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第二十六話

「はぁ、話はだいたい聞かせて貰ったけど本当に使えない刑事ね。あたしのことを疑うわ、槍木を見殺しにするわ、挙句にこれ以上アキラを危険な目に合わせようなんて」


「アルカ?」


半ば強引に後部座席へと乗ってきたアルカをシッコウ刑事はちらりとミラーで一瞥して、そのまま車を出した。


「アカガネさんですね。申し訳ありません、どんな非難も甘んじて受け付けますよ」


「ふん、中身のない謝罪なら要らないわ」


心底不機嫌そうなアルカにばっさりと切り捨てられて、刑事は困ったような苦々しい表情を浮かべた。


横目で、彼のハンドルを握る力が少し強くなったのを感じる。


「我々、警察は管轄の関係でダンジョン内での独立した捜査権を持たないんです。組織として動く為には、冒険者協会から承認された捜査状がなければいけない。今回はそれでは遅すぎるという私の独断で、シキシマさんに協力を要請しました」


「理屈はわかってるわよ。だからってなんでアキラが行かなくちゃいけないのかって話。あたしたちは、ようやく平凡な暮らしを取り戻したっていうのに」


「それは彼が……」


「不死身で強いから?」


ミラー越しに刑事を睨みつけているアルカに彼ははっきりと頷く。


「強いだけならその辺のAランクでもAAランクでも連れてくればいいじゃない」


「一流の冒険者に依頼するには相応のお金が必要です。警察の特別報奨金の予算範囲内ではとても払いきれませんよ」


「はぁ?アキラならタダ働きさせられるって言いたいわけ!?」


すっかり喧嘩ごしになってしまったアルカをどうにかなだめる為に俺が口を挟む。


「別にシッコウさんから頼まれなくても、俺は行くつもりだったよ。シイナは全部背負って死ぬつもりなんだ、そんなの見過ごせないだろ」


シイナからの手紙を彼女に手渡すと、それに素早く目を通した後でアルカは深くため息をついた。


「あんたってホントに馬鹿ね。何でもかんでもそうやって背負い込んでたら、幾ら不死身だっていつか死んじゃうんだから」


「……ごめん、気をつけるよ」


「もう!なんで男ってのは、都合が悪くなったら全部『ごめん』で済まそうとするわけ!?謝って欲しいわけじゃないのよ!」


怒っている様子のアルカに返す言葉がどんどん尻すぼみになっていく。


車内では信号待ちの間にカチカチとなり続けるウィンカーの音だけがむなしく響いていた。


「……だったら、あたしも連れていきなさいよ」


少ししてから、意を決したような声でアルカが口を開く。


「いや、それは」


「なによ、あたしなんかじゃ弱くてあんたの横には並べない? 足手まといだっていいたい?」


煮え切らないような俺の言葉に、アルカは組んでいる足をゆらゆらと揺らしていた。


「いや、正直来てくれた方が助かるよ。道中のモンスターに力を使ってたらキリがないし」


「水臭いわね、だったら早く頼りなさいよ」


彼女はそこでようやく少し怒りがおさまったような声色に変わった。


一安心と言った感じだったが、それでも俺はアルカの機嫌を取ろうなんて余計な思考を破棄して伝えなくてはならないことを言葉にする。


「でも、あの男は危険だよ。廃ビルで戦った時はただ遊んでいるような印象だったし、実力の底が知れない。次に敵対したら本気で殺される可能性だってあるんだ」


「そんなの冒険者として活動しようと思った時からとっくに腹括ってるわ。それに元はといえばこの件に巻き込んだのはあたしだもの、あんたにだけ危険な目に合わせるのはフェアじゃない」


アルカは俺をどうにか説得しようとして、後部座席から前側へ乗り出すような体勢になっていた。


「ダメだ。アルカはもうこの事件へ首を突っ込むべきじゃない。頼むから、あの優しいおばあちゃんと平穏に暮らしていてくれよ」


熱くなって互いに声が大きくなる俺たちの様子を、運転をしている刑事が心配そうに伺っている。


「……いやよ」


「俺のことなら大丈夫だよ。なにしろ、俺は不死身なんだからな。いつもみたいに何も心配することなく送り出してくれればいいんだ」


一転して意気消沈したように声が小さくなるアルカになるべく優しく声をかけた。


「不死身でも100%負けないって言い切れる?」


「負けないさ、たぶん」


正直に言えば、100%なんて言い切れる保証はどこにもない。


俺はあくまで死なないだけだ、戦闘力もあるがそれを相手が上回っていた場合にはなす術もなくいたぶられ続けることになる。


あの男の毒みたいに内側から肉体を破壊するような攻撃をくらい続けたらどうなるのか、想像はつかない。


身体は死ななくても、先に精神が根を上げてしまうかもしれないな。


「たぶんじゃ嫌。ねぇ、大丈夫なら……あたしの目をしっかり見つめて絶対だって信じさせて」


アルカの小さな手のひらが俺の頬を両側から包んで、瞳を覗かせるように固定した。


殆ど力はこもっていないが、振り解く気にはなれなかった。


そして、アルカを説得する為の優しい嘘をつく気にもなれなかった。


こんなに真っ直ぐ誰かの目を見つめながら平然と嘘をつけるやつがいたら、そいつは天性の詐欺師なんだと思う。


……少なくとも俺には無理だった。


「あのね、もうあたしは大切な人を失いたくないの。『行ってきます』って送り出した人が『ただいま』って声をかけてくれるのを、それに『おかえりなさい』って返事をするのを何年も何年も待ち続けていたくないの。知ってる? 帰らない人を待ち続けているのって本当に辛いのよ」


