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第9話 棚からぼた餅的予想外の展開

 何か大きな得体のしれない生物体が近づいて来た時、サリューや参加者が無意識に逃げ出したその瞬間、エバンズと11番のライガが私の前にスッと体を動かしたのが見えた。


 エバンズの顔はさすがに厳しい表情だったが、11番からは恐怖や焦燥といったものは微塵も感じ取れなかった。むしろ……


(困惑、懐かしさ、驚き、そんな感じよね。もしかして、この恐竜は彼の知り合いなのかも)


 恐竜と11番の間は3メートルほど、そして11番から目の前のエバンズまでは5メートルといったところ。恐竜に対峙している11番の後ろ姿は落ち着いており、私はこの状況に危険はないと判断した。


「危ないぞーー!! 近づくな!」

「お嬢様をお助けしなくては!」

「あれは、北の山脈に住む神鳥だ!! 火を噴くぞーー!」


 広場の周りには人が集まってきており、ただならぬ様子で怒号が飛び交っている。


(このままじゃまずいわ……)


 私は意を決して立ち上がり、11番に向かって歩き出した。


「お嬢様……!」


 焦るエバンズを片手で制し、ゆっくりと歩む。

 足音で、11番が振り返った。

 近くで見ると、彼の瞳は蜂蜜色に輝いている。


(わー綺麗な目。トパーズや琥珀みたいね。素敵!)


 11番の表情が困惑をみせた。


(もしかして……あなた、私の考えていることがわかるの?)


 その瞬間、ライガは目を見開き、恐怖、警戒の色が浮かび上がり、それに連なるように、恐竜も威嚇らしき唸り声を上げる。


「時間がないから、端的に言うわよ。ライガ、私はあなたの敵じゃない。あなたを私の専任剣士に任命するわ。だから、この場を早くおさめましょう。ぐずぐずしていると、人が攻撃してくるかもしれない」


 私は一息で言い切った。


(平和的に解決する提案があるんだけどな)


 ライガは私の顔を数秒みつめ、それから、恐竜に顔を向けた。

 恐竜は警戒を解き、くるる~と小さく可愛らしい声を上げた。


(猫みたいね。なんか、ちょっと可愛いかも)


 とつい余計な事を考えて、またもやライガの目が大きく開かれた。


「と、とにかく。こういう筋書きはどう? この恐竜、じゃなくて神鳥、っていうの? これはあなたに訪れたんじゃなくて、あなたと私に神託を授けに来たの。私には、あなたを剣の師として迎え、修行に励むように。あなたには、私に剣を教え、国の役に立つように。どう?」


 彼は逡巡の色を見せたが、広場の周りにどんどん人が増えてきているのを理解し、すぐに覚悟を決めたようだ。

 ライガは、私の前に両膝をついて両手をクロスして胸にあて、誓いのポーズをとった。


「かしこまりました。ジェシカお嬢様、私はあなたの専任として、いついかなる時もあなたに仕え、守ることをここに誓います」

「ライガ、お前を私の専任剣士とする。いついかなる時も、私の傍に控え、私を導き、私を守れ」


 人々の声が静まとも、神鳥の前で、私とライガが剣士の誓いを立てている姿をみて、何事が起っているのかと見入っているようだ。


(最後に、一緒に神鳥を触りたいんだけど、大丈夫かしら? 彼女か彼かわかんないけど、私が触っても怒って火を噴かない?)


 私の心の中での問いに、ライガは頷き、神鳥に顔を向けた。神鳥が目を細め、しっぽを振りながら顔を立てに振った。


(いや~ん、尻尾あんなにぶんぶん振って、ほんまにワンコみたい! たまらん可愛いやん)


 ライガに訝しげに見つめられながら、私は神鳥にゆっくりと笑顔で近寄り、その顔を撫でた。見た目は爬虫類っぽいが、短いうぶ毛が生えており、手触りは毛のない犬の肌っぽくて温かい。


「くるるる~」


 神鳥は、猫の喉を鳴らしたような声をだした。


(よーしよしよし、わしゃわしゃ、したげるわよ)


 とムツゴロウさん気分でしばらく夢中で撫でていたが、ライガの声に我にかえった。


「お嬢様、そろそろ」

「あ、はい。そうね」


 久しぶりの、動物との憩いの時間。あまりにも短時間過ぎて物足りないが、今は状況が状況なだけに、仕方ない。

 気がつくと、完全な静寂が広がっている。

 広場を取り囲む人々を見渡すと、皆固唾をのんで、神鳥を撫でる公爵令嬢を見つめている。


(いい頃合いかしらね。帰ってもらいましょうか?)


「ライガ、神鳥をお送りしよう」 


 ライガは頷き、神鳥をポンポンと撫でた。


「お嬢様、危険ですので少しお下がりください」


 私は言われた通り、後ろに下がる。

 ライガは神鳥と数秒間見つめあった。

 そして、自身も神鳥から離れ、私の前に立った。


 すると、再度、鼓膜を大きく揺さぶるほどの咆哮が聞こえた。


「ギャーーーーーーーース」


 と同時に、土煙をあげながら大きく羽ばたき、神鳥は空へと飛び立つ。


「おおーーっつ」

「キャー」

「神鳥だ! 神鳥様だーー!」

「神鳥様が、我がナルニエント公国を祝福して下さった!」

「神鳥様、ばんざーい!!」


 つい先程までの恐怖モードから一転、なぜか勝手に神鳥様ウェルカムに早変わりした民衆は、口々に万歳を唱えだした。こういうのが進むと、凡庸な悪に成長しちゃうのだろうか。


 そんな事を考えている間に、神鳥は城の周りを3回ほど周回して、北の山へ向かって帰っていった。


「ジェシカお嬢様……これはいったい……」


 さすがの経験豊かな老執事のエバンズも、あっけにとられている。


「エバンズ、私はこの11番のライガを、私の専任剣士に任命したの。これから、色々教えてあげてね。ライガ、こちらは執事のエバンズよ。わからない事があれば、彼を頼って。2人とも、これからも私を助けてね。宜しく頼むわ」

「エバンズ様、ライガ・リーです。どうぞよろしくお願いします」


 ライガは片膝をつき、エバンズに頭を下げた。兵士の最上級の礼だ。

 エバンズはうんうんと頷いた。


「これから、後処理が大変かもしれませんね。まあ、とにかく、ライガ君、どうぞジェシカお嬢様をお守り下さるようお願いしますよ」

「はっ。精一杯務めさせていただきます」


(あかん、疲れすぎてもうダメ。とりあえず、湯船で泥を落として、ゆっくりお茶してから、今日の振り返りと反省、そしてライガとどう向き合っていくかを考えよう)


 10歳のひ弱なこの体には、負担が大きすぎるセンセーショナルな1日だった。

 安心して気が抜け、フラフラになった私は、とっとと逃げたことを泣きながら詫びてきたサリューとエバンズに支えられながら、なんとか自室へ戻った。


 この日、ナルニエント公国の次女、残念な令嬢のジェシカお嬢様は、知らない間に『神鳥の神託を受けた奇跡の公女』へとかわった。


 私は思いもよらず、威厳と専任剣士と心威力の師匠を手に入れたのだ。



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