「ハロー皆さん、こんシスター! ミサの準備はお済みですか? 本日も始まりました〜、冒険者協会がお送りする聖女の部屋のお時間です〜♪ メインパーソナリティはお馴染み、早乙女聖が務めさせて頂いております」
>こんシスター
>始まった!
>聖女さま今日もお美しい
>献金のお時間だ〜 【10000】
あれから幾日かが経った。
検査を経て異常がないことを確認し無事退院すると、サイキョウの宣言通りにさっそく『仕事』をさせられることになった。
といっても、冒険者協会が定期的に行っている配信番組への生出演というものだけれど。
パーテーションの向こう側では、サイキョウの部下である
「本日はですね、と〜ってもスペシャルなゲストをお迎えしているんですよ」
> おっ、今日は誰だ?
> 先週の苗字のないお方よりスペシャルなことある?
>誰だろう、気になるな
>そんなことより献金 【10000】
「ふふ! 待ちきれないので、もう呼んじゃいましょうか! お二人とも〜」
ヒジリさんの合図に、控え室で待機していた俺とアルカは互いに顔を見合わせる。
やばい、どっちが先に出るとか打ち合わせしてなかったな。
「あれあれ〜、来ませんね〜? 緊張しちゃってますかね?」
>放送事故?
>緊張とか可愛いらしいゲストだな
>テレビ関係者ではなさそう
>不慣れなゲストに献金 【10000】
ヒジリさんが上手く場を持たせてくれる間に、慌てて『速やかに画面へ出てください』とカンペで指示してくるシイナ。
横からアルカに肘でつつかれて、俺は仕方なく先に立ち上がる。
「あー、聖女の部屋をご覧の皆さん、どうも初めまして【不死身】ことシキシマ アキラです」
>マジか、本物かよ
>七億ドルの男現れる
>この間【不死身】邸、巡礼してきたわ
>不死身さま〜ッッ!結婚して〜ッッ!!【50000】
カンペを見ながらの棒読みで心配したが、コメント欄を見る限り盛り上がっているようだ。
うわ、緊張して変な汗で背中がびしょびしょになった。
「どうも〜【吸血姫】ことアカガネ アルカで〜す! よろしくお願いしま〜す」
>誰かは知らんが可愛いおにゃのこやな
>あれ、元配信者?
>お前らニワカか?多摩東ダンジョンの踏破者名義はアルカ様だぞ
>じゃあすごい人じゃん 献金するわ【10000】
あざとく指ハートを作りながら画面の前で微笑んで見せるアルカは配信慣れしているようだった。
……なら、先に出てくれればよかったのに。
「皆さんもニュース等でご存知であろうお二方は今月から冒険者協会員として働くことになったんですよ〜。びっくりですよね〜、私もびっくりです!」
>おぉ、マジか
>この二人が協会に入るなら日本のダンジョン界はかなり安泰だな
>大ニュースじゃん
>お祝いの献金しよ 【10000】
わざとらしく驚いてみせるヒジリさんを横目に、カンペの指示通り俺たちは協会の会員証を画面に見せる。
互いに協会員の中でも、かなり階級が高く特別な金色の装飾が施されている。が、ダンジョンを踏破した扱いになっているアルカのものはより豪華に宝石まで散りばめられていた。
>うわ、きらきら会員証とか激レアじゃん
>不死身と久々のダンジョン踏破者だもん文句はないわな
>警察手帳より効果あるとか
>不死身さま、カッコ良すぎりゅ【50000】
「えー、コメントが大変盛り上がっていますが、ここからはいつも通りにゲストと対談していきたいと思いますね」
その後は『二人はどうして協会に入ってくれたのか』やら、『ダンジョン踏破はどのくらい大変だったか』など、人々が知りたがるようなことを嘘と真実を上手に交えながら進行していった。
今回の企画は、もうどうせ隠れようがないのだからいっそ協会に所属していることを全世界に向かって喧伝してしまおうというアイデアから生まれたらしい。
所属が明らかになることで、俺たちを狙っている者たちへの牽制になるとのことだ。
「それでは皆さん、よい週末を〜!」
一時間強のトーク番組が終わり、ようやく俺たちの肩の力が抜ける。
シイナが用意してくれた飲み物でからからの喉を潤した。
「ふふふ、とんでもない視聴者数でしたね〜。海外からのリスナーも多かったようで、記録に残るような数字らしいですよ〜!冒険者協会公式チャンネルのフォロワー数もぐーんと伸びて、上も喜ぶと思います♪」
「あっそ、それはよかったわね。で、これであたしたちは面倒ごとに巻き込まれず日常を送れるのよね?」
スマートフォンで色んな反応を確認しているヒジリさんを冷ややかな視線で見つめながら、アルカが言う。
「そうですねぇ、これでメディアやその他の政治的しがらみのある機関は表立ってあなたたちに害を成すことは出来ないと思いますよ〜。もし、なんらかの組織から接触があった場合は私やサイキョウに伝えていただければ上手く処理させていただきますので」
穏やかな語り口調だが、彼女の言葉の節々からは有無を言わせないような覇気が感じられた。権力というものを扱い慣れていそうといえばわかりやすいだろうか。
「ただし、一般の方々からの注目はこちらとしてもどうしようもありませんので……」
「まぁ、その辺はこっちで上手く対処するわ」
申し訳なさげに頭を下げるヒジリさんを、アルカが手で制した。
「じゃっ、あたしたちの仕事はこれで終わりよね。お先に失礼するわね」
それ以上の無駄話はごめんだといった様子で、彼女は俺の腕をとって部屋の外へ出る。
