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第14話 突然の訪問者

 急ぎ入ってきたマリーは、主と一緒に座っているライガを見て眉をひそめたが、それよりも大事な用事らしくジェシカに向かい頭を下げた。


「ジェシカお嬢様、お返事を待たず入室して申し訳ございません。公爵様より、今すぐジェシカお嬢様に専任剣士を伴い華館の大広間までお越しくださるようにと言付かってまいりました。」

「お父様が? ライガを伴って、華館へ? どなたかお客様でもお見えなのかしら?」


 あまり見ないマリーの焦る姿に、なんだか嫌な予感がする。


「はい! 今しがた、第三王子のフランツ様が先触れもなくお見えになりました。神鳥の神託を受けたジェシカ様と専任剣士に直接話を聞きたいとの事です」

「……!! フランツ王子が、私とライガに会いに?」


 私はライガと顔を見合わせた。

 困惑しかない。


(えっと、ヨーロピアン国について習った事は…。現在の国王、マクシミリヨン3世には王妃様と、一人だけ妃妾様がいるのよね。王妃様には第一王子と第二王子、それからサイド国にお嫁に行った第一王女とお子様が3名、妃妾様には双子の第三王子と第二王女の2人のお子様がいらっしゃる。その、双子の片割れが急にやってきた、と)


「……なんだか、怖いわ。マリー、フランツ王子が私達に何の御用時かしら?」

「わかりませんが、公爵様は至急華館へ、との仰せでございます。さ、フランツ王子をお待たせしてはいけませんわ。お嬢様、すぐに参りましょう」


 マリーと、廊下に控えていたサリュー他、館内担当の侍女3名に付き添われて、私とライガは普段15分ほどの道のりを、8分程に短縮して到着した。

 ひ弱なこの体には堪えるが、相手が王子ではそうも言ってられない。


(突然の王子の登場なんて、全く予想してなかった……。どういうつもりなんだろ?)


 私は道中、急ぎながらも脳内一人会議を開催した。


(王妃様は、ヨーロピアン国の財政の要と言われる、鉱業を司るヤ―リース公爵家が実家だったわよね。お金を握っているヤ―リースが後ろ盾だから、第一王子が次の王に即位することは、ほぼ決まっていると習った。フローレン妃妾は軍事のキエフル公国ご出身だけれど、キエフルは代々王家に忠誠を誓ってきた名門で、覇権争いとは離れた位置にいる。第三王子には、ご本人にも周りも、次期王になる野望など欠片も感じられないと聞いたけれど、本当かしら?)


 第三王子は、14歳。王族には珍しく、王城ではなく10歳から貴族の子息が通うヨーロピアン学園で学んでいるらしい。帝王学ではなく、一般教養を学んでいることからも、『自分は王座に興味ありません』というアピールではないかと、モハード先生は話していた。


(でも、それは全て人から聞いた話。実際にこの目で見て、話して、感じ取ってみないとわからないしね。まあ、見てわかった気になっても、本当のところはわかんないんだけど。そもそも自分の事もわかってないのに、他人の事を丸ごと理解できると考えるのが、無理な話な訳だし)


 華館の大広間の扉の前で、深呼吸を数回繰り返す。呼吸と心を整えてから、マリーとライガと目を合わせた。


「公爵様、失礼致します。ジェシカお嬢様、そして専任剣士が到着されました」

「入りなさい」


 父公爵の声を合図に、扉が開かれる。


「失礼致します」


 入口で頭を下げ、視線を下に向けたまま、50メートル程、そのままの体勢で奥に進む。

 大広間の正面には王族専用の玉座があり、その手前、向かって右側に公爵夫妻が、左側に兄アーシアと姉ジュリエットが座っていた。

 玉座に座るのは、勿論第三王子、フランツその人であろう。その左右には、王子の専任剣士だと思われる屈強な男性が立っている。

 正直、ジェシカの時の記憶にははっきりとした彼の輪郭は残っていない。あまり重要視していなかったようだ。


「お待たせして申し訳ございません。ジェシカ・デイム・ドゥズィエム・ナルニエントと専任剣士ライガ・リーが、フランツ様にご挨拶申し上げます」


 私は倒れるギリギリまで頭を低くし、ライガは両膝をつき最敬礼をとった。


「顔をあげよ」


 恐る恐る顔を上げると、そこにはウェーブがかった金髪、青い目・端正な顔立ちの、スレンダーな少年がにこやかに座っていた。


(これまたテンプレートな王子様ね。まだお子様って感じだけど、なんか笑顔が胡散臭いわ。口はニコニコだけど、眼は笑ってない。このタイプの客は要注意なのよ)


 つい、フロントに立ち、お客様を迎える時のような探りを入れてしまった。

 こちらも負けてはなるまいと、最大の笑顔を張り付ける。


「お目にかかれて光栄でございます、フランツ様」

「ジェシカ嬢、神鳥の神託を受けて成長したと噂を聞いたのだが。見た目は貧相な子供のままだな」

「お、王子!」

「フランツ様! それはあまりにも……」


 父公爵と兄のやんわりした抗議を手で制し、王子は続けた。


「しかも、同じく神鳥の神託を受けて専任にした剣士が、放浪の民とは、いったい何の冗談だ? ナルニエントにはそんなに剣士が不足しているのか? よりによって、放浪の民を選ぶとは、いやはや。呆れたよ」


 空気が凍りつく、というのは今の瞬間を言うのだろうと思いながら、さりげなく周りを見回した。

 相変わらず口だけ笑顔の王子、言葉が出ない公爵夫妻、どうしていいかわからない優しい兄姉。斜め後ろにいる筈のライガからは、何の感情の動きも感じられなかったので、冷静でいるとわかった。


(さて、どう返したものかしたものかしら。ちょっとリスクあるけど、こっちもやられっ放しじゃ、収まりつかないし。夜間フロントでからんでくる酔っぱらいオヤジをあしらう系で対応してみようかな)


 私は覚悟を決めて、大きく息を吸った。



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