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第十二話

『ピンポーン、ピンポーン、ピンピピピピ』


 朝っぱらから誰だよ、壊れるような勢いでインターホンを鳴らす奴は!?


 寝ぼけ眼のまま、スマホの時計を確認するとまだ朝の七時すぎだった。


「な、なんなの……誰?」


 居間の方では、アルカも毛布に包まりながらこちらをジッと見ていた。


「俺が聞きたいくらいだよ。確認してくる」


「……変なやつかもしれないから気をつけてね」


 確かにこんな状況だ、どんなことが起きても不思議ではないからな。覚悟はしておいた方がいいだろう。


 意を決してスチール製ドアの覗き穴を見ると、そこにはキャスケットを被った背の低い女性が立っていた。


 あれ、なんか何処かで見覚えがある姿だ。


 一応、警戒のためにチェーンをかけたままで扉を開ける。正直、向こうが押し入るつもりの冒険者ならこんな対策に何の意味もないけれど。


「あの、どちら様ですか?」


「あなたって【不死身】さんですよね!」


 ドアの前に立っていた女性は喜びを隠せないような声色で、俺の言葉を掻き消す。


 キャスケットの下には白い髪を長めに伸ばしていて、どことなく【るりてんちゃん】に似た雰囲気を感じた。


 ファンの俺から言わせれば、まだまだ本物の可愛さには及ばないといった感じだけどな。本物がロリ系だとすれば、こっちは綺麗系寄りの雰囲気だ。


 それにしても、朝っぱらからテンションが高い女だな。


 そういうところもるりてんちゃんとは違う。あの子の朝配信はだいたいローテンションだったから。


「あー、すみません。人違いだと思います」


「いえ、隠さなくても大丈夫ですよ!私が【不死身】さんを見間違えるわけがないので!あっ、お会い出来た記念に飴玉あげますね!」


そういうと彼女は洋食屋で会計後に貰えるような、なんの変哲もない青い飴玉を俺の手にぎゅっと握らせてくる。なんだっていうんだろう。


 どこからどういうルートで俺を【不死身】だと断定してきたのかはわからないが、証拠なんて出回ってない以上は他人のフリで押し通せる筈だ。


 しかし、彼女はサングラスの隙間からキラッキラな瞳を輝かせて俺を見つめている。


 あ、これ、話とか聞かないタイプのやばい人種かも。


「ええと……?」


「あ、自己紹介が遅れました!私は『ツカサ』と言います!ず〜っと【不死身】さんのことを探していたんですよ? ようやくお家まで見つけられました!」


「……ストーカー?」


 どうやら彼女は『ツカサ』という名前らしい。こんな出会い方じゃなければ、ファンだと言われて嬉しいくらい可愛い女の子だった。


 でも一体、俺はコイツをどうあしらえばいいのだろう。


「あっ!ストーカーで思い出しました!!」


 俺が悩んでいる間に、ツカサはぽんと軽く手を打って大きな声を上げる。


 頼む、近所迷惑になるからもう少しだけボリュームを落として欲しい。


 ここは個人的に気に入ってるから、追い出されたりはしたくないんだ。


 そんな葛藤にもまるで気づいていないかのように、ツカサは突然背伸びをしてドアの隙間から俺の耳元へと顔を近づけた。


「ここだけの話なんですけど。私がず〜っと【不死身】さんを見守っている時に、変な人があなたを尾行していました。過激なファンかもしれないから気をつけてくださいね♡ きゃ〜、【不死身】さんとひそひそバナシしちゃった♡」


 彼女は耳元でぽしょぽしょと囁くようにそういった。何らかのASMRのようで背中がゾクゾクしてくる。


 で、なんだ、コイツは俺を探ってるやつがこの頭のおかしいストーカー女の他にもいるって言いたいのか?


 どういうことなんだ、一体。


「あっ、もうこんな時間だ! 今日のところは伝えるべきことを伝えられたので帰りますね! でも、今度会う時までにはほんの少しでも私のことを思い出してくれると嬉しいです!ではでは〜!!」


