとマリーに反対されたが、神託と多分私が持ってるらしい心威力の能力『支配者』で押し切った。


 また、ライガの真面目な態度に、皆が徐々に信頼をおくようになったのも大きい。

 日々彼と接する者は、だんだんと、放浪の民としてではなく、ライガを個人として認識するようになったと思う。


 その他の成果としては、ライガと2人で城の外へ出かけて買物や飲食する権利を得た事だ。お小遣いも勿論もらう。


 普通の令嬢は、護衛に騎士か上級剣士を4,5名付けて、2人以上の侍女と馬車に乗って外出するのがスタンダードだ。

 なので、単独外出の権利を得た事は大きい。公爵令嬢としては画期的な事だと思う。


 身体を物理的に強くするだけでなく、私はこの世界でも、知花自身の信念の為に行動していきたい。


 既成ルールとの戦い、とも言える。


 私はたいした人間じゃない。元の世界でも、政治家になってこのおかしな社会をかえてやる! というような考えは全くなかった。


 ただ、自分の身に降りかかる火の粉は払いたい派なだけだ。


 私はお嬢様として守られている。身分制度のピラミッドで上の方に位置する存在だ。


 だけども、女性だというだけで、公爵家の跡を継ぐ資格はない。大切に育てられても、結局は政治的な駒としてどこかに嫁がされる。


 女性には、表向きには政治に口を挟む権利はない。


 他にも色々と納得できない事は多々あるが、まずは自分に出来ることだけにフォーカスして、地道に行動していくつもりだ。


 そこらへんの男性兵士より断然強い、お嬢様。

 市井人として生きる図太さを持つ、お嬢様。

 男性と対等に話す知識を持つ、お嬢様。


 こんな感じの、尖ったお嬢様を目指していこうと思う。



 ライガの指導による鍛錬は、今のところは基礎体力をつける為のもので、剣はまだ使っていない。


 まず最初に彼に教わった練習法『ラノン』は、なんというかコサックダンス的な動きだった。ラノンはライガの一族に伝わる踊りというか鍛錬法で、門外不出らしい。ほんまかな。


 ちなみにコサックダンスと呼ばれているものは、正確にはロシアではなく、ウクライナのホパークという伝統舞踊との事だ。多人数で、しゃがんで腰を落としたまま、足を片方ずつ前に出すのが印象的な踊りだ。


 一時ネットで色々な武術動画を観まくっていた時に、コサックダンスと呼ばれているホパークを見つけた。

 バレエのように優雅な要素もあるけれど、リズミカルでアクロバティックな、素晴らしいダンスだ。だが、動きを真似しようにも、普通の人にはとうてい無理な本当にキツい動きが多い。


 ダンス兼、武術鍛錬という意味で、カポエイラにも似てるなと思ったのを覚えている。


 ラノン・ベーシックは、足を肩幅に広げて、真っすぐに立つ。肩の力を抜き、おへその辺りに少し力を入れ、胸の前で手を組む。ゆっくりと腰を落とししゃがみながら、踵を浮かす。

 この段階で、すでにキツい。最初頃は、グラグラして、転びそうになってすぐ手を床についてしまっていた。


 なるべく真っすぐの姿勢を維持したまま、右足を前に伸ばし、踵を床につける。その状態から、右足を元に戻すと同時に、今度は左足の膝を伸ばし、左踵を床につける。なるべく頭は上下させず、同じ高さと姿勢をキープしたまま、右足、左足、右、左とリズミカルに同時に入れかえる。


「ねえ、……ハァ……明日は予定通り…街に行ける?」


「ああ、昨日『メシ屋』には連絡しておいた。チカに会ってみたいと言ってた」


「ほ……んとに? ……フッ……良かった。断られるかと思って、……ハァ……心配だったけど……」


「オレがちゃんと説明しているし、問題ない」


「フゥ……説明って……?」


「ジェシカお嬢様はオレの主で、本当に神託で人かわった。今はオレと一緒に、武術鍛錬の体づくりの部分を毎日練習している。彼女は、街の民の暮らしや、国内の事、他の国の情勢なども勉強したい。そのお嬢様を連れて行くと伝えた」


「……ハァ……断られたら、どうするつもり………フッ………だったの?」


「オレは断られない」


「なんで?」


「……オレは、まあ、ある種のリーダーだからな」


「……ックッ……リーダーって……?」


「それはまた、明日話すよ。そろそろ、次いくか」


「……ハァ……了解……」


 ゼエゼエはあはあと息切れする私と違って、ライガの呼吸はなかなか乱れない。

 悔し~、今にみてろよ! と思いながら、私は鍛錬に励む。


 『メシ屋』は、ライガの一族が経営している、定食屋兼、居酒屋兼、何でも屋的なよろず相談の店を指す。私が、城下で一般市民の生活を肌で感じたり、この国の事や他国の情勢等についても把握しておきたいと相談すると、彼の一族が数人、街に住んでいる事を話してくれた。

 レストラン経営だけでなく、個人のボディーガードから他国に行商に行く際の傭兵の手配等、人材の斡旋や情報屋としても活動しているらしい。


 そろそろ、城の外の世界も知りたいと思っていた私にもってこいの場所だ。ぜひ連れて行ってほしいとお願いしてたのだ。


「では、ラノン・サイド」


「……りょう、……ハァ……かい……」 


 ラノン・ベーシックは足を前に出したが、今度は足を斜め45度前に出す。斜めが済むと、次は真横に足を出す。これだけでもかなりヘロヘロになる。


 ちなみに、最近の私の日課はこんな感じだ。


 起床。自主練習(呼吸法、太極拳や軽いストレッチ等)


 朝食。


 公爵令嬢としての学習。ライガ同席。


 週2でモハード先生の授業。歴史、医学、哲学を学ぶ。その他、週1で文学、ダンスと音楽(歌とバイオリンのような楽器演奏)を習う。

 学習が休みの日は、自主練習(腕立て伏せ、腹筋、背筋等、自重での筋トレや、シャドーボクシング)か、もしくは家族とのミーティング的会合。


 昼食。


 公館でのライガとの武術鍛錬。たまに、馬小屋に行って馬と交流したり、ちょこっとだけ乗馬させてもらったり。


 夕食。家族の皆さんとご一緒に。


 本日の振り返りをノートに記録。

 体を緩める軽い体操。

 気功。

 心を安らかにする瞑想。


 就寝。



 この半年で、ジェシカお嬢様の体は、だいぶ基礎体力がついたと思う。


 そして、ライガとの距離もけっこう近づいたんじゃないかな。

 私は彼に、違う世界から来た事、本名は知花で40歳だったこと(さすがにライガもこの時は驚いていた)、眠って目が覚めたらジェシカお嬢様になってた事。仕事についてや18年間、伝統武術やボクシングをやってた事なんかも含め、正直に色々と話した。


 ライガは、私の言うことを黙って静かに聞いていた。どこまで信じてくれたのかはわからないけど。


「チカ、集中して! 背中が曲がっている」


「す、すいません……」


 今のところ、心を許してくれた、とまではいかないけど、熱心に指導してくれる有難い師匠だ。


 打ち込める事があるって、本当に有難い。

 家族や、職場や、友達の事を思い出して、元の世界へのホームシックで泣きたくなる時もあるけど。


 今、この世界で、私に出来る事をする。

 今、この環境で出来る、最良の事は何かを考え、選択し、行動する。


 そう自分に言い聞かせて、毎日を過ごしている。

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