思い切り息を吸い込んでから、私は自分史上最高に可愛らしいと思う笑い声をあげた。
突然の私の笑い声に、フランツ王子はじめ、父公爵や家族も呆気にとられた。
ひとしきり笑った後に、私はこれまた最高のにっこり笑顔でこう言った。
「フランツ様、お褒めのお言葉を有難うございます」
「褒め言葉……?」
「はい、それも諧謔の手法を使って、あえて逆の意味の言葉をおっしゃるなんて、なかなか出来る事ではございませんわ。さすがは文武両道、博学多才で有名な第三王子フランツ様ですね」
皆の、はい?という空気を感じながらも、私は続ける。
「私を立派なレディーだとおっしゃって下さり嬉しく存じます。また、私の専任剣士のライガにも、一雁高空いちがんこうくう、被褐懐玉ひかつかいぎょくとお言葉をかけて頂き、本人にかわりまして厚く御礼申し上げます。」
ここで一度頭を下げ、それから片手でライガを王子に紹介するポーズをとりながら続ける。
「本当にフランツ様は人を見る目がおありで、感動いたしましたわ! ライガは、人材の豊富なナルニエントのなかでも、めったにいない程の貴重な人材ですの。彼には放浪の民として、伝統的な生活をした経験、例えば馬の育成が得意といった強みもございます。その独自の能力を活かし、これから私の影として仕え、また剣の師として私を鍛え、そして、ヨーロピアン国の為に懸命に仕えてくれます。彼は得難い有能な剣士です。ええ、彼でなく勿論私も、神鳥の神託に従い修業に励む事をお約束致します! ヨーロピアン国に幸多からんことを!」
舞台女優よろしく声高らかに言い放ち、極上スマイルを王子に向けてから、私はライガにも目をやった。
彼の肩は微かに震えている。
(ライガには私の思惑が伝わってるようね。これぞ秘技『勝手に都合よく褒められてると受取り感謝し四文字熟語を並べて煙に巻く戦法』よ。使う相手を選ぶけど、今回はまあ悪くない手だったんじゃないかしら)
さっきまでの胡散臭い笑顔が消え、文字通りポカンと口を開けた王子の顔を見て、私は心の中でガッツポーズをとった。
第三王子の発言で一度は凍った大広間が、今度は謎の突風に見舞われたかのような、皆心ここにあらず的な静寂に包まれた。
(……やり過ぎたかしら? やっぱり、少女っぽくない言い回しよね……)
「……ジェシカ嬢……」
「はっ、はい! フランツ様」
第三王子は、表情を茫然から恍惚へとかえながら、こう呟いた。
「……素晴らしい。あなたの言葉は大変美しいな」
「……あ、の……?」
フランツ王子は、満面の笑みを浮かべた。口元だけでなく、心からの満足げな笑みであった。
「ジェシカ嬢、あなたは現在10歳だったな」
「はい、さようでございます」
「誕生日はいつだ? 次の誕生日には私からもドレスを贈ろう」
「いえ、そのようなお気遣いは、その……」
王子の打って変わった優しい声に、寒気がした。
先程からの怒涛の流れに、公爵はじめ家族は、完全に石化している。
(いやだわ、何、この甘い声に優しい笑顔。なんかマズイ気がする……)
「だめだ。次のあなたの誕生日まで、私が待てぬ」
「あの、何のお話でしょうか……?」
困惑する私を嬉しそうに見つめながら、王子はこうおっしゃった。
「決めた。……結婚しよう」
「は?」
「ジェシカ嬢、私と結婚しよう。とりあえず、まずは婚約式だ。ナルニエント公爵、私とジェシカ嬢との婚約の許可をもらえるだろうか?」
今度は私の口があんぐりと開く番だった。