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第21話 ライガの事情その② 

 成り行き上、ライガはジェシカ嬢の専任剣士となった。なったものの、なかなか彼女と話せる機会は訪れない。


 すれ違うことはあっても、彼女が何者であるのか、何が目的でライガを専任剣士にしたのかなど、ハッキリとした理由を読み取る事は出来なかった。ただ、彼女もまた、ライガと話したがっている事はよくわかった。


 数日後、ライガはあるじと話をする機会を得た。


 廊下を歩いていると、ジェシカ嬢と教師の話が頭に入ってきた。

 この教師はなかなか肝の座った人だな、とライガはふと自身の亡き祖父を思い出した。


 ジェシカ嬢は、冷静に周りに誰もいない事をライガに確認してから、開口一番、無理難題を突きつけてきた。

 彼女の心を読むのを止めろと言う。


 フェアでありたいという、彼女の希望はもっともなものだが、それが出来るなら苦労はないと言いたくなる。


 ライガや、一族の読心術を持つ心威力者しんいりょくしゃとて、好きで人の心を読んでいる訳ではない。読みたくなくとも、勝手に聞こえてくるのだ。


 一族は能力者である事を周りに秘密にして生きてきた。そして、族内でも特定の者にだけある技を伝承してきた。


 どの心威力者も、生涯に一度だけ、己の決めた配偶者にだけは、その能力の影響下から守る事ができる。つまりライガも、自分が選ぶただ1人だけには、相手の心を読めないようにする事が出来る。


 しかし、それをジェシカに使ってしまうと、今後もし、愛する人があらわれても、その人の考えを一生読み続けてしまう事になる。

 ライガは相手の考えを読めて、相手はライガの考えを読めない。そんな状態で、愛する人との健全な関係性を築くのは到底無理な話だ。


 人生で唯一無二の、運命の相手にだけ、捧げるもの。

 、のように気軽にできるものではない。


 断ろうとしたライガに、ジェシカ嬢はたたみかけるように自身の思いを伝えてくる。


 私達は家族なのよ!


 ジェシカ嬢の嘘偽りの無い、熱い言葉は、ライガの心を大きく揺さぶった。


 勿論、彼女にとって、ライガは文字通り必要な盾であり、剣の教師である。保身の為の道具としてのライガを欲しているのは当たり前の事実だ。


 だが、それだけでなない、なにか。

 単なる利便性だけではなく、彼女がライガを求める、なにかを感じた。


 お互いの秘密を共有している、運命共同体。

 互いに尊敬し、信頼しあえる関係をつくりたい。

 もうほとんど、私達は家族なのだ。


 彼女の言葉には、裏がない。そのままの意味だ。

 自分の考えを読む相手と対峙しながら、さほど畏怖も感じず、心と発言が一致する己の本心をさらす正直で胆力のある人間。


 そんな人間が、本当に存在する事に大きな衝撃を受けた。


 ライガは、放浪の民として、今まで己に向けられた数え切れない嘲り、軽蔑、嫌悪を、暴言、暴力、理不尽な扱いを思い出した。


 たまたま、放浪の民に生まれた。


 ただそれだけで、なぜ顔も知らない祖先に生じた誤解を、自分が未だに受けて生きねばならないのか。


 石を投げつけてくる少年や無言で蔑んでくる貴族達に、何度も心の中で呟いた。もしかしたら、この自分の立場に、あなた達がいたかもしれないのだぞ、と。

 たまたま、オレは北の一族に生まれ、たまたまあなたは貴族や、商人の元に生まれた。


 生まれる場所は、偶然の所産ではないか。なのに、なぜ、このような不公平で理不尽な目にあわされるのか。


 なぜ……。


 答えが出ない事はわかっていた。やるせない気持ちで、口中に広がる鉄の味を噛みしめながら悔し涙を流した夜は数え切れない。


 そんな忌み嫌われる放浪の民であるオレに、貴族の、しかも公爵令嬢が、心の底から本気で、既に家族同様だと、思いをぶつけてくる。


 なんだ、これは。

 喜劇か。

 こんな事が、本当に起こるのか?


 ライガは、湧き上がってくる笑いを堪えることができなかった。


 子供の頃、一族だけで生活していた、差別という概念を知らなかったあの時代。

 ライガは子供に戻ったかのように、腹の底から笑った。誰にも、何にも遠慮せず、ただ心のままに任せた。


 そして、笑い終えて、思った。


 このお嬢様は、面白い。

 何者かわからない。それでもいい。


 ポカンとするジェシカ嬢の手を取り、自分の額に当て、呪文を唱える。


 いいよ、一生に一度の耳栓を、あなたに捧げよう。

 オレに出来る事は、何でもやってやる。

 あなたの盾となり影となり、あなたを守る事を誓う。


 何故なら、オレ達はもう、家族なのだから。

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