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第二十九話

「全く、とんだ茶番だ。崇高な儀式の邪魔をしないで頂きたかったな」


それまで、やりとりをじっと聞いていた黒服の男がゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる。


「儀式?」


不愉快そうに事の顛末を見守っていたアルカが黒服の言葉を聞き返した。


「そう、これは単なる復讐などではなく儀式なのだ。人間の憎しみと汚れた魂を集め、神に献上する為のな」


「気持ち悪いわね、意味不明なことを言ってんじゃないわよ」


吐き捨てるようなアルカの台詞に、黒服は肩をすくめていた。


「意味不明か……滑稽だな。お前たち冒険者というものはダンジョンの素晴らしい恩恵を受けておきながら、ダンジョンとは一体何であるかをまるで知らない」


「だから、あんたは全部がまわりくどくてイライラするわ。何が言いたいわけ?」


勿体ぶったような黒服の話し方にアルカは本当に腹を立てているようだ。


「せっかちなお嬢さんだ。いいかね、ダンジョンというのは神々が我々人類を選別する為に作り出した試練のようなものだ。神はダンジョンを通して強い意思を持ったものを選び出し、ある使命を与える」


この黒服は一体何を言い出しているんだ?


神?人類?選別?使命?


突然、規模感が大きい単語を並べたてられていまいち理解が出来ずにいる。隣のアルカもだいたい同じような反応だった。


「昔話をしようか。私は十数年前ダンジョン災害で最愛の妻を失い、惨めに生き延びた。そして同時にこの【不浄】の力を授かったのだ」


台詞と共に頭上から飛び出してきた巨大なコウモリ型のモンスターに対して、黒服は左手を払うように紫色の霧を浴びせた。


その霧をまともに浴びたコウモリは段々と飛び方がおかしくなり、やがて地面に墜落し、どろどろと腐り落ちるようにしてその動きを止める。


「それは生命を汚し、毀損し、内側から腐敗させる忌々しい力だった。【不浄】の力、これが人間の身に宿っていいものではないことはすぐに確信したよ。だから、私はこの力をひた隠しにして生きてきた」


どうやら、あいつの使う毒は毒なんてカテゴリーに収まるなま優しいものではなく、もっと恐ろしい力のようだった。


「そして失意の只中にいた私はある時【黄金卿】と呼ばれる人物に出会った。その方は様々なことを私に教えてくれたよ。【不浄】の力……そのようなものを神が授けた【刻印】と呼ぶこともな」


「ちょっと待って、あんたはさっきからずっと何を言って」


慌てたようなアルカの言葉を黒服は手を横に振って制した。


「別にいますぐ理解せずともいい。しかし、お前たちにはそれを知る権利がある。【刻印】を持つものは何かしらの形でダンジョンに選ばれしものなのだからな。シキシマ アキラ。そして、アカガネ アルカ。お前たちも同類だろう、今の私にはそれがわかるのだ」


俺はその時、ふと新宿ダンジョンの奥で大きな鎌を持った死神のようなものを見たことを思い出す。


あいつは俺と同じく災害に巻き込まれてその場に転移された人間を皆殺しにし、そして俺だけを殺さなかった。


……俺だけを殺さずに不死の呪いをかけたのだ。この呪いが【刻印】だというのだろうか。


アルカも同じように何かを思い出しているのか、目を閉じてじっとその場に立ち尽くしている。


「私は【黄金卿】からアーティファクトを授かり、神と交信する術とその身を現世に降ろす方法を教えて頂いた。【黄金卿】はこの世界を正しい方向へと導く為に私にその役割を与えて下さったのだ」


