「失礼します」
ライガが扉を開け、部屋に入ってきた。
(あらまあ、こざっぱりしちゃって。専任剣士用の上等な制服を着ると、なかなかハンサム君じゃないの)
と、岡田君に話すような調子で心のなかでコメントすると、ライガの頬がピクッとなったのを私は見逃さなかった。
「ジェシカお嬢様、ご機嫌麗しゅうございます」
(うわ、麗しゅうとか似合わんなあ。言わされてる感満載ね)
「……有難う、悪くないわ。ライガ。館内の事はだいぶ把握できたかしら?」
「はい、エバンズ様が丁寧に指導して下さいます」
「良かったわ。先生、彼が専任剣士となったライガです。ライガ、こちらはモハード先生よ」
ライガはすぐさま、片膝をついて挨拶した。
「専任剣士のライガです。宜しくお願い致します」
「どうぞ宜しく、ライガ殿」
先生は私のソワソワした態度に何かを察したようだ。
「レディ・ジェシカ、では本日はそろそろ失礼致しますね。本来であれば、レディを男性と二人きりにしてはいけませんが、彼はあなたの専任剣士だ。マリーを呼ばなくてもよろしいですか?」
「有難うございます、先生。ええ、おっしゃる通り、彼は私の盾となる者。二人きりでも何も問題ございませんわ」
私は最上級の笑顔で答える。
「ではレディ・ジェシカ、ライガ殿、これにて失礼」
「モハード先生、有難うございました」
「失礼致します」
私とライガは、二人で先生を見送った。
「さて、と」
私はライガをまっすぐに見た。
(前回はバタバタで何が何やらだったし、ある意味今日が初めてのご対面ね)
一般的に、動物に対してやたらに目を合わせてはいけないと言われている。多くの動物のルールでは、群れで自分より格上のものには目をあわせてはいけないし、目が合ってしまったら先にそらして、相手へ服従の姿勢を示すらしい。
ヤンキー漫画で、彼らがメンチをきりあうのも、まあ同じようなものだろう。どちらが上なのか、互いの力量を測っているのだ。
相手は自分より強いのか、弱いのか。
先に目をそらした方が負け。
ヤンキーだけじゃない。
そう、今、私と彼も。
別に相手に勝ちたい訳ではないが、初対面の相手に軽くみられるのもゴメンだ。
私達はしばらくの間、無言で見つめあった。
あ、でも、こちらの考えはダダ漏れなワケで、このメンチの切り合いあんま意味ないかもと思った瞬間、ライガが先に頭を下げた。
「御礼が遅れましたが、私を専任剣士に選んで頂き有難うございました。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくね。色々と話さないといけないし、サクサクいこう。とりあえず、座っていい? まず聞きたいのは」
(今、誰も周りにいない? 私達の話が漏れることはない?)
私は豪華な木製の椅子にかけながら、心の中でライガに話しかけた。
ライガは扉と窓に目をやってから、コクンと頷いた。
「本当のほんまに大丈夫? 盗聴とかされてへん?」
「とう、ちょう……? とかされてへん、とは?」
「いえ、いいの。誰にも聞こえないのであれば、安心だわ。あと、これをどうしても最初に言いたいしお願いしたいの。私の考えを読むのは止めてほしい」
ライガの額に皺がよった。
「あなたは私の専任剣士で、剣の師匠でもある、長い付き合いになると思う。だから、対等につきあっていきたいの。あなただけ私の考えがわかって、私にはあなたの気持ちがわからないのは、フェアじゃないし、居心地悪い。だから、なんかシールド張って遮断するとかして、緊急時以外は、耳栓でもするような感じて聞かないようにしてほしいの」
いくら私が高台家の人々の大ファンだとしても、やっぱり実際に考えを一方的に読まれるのは、落ち着かないし快適じゃない。
ライガは立ったまま、ゆっくりと言葉を選びながら答えた。
「私のこの力の事は、一族の者しか知りません。掟で、決して人に話してはいけないと教えられました。もし話すのであれば」
「あのさ」
私はライガを遮って声をかぶせた。
「私はあなたの秘密を知ってるし、あなたも私の秘密をまあなんとなく感じてるでしょ。私の専任剣士にもなった訳だし、今や私達は運命共同体、一蓮托生、死なばもろとも、もうほとんど家族同様の濃厚濃密な関係なのよ!!」
ライガはポカンとしながら、私の弾丸トークを大人しく聞いていた。
「私はあなたに聞かれた事は何でも正直に話すわ。約束する。だから、あなたも、私の問いには嘘をつかず正直に答えてほしい。お互いがお互いをリスペクトし、信頼しあえる関係をつくっていきたいの! だって、何度も言うけど、もうある意味私達は家族なのよ!!」