 ツカサは、スマホで時間を確認すると大声で言いたいことだけを言って走り去っていった。


 俺はわけのわからないまま大きくため息をつき扉を閉めると、背後からアルカがぬるりと現れる。


「一体なんだったわけ?」


「……うーん、俺の厄介なファン?」


 正直、かなり返答に困りはした。何だか知らないが、俺を勝手に【不死身】だと決めつけて家まで特定してきたストーカー。


 しかも、そのストーカーが俺の身を案じて来たわけで。


 なんか、無害そうに見えて割と危険度は高いんじゃないか。殺されるとかはなさそうだけど、そのうち勝手に家に入ってきたりしそうだ。


 しかも、なんか私のことを思い出してくれとか何とか言ってたよな。


 まぁ、間に受ける意味もなさそうだな。


「はぁ? もし、無名のあんたにファンがいるとしたら一号はこのあたしよ? それだけは覚えておきなさい」


「何のマウントだよ、それ」


 アルカは少し機嫌が悪そうに、俺に指先を突きつけながらそんなことを言った。


 なんでお前が俺のファンになるんだよ、逆ならまだしも。


「いいから、朝ごはん食べて支度するわよ」


 アルカは既に切り替えたように、そそくさと準備を始める。


 俺も遅れないように身支度を整えた。


ーーー


「で、あなたもあのクズ……【ランサー】からお金を返してもらえないんだ?」


「ええ、それで本当に困ってるのよ」


 場所は変わって、池袋にある狭い喫茶店の奥で俺たちは金髪ロングヘアの女と対面していた。


 彼女は待ち合わせていた【ランサー】の関係者だ。ランサーは現在、雲隠れをしているようでどうにも本人には接触できなかった。


 なので、アルカが違うルートから彼の居場所を知っていそうな人間に目をつけたのだ。


 それがこの夜の世界にいそうな金髪の女だったということらしい。


「【アルカ】ちゃんだっけ、あんたは何万騙し取られたの?」


「ざっと、十万くらいかしら」


 アルカは、金髪女と出会ってからこの調子で真実そうなでまかせを述べ続けていた。


 俺が喋ると足を引っ張りそうなので、何も発さないと事前の打ち合わせで決めている。


 なので、オレンジジュースをちびちびストローで飲みながら話をじっと二人の聞いていた。


「結構貢がされてるじゃない、あいつとはどういう関係? 何番目かの女?単なるセフレ? 顔だけはイケメンだものね」


「別に、そういうんじゃないわ。ただの配信者仲間よ」


「ふーん。まっ、彼氏くんの隣で聞くべきことじゃなかったか」


 ふいに、金髪女が舐め回すような視線でこちらを見てきたので机をガタンと鳴らしてしまった。


 お、俺がアルカの彼氏!?


 まぁ、そう見えててもおかしくないのか?


 その勘違いは俺的には悪くないが、アルカには失礼だろうし一応訂正しとくか?


「えーと、俺は……」


「そうね、私の彼氏はこう見えて怖いからあんまり挑発しない方がいいわよ? 今日も、【ランサー】もとい【槍木やりもく】をこらしめに来たんだもの」


 余計な口を挟もうとしたからか、アルカの底の高いブーツで足を思い切り踏まれてしまった。


 涙目でアルカを見つめていると、彼女はちょっとだけ申し訳なさそうな顔で人差し指を唇にのせる。


 ピンク色の唇がぷるぷるで可愛らしい……じゃなくて打ち合わせ通りに何も喋るなという警告だろう。


「ふーん、でもその彼氏じゃ弱くて返り討ちにあいそうだけどね。ダサくはないけど、見るからに大人しそうだもの」


「心配無用よ、彼はこう見えてもAランク冒険者だから」


 Aランクってどこまで話を盛るんだよ……、まぁ別にあながち完全な嘘という訳でもないけど。実際にヘルケルベロスくらいなら倒せるわけだからな。


 【死王の鎌】がどこまで通用するのかなんて恐ろしくて試したことがなかった。普通に生きてるだけで十分だと思っていたからな。


 それより、この派手な金髪ネーチャンから見て俺はダサくないらしいというのは少し嬉しい。


「へぇ、とてもそんな風には見えないけれど。Aランクにも色々いるってわけね、これだから人間って面白い」


 彼女は一瞬だけ俺を流しみた後で、あまり納得いかなそうな顔でタバコに火をつけた。


 金髪女が断りもいれずに煙を漂わせ始めたので、アルカは少しだけむっとした表情をしている。


「そうね。じゃあ、三万で槍木の居場所を教えてあげる。アイツは一昨日の晩から逃げ場所を探して、あたしの所へ潜り込んできたのまだ部屋で隠れている筈よ。どうせ取り立てるつもりなら、安いものでしょ」


「……金、ね。わかりやすくて結構よ。それでいいわ」


 アルカはごてごてしたピンクの財布から三万円をきっちり金髪女に渡すと、女は住所の書いた紙をこちらへ寄越した。


「情報提供ありがとう。私たちはもういくわ」


「そう。せっかちなのね、精々気をつけなさい」


 ついでに、アルカはここの分を勘定を女に叩きつけて俺の腕をひっぱりあげる。


 これ以上、こんな所に用はないとでも言いたげだった。


 最後に一度だけ振り返ると、金髪女はもうこっちに興味を無くして煙草をくゆらせ続けていた。


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