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第20話 ライガの事情その① 

 ライガが選抜会の話を聞いたのは、まったくの偶然だった。本来なら来るはずのない城壁の当番に、欠員がでた為たまたまライガがまわされたのだ。


 平和なナルニエント公国の城壁の見張り番は、のんびりとした雰囲気だ。仕事中であっても、皆目線は各担当方向を見張りながらも、家族の心配事や上司のグチから噂話まで色んな事を話す。


 その日の話の主役は、ジェシカお嬢様。残念な令嬢として有名な第二公女が、専任剣士を選ぶ為に3日後に選抜会を行うらしい。

 選抜会には兵士であればどんな身分でも参加でき、しかも給金は現行の2倍もらえるという、めったにない良い話だ。しかし、最後には皆、あの令嬢の専任ではなあ、と締めくくった。


 誰でも参加可能というのが、気になった。ジェシカ嬢なら、貴族である騎士の位を持つ者限定としそうなものだ。

 もしかして、少し前にも噂になった、熱で寝込んだ時に神託を受けた話と関連しているのだろうか?


 3日後はちょうど休みの日だ。受かる見込はないにせよ、状況確認の為に参加してみようとライガは考えた。


 選抜会の当日。会場でジェシカ嬢を見たライガは戸惑った。


 このジェシカお嬢様の姿、と。


 見た目はひ弱そうな少女のままだが、眼光の強さと、思考が前回と驚く程変わっていた。


 あえて若い侍女に進行をさせ、身分に関係なく相手に敬意を持って対応できる人間かどうかをみる。あえて、兵士の仕事のなかでも軽視されている、馬の世話の経験があるかを問う。


 その兵士達の受け答えを見ている彼女の思考は、10歳の公爵令嬢のものではなかった。


 また、、という言葉使いも気になった。


 まるで、だ。


 そう考え、その自身の考えに恐怖した。


 まさか、彼女は本当に他の世界からやってきたのか……?

 訓練されている彼は動揺が表情にでないよう、意識を集中させた。


 彼女は冷静に兵士達を分析した。放浪の民であるライガに対しても、嘲りや嫌悪といった感情は全くみられず、公平に相手を判断しようという姿勢が伝わってきた。


 また、剣を交えた時には、呼吸や表情からライガの余裕を見て取った。


 ライガには、他人の心が読める。それは何となく察知するといったレベルではなく、他の者の考えがはっきりと声のように聞こえる程正確なものだ。


 人が体を通して発する声と違い、心の声はザーザーと細かい雑音が入り、くぐもったような音としてライガに聞こえる。


 この公爵令嬢は、確かに変わった。

 まるで、別人のように。


 ジェシカ嬢が何者であるか、調べる必要があると思った瞬間、ライガは昔なじみの友が近づいて来るのを感じた。


 マズイ。

 いったい何故このタイミングで、今、がやってくるのか。


 その昔、まだライガが一族と共に草原を移動しながら生活していた頃、彼はたくさんの生物と友達になった。

 彼もその一人だ。


 一般的には神鳥と呼ばれ、神聖な生物と崇められるその存在も、子供にとっては馬や犬とかわらない、ただの遊び友達だった。

 その神鳥、ルールーと呼んでいた彼とは、かなり親交を深めた。だが、ライガがナルニエント公国に来て以来、5年程は一度も会っていない。


 ライガは、後ろにいるジェシカを庇う位置に立ち、ルールーを迎えた。

 ルールーは再会の喜びのあまり、歓声を上げた。


 ルールーは、先だって兄を亡くした。その事を、昔共に過ごしたライガに伝えたくて来たようだ。ルールー達、神鳥にもまた、厳しい群れの掟がある。みだりに人間に近づいてはならない。


 その掟を破って、彼はライガに会いに来た。


 再会はライガも嬉しい。だが、早急にこの状態を収めなくては、ルールーにとってもライガにとっても、困った事になる。


 頭のなかで、ルールーと対話している時に、後ろからジェシカが近づいてくるのがわかった。


 驚いた事に、彼女はライガの態度から、既にこの状況に危険がないと察していた。しかも、対応策まで考えて、提案しに来たのだ。


 ライガは、あえて彼女が近づいてから後ろを振り返った。そこでまた、予想外の思考に出くわし、思わず反応した。


 彼女からは、ライガの目が綺麗だと、素敵だと聞こえてきた。


 この非常時に? なぜ今、この少女はオレの瞳が綺麗等と考えるのか?


 一瞬の戸惑いを、彼女は見逃さなかった。


『もしかして……、あなた、私の考えていることがわかるの?』


 ライガの18年の人生で、自分が人の心を読む事はあっても、人から読まれる事はほとんどなかった。一族の同じ能力を持つ者以外では、皆無であった。


 ジェシカ嬢には、自分のようなはっきりとした読心力はないものの、ある種の心威力者しんいりょくしゃである事は明らかであり、それは初めて感じる脅威となった。


 ライガの感情に同調し、ルールーも警戒態勢を取る。しかし、彼女の思考と実際に口から出てくる言葉は一致したもので、共にこの場を平和的に解決したいという、温かいものであった。


 また、彼女も生物を好む人間のようで、ルールーを心から嬉しそうに撫でた事にも驚いた。


 彼は生まれて初めて、『何を考えているかは読めても、どう思考してくるのか、何をしでかすのか予測のつかない人間』に出会った。


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