ーーー
「この狭い部屋、落ち着くわね。なんだかすごく懐かしいって感じ」
その足で、退院後も数日だけ二人で暮らしていた安アパートへ移動した。彼女の引越し作業の為だ。惰性で今まで同棲のような暮らしをしていたが、とうとう出て行く時が来てしまった。
俺の家ではあるが、別に俺自身には大して思い入れがあるわけではない。
しかし、彼女の方は部屋に入るなり感慨深そうにため息を溢した。
「引越しするのが嫌になるわね。ずっとここであんたと暮らしたい気分よ」
そんな言葉とは裏腹に、彼女は自分の服や化粧品などを次々とキャリーケースに詰めていく。
「シャンプーとかは置いていくから、適当に使っちゃっていいわよ」
部屋が狭いこともあって片づけはあっという間に終わり、すぐに男の一人暮らしといったこぢんまりとした部屋に変わった。
色んなものが染み付く年季の入ったカーペットに二人でだらりと座り、窓を開いたまま話すこともなく天井を見つめている。
外からはふわりとキンモクセイの匂いが漂っていて、季節はすっかり秋に変わっていた。
アルカの瞳は天井ではなく静かに過去を眺めているようにも見えた。一方で思い出を失った俺にとってはそれはただの小汚いシミだらけの天井でしかない。
「ダメね。こういう時ってあたし必要以上にナーバスになっちゃう。ねぇ、気晴らしに散歩しましょ?」
アルカの提案を受け入れて、俺たちは日が暮れるまで街の様々なところを徹底的に歩き回った。
このスーパーは卵が安いからよく買い出しに来たとか、駅前のコインランドリーは漫画が充実してるから二人で洗濯物のことも忘れて読んだとか、夜中に急に泣き出したアルカを小さな公園で朝まで慰めたとか。二人でよく渡ったアパート近くの高架橋。
彼女の楽しげで悲しげな語りに何も覚えていない筈の俺も、思わずつられて同じような感情が込み上げてくる。
色んな思い出を積み上げて、それがもはやジェンガのようにバラバラと崩れ落ちてしまった。
その途中で何度か「不死身だ〜!」と小学生の群れに取り囲まれて、サインをしたりすると「もうすっかり有名人ね」なんてアルカに茶化される。
この一ヶ月程度の間に、本当に色んなものが過ぎ去り変わってしまったらしい。残ったものは、少しの栄誉と多大な喪失感だけだった。
そうこうしている間にも夜は更けて、俺たちは最終電車が近い最寄駅のベンチに並んで腰掛けていた。
肌寒くなった気温に俺は缶コーヒーを、彼女はミルクティーを自販機で買った。
「あのさ、本当に行っちゃうのか」
「なによ寂しいの?らしくないわね」
俺の縋るような言葉に、彼女はにやにやと笑っている。
「部署は違うし、簡単には会えなくなるけど……どうしても寂しかったら毎晩でも電話してくれていいのよ」
「いや、今日のことでいかに俺が大切なものをなくしてしまったか思い知ったんだ。そういうお揃いの記憶を取り戻す為にアルカとは出来るだけ離れないで側にいたい」
俺が震えながら彼女の肩を抱きしめるようにそう言うと、アルカも軽く俺を抱擁した。
「あたしだって、そうしたいわよ。でも、仕方ないことなの」
俺が真剣な目でアルカを見つめていると、彼女は困ったような笑みを浮かべながらミルクティーを一口啜った。
ほんのりと白い息が、彼女の唇から天に向けて登り……終電を告げる放送が流れる。
「あっ、そろそろ時間ね」
アルカは誤魔化すようにわざとらしく声を上げると、キャリーケースを持って立ち上がる。
俺はその空いた左手を握り、ただ黙って隣を着いて歩く。
駅の雑踏と、コロコロとタイヤが地面を削る音だけが耳に響いていた。
何も言えないままであっという間に改札の前まで辿り着いてしまう。
繋がれていた右手をぎゅっと握ったままでいると、彼女が聞き分けの悪い子供を見るような目で温かくこちらを見つめるので、結局は俺の意思でそっと離れてしまった。
たかが、手のひら一つ分、その空白が永遠のような距離にすら思える。
「そんな顔しないの、まるで今生の別れみたいじゃない」
どうしてだか、その言葉を聞いた瞬間に俺はたまらなく胸が熱くなってしまい、涙さえ込み上げてくる。
それを堪えるためにジッと拳を握り俯いていた。
その時、慌ててホームへ駆けていく人に肩がぶつかりそうになり、アルカが俺の身体を引き寄せる。
そのまま抱きしめあうような体勢になり、唇にそっと柔らかい感触がした。
「危ないじゃない、隙だらけよ。よそ見をしないのは冒険者の基本……あんたから教わったんだけど?」
「アルカ、俺はお前が」
「それはまだ言わない約束なの。またね」
俺が続きの言葉を発する前に、彼女は改札の向こう側へといってしまった。
しばらくの間、俺は彼女の背中を必死に瞳で追いかけていたが、やがて諦めて天を仰いだ。
それでも、五歩くらい進んでから確かめたいことがあって振り返る。アルカもこちらを見ながら泣きそうな顔で笑っていた。
やっぱり、彼女はただ強がっていただけだった。本当はアルカだって同じくらい寂しいのだ。
それを確かめた俺が『もう大丈夫』と大きく手を振ると、彼女も一度だけ手を振り返し、今度こそアルカは走ってホームへと向かった。
その姿を見て、俺も心の底から安心したように帰路へ着く。
ぶっきらぼうに突っ込んだ、ポケットの中のコーヒーはまだ温かいままだった。
ー不死身の冒険者が配信者を助けたらバズって人気になりました 第一章【完】ー