黒服は両手を広げて心底から歓喜に震えたような声をあげると、シイナの投げ捨てたククリナイフを拾い上げて歩き出す。


そのままヨルクラの横たわる側で放心していたシイナの手を上から包み込むようにしてククリを握らせた。


「【不浄】の神は、人間の強く汚れた魂を所望なされている。さあ、シイナ アヤ。しっかりと心臓を狙い刃を振え。今こそ、お前の友の恨みを果たす時だ」


「私は……私は……」


黒服に耳元で囁かれ、シイナは葛藤しているようだった。


「たかがカス一人の命だ、何を躊躇うことがある? 奪われた命には、命を奪うことで報いを与えよ。それが人類の魂を汚し続けてきた何万年も続く業なのだから」


「私は……たとえそれが人の業だとしても、一羽の優しき鳥のようでありたい」


シイナが何かを呟いた、その瞬間。ククリナイフが鋭い光を放ち、まるで見えない何かに弾かれるようにして黒服が吹き飛ばされる。


「よく言った、それでこそアヤ!おい、この陰キャジジイ。ウチのアヤになに気安く触ってんだよ」


黒服を投げ飛ばしたのはくぐもった声をした、黒く禍々しい悪魔のような存在だった。


悪魔はまるでシイナを守るように立ち塞がり、黒服に中指を立てている。


「……もしかして、サチなの?」


「久しぶりだね、アヤ。ほんとに馬鹿だなあ。ウチは別に復讐なんて望んでなかったのに」


目の前で起こったことがよく受け入れられないが、その悪魔の中身はどうやらウスイサチらしい。


「なんかウチさ、ずっとククリの中に閉じ込められてたんだけど、変なやつらの魂を食べ過ぎて可愛くなくなっちゃった。これってネイルとか出来るのかな」


悪魔がその長い凶悪な爪をじっと見つめながら、美容の心配をしている。


あんな無骨なフォルムでも、ストーンとかでデコれば可愛くなるだろうか。


……いや、何の心配だよ。


「私のせいで、サチの魂がこんなに汚れちゃったんだね。ごめんね」


「んーん。別にこうしてアヤにまた会えたんだからいいんだっての。もう、相変わらず泣き虫なんだから。よしよーし」


泣きながら縋り付くシイナを悪魔は優しく抱き止めて、頭を撫でている。


あまりにも不思議な光景になんだか眩暈がしてきたな。


「チッ、不完全な儀式によって、アーティファクトに不純物が混ざったか。これは予想外の結果だ」


遠くでゆっくりと立ち上がった黒服が何やらぶつぶつと呟いている。


本当はあの悪魔が神の依代にでもなる予定だったのだろう。


「だがまぁいい。少し強引にはなるが、こうなれば直接コアに我が身を捧げるとするか。こんなにもはっきりと【不浄】の神のお言葉が聞こえているのだから、適合率は申し分ない筈だ」


黒服は何かに苦しむよう頭を抑えながら、ふらふらとダンジョンの奥へと消えていってしまった。


「アキラ、どうする?」


「俺はアイツを追うよ。このまま黒服がいう【不浄】の神とやらを放っておくのは不味い気がするんだ」


駆け寄ってきたアルカに俺はある程度の確信を持ってそう答える。


「あいつの言うことを本気にするわけ?」


「あの男の言葉に少し思い当たることがあってな。アルカ、シイナのことは任せてもいいか」


俺のその返答にアルカも何か思うところがあるのか、少し迷った後で口を開いた。


「わかったわ。でもね」


「大丈夫だよ、俺は必ず……」


心配そうな表情で俺を見つめているアルカの双眸をしっかりと見つめ返すと、彼女は首を横に振る。


「その先は言わなくてもいいわ。約束っていざこういうシチュエーションでするとフラグみたいで不安になるのよ」


「わかった、信じていてくれ」


その言葉にしっかりと頷いてくれたアルカの横を通り、俺は黒服の後を追おうとする。


「……アキラ」


そうして十歩ほど、歩いたところで後ろから大きな声で呼び止められた。


アルカは俺の名前を呼ぶだけ呼んでおいて、その先に何を言うべきかを見つけられなかったような困った表情をしている。


「アルカ、いってくるよ」


「いってらっしゃい」


言葉の出ない彼女の代わりに俺が大きな声でそういうと、アルカはいつものように仁王立ちしたままで笑っていた。



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