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第5話 子供を本当に愛するなら、獅子の子落とし的要素も加えるべきかと

(待っていたのよ、この日を。この世界で上田知花の第一歩を踏み出せるかと思うと、ほんとに武者震いがとまらないわぁ!)


 と、鼻息が荒くなってしまった。

 だってこの3か月間は、本当にほんっとーに長かったのだ。


 最初の1月は、とにかくリサーチに努めた。

 私、つまりジェシカお嬢様について。


 健康状態、身体能力、現在の知能・知性、教養、価値観。

 人間関係、つまり、家族や従業員間の状況や、彼らにジェシカが好かれているのか、嫌われているのか。

 公爵家を取り巻く環境、国の状態、平和の程度、などなど。


 色々と制限があるなか、なるべく目立たないように図書室に忍び込み、脳をフル回転させて調べた。


 2か月目は、現状の整理と、課題を考えた。すぐに改善できるもの、時間がかかかるもの、自分の力では何ともしようがないものに分類し、中長期的なゴールを設定。

 誰にも読まれないように日本語できちんと記録をとりながら、どこから着手するかの計画を立てた。


 3か月目は外部、つまり家族や従業員に働きかけ、私の希望の環境に持っていけるよう根回しというか下準備の活動をはじめた。


 ざっくり言うと、私には3つの大きな課題がある。


 第一に、ちょっぴりひ弱で甘やかされたこの体の、健康状態がよろしくないという事。

 第二に、公爵令嬢であるにもかかわらず、きちんとした教育を受けていない事。

 第三に、この世界で、権力闘争や嫁入りに関わらず、自由で気ままに生き残る術をみつけること。


 ジェシカお嬢様は、かなりわがままいっぱいの少女だったようだ。それは、私自身の記憶と共に、新たに埋め込まれた彼女の記憶からもみてとれた。


 残念な令嬢。


 それが、ジェシカへの周囲の見方だったようだ。

 本人も漏れ聞こえてくる、その悪意ある呼び名を知ってはいたが、それほど気にしていた様子はない。


 『私をひがんでいるのね。貧乏人や負け犬の遠吠えだから、好きに言わせておくわ』程度にしか、外野の声を聞いていなかった。


 家族は彼女をとても大事にしている。それは、今の私への態度からも感じることができる。


 私達の小さなお姫様。


 公爵夫妻はそう言って彼女を溺愛し、年の離れた優しき兄と姉は、妹を猫可愛がりした。甘やかされて育った10歳の少女が、勘違いしてわがままになるのも仕方ないと思う。


 でも、思うのよね。

 本当に愛しているのなら、ちゃんとダメな事はだめだと教えて、間違ったことをしたら叱ってあげた方が、本人の為になるんじゃないのかなって。


 子育てしたことのない人間に何がわかるの?と育児経験者には怒られるかもしれないけど、現世でも挨拶もできないアルバイトの学生と接するたびに、そう思っていたのだ。


 もったいない。


 本当はすごく良い子なのに、挨拶を知らなかったり、その場にそぐわないちょっとした立ち居振る舞いのせいで、損をしている子が多いと感じていた。

 確かに、教えるって面倒くさい。うるさい事言って、嫌われるのもいやだし。勿論、このお貴族様な身分や、文化の違いもあるし、私の持つ常識が唯一の正しいものではないのは重々承知だ。


 でも、ジェシカのことを本当に思うなら、もっと彼女と向き合って、将来彼女が困らない程度に自立できるよう、協力してあげればよかったのに。勉強を嫌がる彼女の好きにさせるのではなく、食事の好き嫌い、アレルギーではなく本当に気分で食べなかったり文句を言いまくる彼女を放置するのではなく、もっと違う愛情表現のやり方を試してみてもよかったんじゃないのかな、とコウルサイおばちゃんは考えてしまうのだった。


 獅子の子落としという諺がある。獅子は、自分の子供を谷に突き落とすという俗説から、あえて苦しい思いをさせて、その能力を試したり鍛えたりして、立派な人物に育てようとすることの例え話だ。


 なぜ私は今ここにいるのか?

 何をするべきなのか?

 40歳の人生経験を持つ私が、この10歳のお嬢様の身体でできる、自分もハッピーでいられて、この世界にとっても役立つ事ってなんだろうか? 


 色々と考えていて、私は決心した。


 私、上田知花は、本人のかわりにジェシカの身体を鍛えて、立派な戦士になります! とりあえず。


 ひ弱なお嬢様が、知性あふれた軍師、かつ強者になるサクセスストーリー。

 めっちゃ、良くない?


 まあ、多分に私の趣味が色濃くでているのは許してほしい。

 とにかく、私の、私による、私の為の英才教育をはじめる事を決意した。



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