心の底から振り絞られたアルカの言葉には、どれだけ考えてみたところで上手い返答が見つからなかった。


彼女は、十三年前の災害からまだずっと家族が帰ってくるのを何処かで待っている。それを時が止まったと表現していたのを思い出した。


「お願いだから、あんたはあたしを置いていかないで」


そう噛み締めるように放たれたアルカの声は、まるで幼い少女のようだった。


……彼女にとって死ぬことよりも怖いのは、近くの誰かが死んでしまうことで、その時に自分が側にいられないことなんだ。取り残されてしまうことなんだ。


それがわかってしまった今、俺にはアルカの願いを突き放すだけの強さは残っていなかった。


「わかったから。俺も全力でどうにかするけど、なるべく自分の命は自分で守ってくれよ。前みたいには助けられないかもしれない」


「ありがとう。迷惑はかけないから」


涙ぐんだような声で返事をしたアルカに、それ以上どう会話を続けていいかわからず俺はただ窓の外の景色を眺めていた。


「……夫婦喧嘩は済みましたか? ダンジョンへは後五分ほどで着きますよ」


「もう大丈夫よ。さっきは色々言っちゃってごめんなさい」


しおらしい態度のアルカにシッコウ刑事はにこりと笑顔を浮かべてみせた。


流石、刑事は大人だな。あれだけ好き放題言われても怒ったりはしていないようだ。


「いえいえ、刑事ってのは嫌われるのが仕事みたいなものですから。上司からは規則がどうので叱られ、犯人からは恨まれ、助けられなかった人々からは税金泥棒だなんだと言われて……」


「大変ですね」


前言撤回、笑顔だけど嫌味っぽいこと言いまくりだわこの人。


まぁ、色々鬱憤は溜まってるだろうし仕方ないけどね。


「ははは。まぁ、これでも私は人を守りたくて刑事デカになったんですよ。たとえ泥を被ったとしても、最終的にみんなが笑って暮らせる世の中に近づくならばそれでいい」


……良い人なのは間違いなさそうだな。


なかなか素面でこんな恥ずかしくなるようなことを言える人間もいない。


「でも、刑事さんはこんな勝手なことしていて大丈夫なわけ?」


「ここだけの話、私はいまなんですよ。事件のことでしつこく上に掛け合いすぎちゃいましてね」


アルカの質問に、刑事は人差し指を口にあてて内緒のジェスチャーをとった。


それは休暇じゃなくて、謹慎させられてるってことだよなあ……


「それってまずいんじゃない?」


「まぁ、そうですね。でも『事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ』なんて、ドラマの台詞あったでしょう? 私も一度は左遷覚悟で上司にああいう啖呵を切ってみたかったんです」


「ごめんなさい。TVなんて最近殆どみてないから」


いつの時代のドラマの話をしてるんだよ、このお兄さんは。言われた方のアルカはぽかーんとして首を傾げている。


「ああ、アカガネさんはお若いですもんね」


「若いというか、それはアラサーじゃないと通じないと思いますよ」


「あらら、私もすっかりおじさんですか。光陰矢の如しってね」


俺の横槍に刑事は哀愁の漂う表情で笑っていた。


「とにかく、規律に縛られて人が守れないのなら警察手帳なんて必要ありませんよ」


「刑事さんって、クールに見えてなかなか熱い人なのね」


「熱意がなきゃ、こんな仕事やってられませんよ。プライベートなんてあってないようなものですからね。恋人なんてもう何年出来ていないことやら」


愚痴の多くなってきた刑事に俺たちは思わず苦笑いで返事をするしかなくなっていた。


「さて、見えてきましたね」


そんな空気を誤魔化すように、刑事は咳払いをして話題を変えた。


確かに話している間に見慣れた景色が広がっている。


刑事は車をダンジョンの入り口そばまで丁寧に寄せてくれた。


「私は上に掛け合ってなんとかお二人の応援に駆けつけられるようにします」


「無理しなくていいわよ。あんたクビになっちゃうんじゃない?」


車を下りて、ダンジョンゲートの近くまで歩きながら二人はそんなことを話していた。


「ははは、それならそれで構いません。それではお二人とも、気をつけていってきてください。私にも、無事に『おかえり』と言わせて下さいね」


「……わかったわ。行ってくる」


刑事の言葉をアルカはどこか噛み締めるようにして、手のひらをひらひらと振った。


「刑事さん、行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


刑事と互いに手を上げて挨拶を交わし、俺たちはダンジョンゲートにライセンスをかざした。


『ピピ、エクスプローラーライセンスを確認しました。【シキシマ アキラ】様、【アカガネ アルカ】様、【多摩東ダンジョン】へようこそ。お気をつけていってらっしゃいませ』

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