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第8話 選抜会

「みなさん、数字の書いた布を受け取りましたか? 数字がジェシカお嬢様に見えるように胸の前にかけてくださいね」


 選抜会参加の兵士に向かって、サリューが一生懸命大きな声をかける。

 私は一言も話さず、ただサリューの後で椅子に座っている。


 会場の広場で、サリューがジェシカの人として選抜会の進行を務めると話し出すと、半数があからさまに馬鹿にした表情になり、中にはサリューに対し『おいおい、小娘がお嬢様の代理人かよ。俺らをバカにすんなよな』と呟いた者もいた。


「では、開始に際して、まずはジェシカお嬢様からの注意点をお伝えします。一つ目は、この選抜会に騎士道精神にのっとり、マナーをわきまえて、正しい心で臨むこと。二つ目は、代理人である私にも敬意をもって対応すること。三つ目は選抜会が終わるまでは私語厳禁といたします。以上の三つを了承いただけない方は、ご参加を辞退してもらってけっこうです」


 ざわめきが起こった。


(はい、1番から9番まで消えた。私語厳禁って言ってるのに、日本語通じてるの?あ、日本語じゃないか)


 と心の中で毒づきながら、私は横並びの11人の参加者をながめた。

 その内、7番から9番は、下見の時にジェシカの悪口を嬉しそうに話していた3人だ。と・り・あ・え・ず・参加してくれたらしい。


「それでは第一の課題は自己紹介です。1番の方から順番に、お名前、年齢、アピールポイント、そして馬の世話の経験をお願いします」


 またもやざわつく参加者達。


「あ、あの質問がある方は、手をあげてからお願いします」

「はい」


 1番の男性が手と声をあげた。汚れていない綺麗な制服を着た、整った顔、推定身長180センチ、体重68キロ、細マッチョ、プライド高めの20歳代半ばの青年だ。


「馬の世話の経験とはどいういことですかね?」

「え~っと、それは、馬の飼育とか、ブラッシングとか、馬小屋の掃除とかを今までにされたかどうかをお嬢様は知りたい、ということです」


 サリューが話しながら私の方を見るので、その通りだよ、という風に頷いた。


「はい、それでは1番の方からお願いします!」


 サリューの懸命な声に、仕方ないといった表情で1番が話し始める。


「1番、ルードル・オコナー、24歳。オコナー商会の次男です。兵士歴は6年、現在第二小隊のリーダーです。馬についてですが…皆さんご存じの通り、馬は馬番が世話をします。訓練で馬に乗りますが、自分は馬の世話をしたことはありません。以上」


 自信満々に言い切ると、ルードルはジェシカの顔をニヤニヤしながら見つめた。


(あー、ほんっとやな感じ。1番ないわあ)


 と心の中で呟きながら、顔は無表情を保つ。


「2番、ハン・リャオ・ルーっす。21歳、兵士歴4年、第二小隊で斥候隊員です。槍と弓が得意です。乗馬はしますが、他の世話はしたことないです。以上」

「はい、3番のゴトー・ジェイソン、22歳。自分は…」


 参加者の兵士たちの自己紹介を聞きながら、彼らの外見を比べてみる。


 髪の毛の色は黒いもの、茶色、赤毛、金髪と様々だ。髪の毛は短髪と首の後ろで束ねている派が半々ずつ。肌の色は白系から焼けた肌まで、これまた様々で、特に色による区別はなさそうだ。


 現に、ジェシカの髪の色は赤茶色だが、両親は茶系と金髪、兄姉はこげ茶にオレンジ色とそれぞれ違うが、その違いによるランク付けは全く感じない。


(そういう意味では、この11番の彼は、特別な事情があるかも……)


 一番表情を変えず、前を向く彼は、推定身長175センチ、体重75キロ、薄汚れた制服、ガッチリ筋肉体系。黒髪短髪、褐色の肌、彫りの深めの顔の、額の左右がボコッと盛り上がっている。

