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第16話 フランツ王子の事情その②王子は勝手に運命を感じる

  フランツ王子と双子の妹、フローラ第二王女には、2人だけの秘密があった。


 物心がついてから、何となく人に言ってはいけないものとして感じた2人は、その事を乳母にも言わぬまま、これまで生きてきた。

 人生で一番の英断だったと、今ならわかる。


 2人には、人の発する言葉に色がついて見える。ある種の異能の持ち主だ。



 乳母の言葉には、温かみのある淡いピンク色やオレンジ色が多分に含まれている。乳母の言葉と色はいつも一致していた。

 父王や兄達の言葉には、明るい色は少ないが、誠実さを示す青や藍色が多く見えた。母や祖父母も、似たようなものだ。

 だが、王族としての責務、誇り、重圧等を鑑みると、多少温かい色が少なかったとしても彼らなりに2人へ対し誠実である事は感じられた。


 幼いフランツとフローラにとって苦痛だったのは、乳母と家族以外の、ほとんど全ての人間の言葉だった。

 程度の差はあれ、黒や灰色、黒く濁ったエンジや紫や橙色が、彼らの心を脅かした。


 王族に対する畏怖、その恵まれた境遇への嫉妬、次期王への道なきお飾り王子への侮蔑、口先だけのおべっか。様々な負の感情が含まれる言葉は、黒々とした色合いに覆われる。


 大きくなってからは、そこに色欲を現すようなどぎつい濃いピンクや赤黒く澱んだ褐色をした言葉を吐く者が増えた。歪んだ欲望の対象として2人を見るものは、案外多かった。


 年齢を重ねた分別のある筈の教師も、あどけない笑顔をみせる下僕も、彼らを守る騎士であっても。

 2人はその美貌から、幼少の頃より、人々が自分に対して向ける吐き気をもよおす情欲と戦わねばならなかった。 


 言葉と色が一致する者はほとんどいない。

 自分達の地位からすると、それは当然といえよう。


 それはある程度大人になった今でこそ理解できる事であるが、子供頃の彼らにとって、言葉にはただ恐怖と戸惑いしかなかった。

 2人が物事を斜めからみる捻くれた人間になったのも、仕方のない事だ。


「でも、私達が双子で良かったわよね。秘密を共有できる相手がいて。1人だったら、私は間違いなく自害するか発狂してたか、どちらかよ。あと、乳母のマーサにはただただ感謝しかないわ」


 妹のフローラは事ある毎にこの発言を繰り返した。


「とりあえず、私はそのうち他国に嫁がされてどこかで王妃をされられるんだわ。でもマーサのお蔭で、ピンク色の愛情を知る事ができたのは幸運だった。私も子供へはピンク色の言葉をかけてあげようと思う。フランツは成人したらどうするの?国立図書館で研究職、騎士団長、国境隊長、どのあたりに行くつもり?」


 つい最近もそんな話をしたばかりだ。

 16歳で執り行われる成人の儀式まであと2年。


 自分は今後どうやって生きていくのかを考えていたフランツに、先程の公爵令嬢と放浪の民の専任剣士の話は、大きな衝撃を与えた。


 なぜだかわからないが、自分は今すぐその令嬢達に会わなくてはならない。そう思った。

 通常なら、公爵家を訪れる際には3日前までに連絡を入れ、何の要件についてと内容も知らせるのが礼儀だ。

 だが、今の彼には3日も待つ余裕はない。


 これまで良い子を演じてきたのだ。一度位の非礼は許されるだろう。仮にも、自分は王子なのだから。

 そう考え、ナルニエント公国を訪れた。


  ジェシカと専任剣士を待ちながら、彼は初めての感情のうねりを体験している。


(なんだ、この心臓の高鳴りは。期待に胸がドキドキする。体温の上昇、筋肉の緊張。これが世に言う歓喜というものか)


 あらわれたジェシカは、普通の10歳の少女に見えた。後ろに控える剣士は、確かに額にコブをもつ北の一族らしき青年だ。だが、それだけだった。フランツは冷や水を浴びせられたように感じた。


(……私は、期待しすぎたのかもしれぬ)


 自嘲しながら、彼はいつも以上の笑顔をつくった。


「お待たせして申し訳ございません。ジェシカ・デイム・ドゥズィエム・ナルニエントと専任剣士ライガ・リーが、フランツ様にご挨拶申し上げます」


 頭を下げながら挨拶の言葉を述べる彼女に見えた色の鮮やかさに、腰が抜ける程驚いた。


(なんなのだ? 黄色、オレンジ、紫に青、赤、ピンク、黒に白色もみえる。しかも、黄色とは初めて見る……。いったい、どういう事なのだ?!)



「顔をあげよ」


 彼は心の動揺を悟られないよう、笑顔を張り付けたまま命じた。


「お目にかかれて光栄でございます、フランツ様」


 肩下まで伸びたふわりとした赤茶色の髪、白い肌、大きな栗色の瞳、華奢な体つきの、そこそこ美しい小柄な少女。

 平凡な印象の彼女から発せられる、見たことのない多彩な色に縁どられた言葉。


 運命、という言葉の意味を、初めて体感した。

 彼女は、私の人生に新しい何かを運んでくる、特別な人間かもしれない、と。


(……落ち着くのだ。彼女が運命の相手だと判断するには、まだ材料が少な過ぎるぞ。……少し、試してみるか)


 その人間について知りたい時は、相手の感情を揺さぶるのが早道だ。

 人は、非常事態に陥ったり、理性を失い感情的になった時に、否が応でもその本質があらわれると彼は知っていた。


「ジェシカ嬢、神鳥の神託を受けて成長したと噂を聞いたのだが。見た目は貧相な子供のままだな」


 突然の悪意ある発言に、ナルニエント公爵と見知ったアーシヤの焦る声が聞こえ見えた。


「しかも、同じく神鳥の神託を受けて専任にした剣士が、放浪の民とは、いったい何の冗談だ?ナルニエントにはそんなに剣士が不足しているのか?よりによって、放浪の民を選ぶとは、いやはや。呆れたよ」


(さて、いったい彼女はどんな色を見せてくれるのか)


 冷えついた雰囲気のなか、フランツはワクワクしながらそう続けた。


 一瞬の沈黙の後、少女は朗らかに笑い出した。



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