(いや、いやいやいやいや、まさかのプロポーズ!?)
冷や汗がどっとでる。
(何なに? さっきの私のセリフのどこが彼の琴線に触れたの? いや、それよりもまず、上手い言い訳ではっきり断らないと! 王族からの要請にノーとは言えないはず。最善案を考えろ、私!!)
今。この瞬間。
最も重要な事は、相手を立てつつ、それなら仕方ないと思わせる明確な理由を示して、王子と父公爵に結婚という選択肢はないとイヤというほど理解させる事。
父公爵がイエスを言っていしまう前に、今すぐ伝えなくては!
「恐れながら申し上げます。フランツ様、大変有難いお言葉ではございますが、私には剣の修行に励むという使命がございます。ですので、成人するまで私はどなた様とも、結婚や婚約をすることは致しかねます」
申し訳なさそうにみえるよう、少し俯きながら、そう訴えた。
「なぜ? 剣の修行と結婚や婚約とは両立できるであろう」
王子はまるで獲物を見定めた猛獣のように目を細め、言葉をかぶせてくる。
「そ、それは……!」
パニックになりかけながらも、必死で頭を働かせる。ここで王子の婚約者に確定してしまうと、私の人生計画はパーになってしまう!
「……神鳥の神託でございます。私は16歳までは、他の事はせず、ただライガとの剣の修行と、勉学に打ち込むよう仰せつかりました。それが、ヨーロピアン国の為にもなると神鳥はおっしゃいました。これから6年間、私はただひたすら集中して己を磨いてまいります。……それゆえ、フランツ王子様からのお言葉でも、諾と申すわけにはまいりません。どうか、ご理解くださいますよう何卒お願い申し上げます」
私は再度、倒れる寸前まで頭を下げ、王子の了承を待った。
皆、固唾をのんで見守っている。
「……それは、本当に神鳥の神託なのであろうな?」
「さようでございます。私の言葉に二言はございません」
と、さりげなく、嘘はないかと問いかける王子の言葉に、ズレた返事で応えた。
(今はまともにやりあってはダメ。とりあえず、ズラしてかわして時間を稼がないと)
兵は軌道なり。
戦わずして勝つには、多少の嘘や方便は仕方ない時もある。
(そうよ、何も剣でやり合うだけが戦いじゃない。既にこの世界での私の戦いは始まってるのよ。ここで、もうひと押ししておこう!)
押し黙り、何やら考えてこむ王子に、私は再び笑顔を向けた。
「フランツ様、私のような者に有り難いお言葉を頂きました事、改めて御礼申し上げます。フランツ様のお蔭で、修行に励む気持ちがますます強まりました。私はライガと共に、神鳥の指示に従い、勉学と剣の練習に邁進致します。今日はお会いできて大変光栄でございました。さ、ライガからも最後に一言ご挨拶なさい」
急に話をふったライガは、予想していたのか即座に反応した。
「第三王子フランツ様に心より御礼申し上げます。ライガ・リー、神鳥のお導きによりジェシカ様の影となり、ヨーロピアン国の為に尽くす事をここにお誓い申し上げます」
ライガの低く、だか心地よい声が大広間に響いた。
王子は頭を下げるライガを眺め、それからジェシカを見つめ、静かに目を閉じた。
1分、2分が過ぎただろうか。
誰も何も言わず、動かない。
(……何なの、この間は? 彼は納得した?それとも失敗したの……?)
「ジェシカ嬢……」
「は、はい……」
「あなたの言葉は、本当に美しく興味深い」
「……は……い?」
「……残念だが、承知した。あなたは、成人するまでは勉学に励まないといけないのだな。仕方あるまい。今回の婚約の話はいったん撤回しよう」
(ん? いったん、が気になるけど……)
「ご理解下さり有難うございます!」
婚約を回避したと思い安堵した私は、小さな笑顔をライガに向けた。
ライガは一見いつもの無表情で、しかし私には彼が眉間に皺を寄せたのが見えた。
(えぇ~、なに、まだ何かあるの? 勘弁してよ!?)
私が第三王子に再度視線を合わせるのと同時に、彼が玉座から立ち上がった。
彼はゆっくりと壇上から降り、私の目の前に立った。
「ナルニエント公爵、私は6年後、彼女が成人となる頃に改めて結婚の申込みにこよう。他の者との婚約や結婚を許可せぬようにいたせ」
父公爵に顔を向け、王子はそうのたまった。
「はっ、かっ、かしこまりました……!」
(ちょっとお父様!! そんな簡単に返事しないでよ。っていうか、つまり、どゆ事?)
見目麗しいプリンスがうっとりした表情で、至近距離から私を見つめてくる。
「あ……の……」
フランツ王子は、恐怖のあまり固まる私の手をとり、両手で包みながら自身の口元へと運んだ。
(ヒぃ~~! 手の甲にキスされてる……!!)
本能的に、私は無理やり手を引っ込めてしまった。
「……あ……」
フランツ王子は、まさか自分の行動を拒否されるとは思いもよらないようだ。
「も、申し訳ございません……! 私、びっくりしてしまって、つい……」
私は慌てて頭を下げる。
「いや、私が早急すぎたようだ。ジェシカ嬢、すまない」
私はそーっと、王子の顔を見上げる。
フランツ王子は、少し困ったように微笑んでいる。
(えーっと、何でしょうかね? その傷ついた寂し気な表情は……。あーもう、私どうしたらいいの?)
「あ、あの……私……」
「ジェシカ嬢」
「はい、フランツ様」
「今日は急に訪れてすまなかった。しっかり修行に励むように。あなたと専任剣士に、会えて良かった」
フランツ王子は、名残惜しそうに私をしばらく見つめた。熱っぽい潤んだ瞳で……。
それから、ナルニエント公爵に笑顔でこう告げた。
「ナルニエント公爵、公爵夫人、アーシヤ、そしてジュリエット嬢。今日は急ぐあまり、礼を欠いたことを申し訳なく思う。次回からは、必ず先触れをだす。では、未来の舅殿、姑殿、今日の会合は大変有意義であった。礼を言う」
(未来の……舅、姑って……)
第三王子フランツ様は、まさに嵐のごとく突然現れて去っていった。
残された私達は、しばらく無言で動けなかった。
私と王子の婚約、結婚は先延ばしにされた。
とりあえず、しばらくの間は。