 尖ってはいないが、おとぎ話の鬼の角を思わせる、異様なものだ。


(確か歴史書に、大昔にやってきた移民のなかに北方の少数民族がいて、彼らは頭に特徴的な印があると書いてあったけど。それなのかしらね)


 気づくと、11番に順番がまわってきた。


「11番、ライガ・リーです。18歳、兵士歴は1年です。10歳まで馬と共に生活していました。馬の気持ちはよくわかります」


 クスクス笑いが広がる。

 隣で10番の男性も、侮蔑の表情をあらわにして呟く。


「なんだよ、放浪の民の出身者かよ。どおりで」


(はい、1番から10番までみんな消えた。私語厳禁言うとるやろ。兵士なのに、規律が甘すぎない?)


 そんなのだ。この世界は、なんだか皆ユルイ気がする。ふわっとしているというか。

 よくも悪くも、さほどこだわりというものがない。

 皆、淡々としていて、どうしてもこれがしたい、とか、あれが欲しい、と言った溢れ出る情熱みたいなものが希薄に感じる。


 私は目でサリューを促し、次の課題へ進めるよう指示した。


「で、では皆様!次の課題は剣です。軽い手合わせでけっこうですので、今からいう番号で2人組になって下さい。1番と11番、2番と10番、3番と9番、4番と8番、5番と6番。7番の方はしばらくお待ちください」


「ジェシカお嬢様、7番の方は私がお相手しましょう」

「エバンズ……? でも、あなたの手を煩わせるのは心苦しいわ」


 後ろでこっそり見ている筈の、執事のエバンズが申し出た。


(ちょっと、おじいちゃん、ケガしちゃったら大変でしょ?)


「ホッホッ、昔取った杵柄でございます。まあ、少しくらいは問題ございません」


 そう言ってエバンズが剣を持ち、7番と向かい合ったところで、サリューが声をかけた。


「はい、それでは、止めの声掛けまで、打ち合い開始です!」

「おお~~!!」


 一斉に、剣の打ち合う金属音が聞こえる。


 心配でエバンズを見つめるが、しばらくすると全くの杞憂だったことがわかった。


(エバンズ、強い。7番を赤子のようにあしらってる。すごいわ。これだと問題ないわね)


 他の参加者も一通りチェックする。皆、兵士だけあり、多少の腕の差はあるものの、それなりにできる者のようだ。

 一番気になる、11番と1番に目をうつす。


(違うわ。この2人は他とレベルが違う……)


 腕力、スピード、技の多彩さ。2人ともが有段者である事が見てとれた。


(でも、よくよく見ると)


 1番は吹き出す汗と苦し気な表情から、かなり本気で戦っているのがわかる。しかし、11番は冷静で、動きも無駄なく、余裕がある事が見てとれた。きっと手加減しているのだろう。


「はーい、ストップ!! ここまでです。皆さま、元の順番に戻って下さい」


 サリューの声に、剣の音が一斉に止み、皆が列に並んだ。


「最後の課題です」


 汗だくで、肩で息をしながら、参加者はサリューの言葉を待つ。

 と、その瞬間、近くから叫び声が上がった。


「キャー!」

「よけろ! 来るぞーー!!」

「逃げろ!!」


 本能的に、皆が声の方向に目をやる。

 そこには、低空飛行でこちらに向かってくる大きな物体があった。


(え? 何これ……。トリケラトプス? この世界には恐竜がいるの?)


「こっちに来るぞ!!」

「逃げろーー!!」


 参加者達もはじかれたように、一斉に逃げ出した。

 轟轟ごうごうと音を立てながら、大きな羽を持ったそれは、ジェシカの目の前に降り立った。

 土埃が舞い散る。


 象の倍はあろうかと思われる大きな羽の生えたトカゲのような生物は、長い尻尾を大きく揺らしながら咆哮をあげた。


「ギャルルーーー」 


 鼓膜をつんざく激しい雄叫びに、ビリビリと空気が震える。

 ジェシカの前に残ったのは、11番のライガと老執事のみであった。



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