その日の夜。
「……そういえば空は実家とか帰らんのー?」
俺と空は久々にゲームを一緒にプレイしていた。
ただAPE○はバトルロワイヤルという性質上、戦闘しない時間も当然ある。
そういう時は、雑談したりしていることも多い。
いつもはもう一人いるけど、今日はいないためいつも通り二人で会話してる。
【あー、来週くらいに帰る予定かなぁ】
俺と空の実家は長野の方。
東京からだと、2時間くらいかかる。
つまり実家強制送還された俺の姉は基本ウェブで、たまに直接通わないといけない時には東京から新幹線通学という優雅な生活を送っているわけだ。
とはいっても文系で、卒業ももう近く、あんまり大学に行く機会もないらしいけどね。だから今は長野で最後のバイトしてる。
【なに、あおも一緒に帰るー?】
「いやー俺は帰らないかな~、バイトも結構入れてるし、そもそも年末に帰ったから今回の春休みは家でゆっくりしとこうかな~ってね」
帰省費用もなかなか馬鹿にじゃできない。
それにここ最近はお隣のマドンナのせいでただでさえ出費が多い。
だから今稼げるときに稼いでおかないといけない。
【……そっか~、私はアオと一緒に帰りたかったけどなぁ】
「ぐふっ」
唐突に空の寂しそうな声が聞こえてきた。
最近空はおういう恋愛系でからかえると思ったのかちょくちょく触れづらい話題を出してくるようになった。
毎回俺は苦い顔をしてる、なんか対応策を考えないと。
【でもそっかぁ、あおは春休みをせっかくできた彼女さんと過ごすんだねぇ、一ノ瀬先輩、大学のマドンナ、と過ごすのかぁ。たぶんあれだねぇ、春休みということを利用していろいろしちゃうんだろうなぁ、たとえば――】
「――ちょ、すとーーーっぷ」
【……ん?】
「妄想がすごいすごい」
これ以上話を聞いてたら何を言い出すか、わからなかったよ。
【なによ、変なことは言わないよ、青〇とかSMプレ〇とかそういうのかなぁって】
「言ってるいってる、というかそんなことしないわ!」
そんないきなりハードル高いこと、たとえ本物の彼女だったとしても絶対にしないわ!
やっぱり最初のうちはオーソドックスに、ねぇ?
【え、しないの?……あ、一人
「するわけないだろ!そんなの誰がするんだよ!……あ、もう一人
【え、だって昔あおがもってた本にはそういうのが多かったよ? 男側がSで女側がM系のやつ。 あと緊縛?束縛?とかそういうのも持ってたよね……ないカバ、ワンパ終わり~】
「……え、ちょっと待って何で知ってるの……いや俺そういうの持ってないけどね?」
やばい全くゲームに集中できてない。
なんで空は平然とやってるの……? 今幼馴染に対して盛大なカミングアウトしていた最中だよね一応……いや性癖をカミングアウトされたのは俺か?
というか俺は本なんて持ってないし、いや最初こそ持ってたけど、もう今の時代そういうものじゃ……それはさすがに知らないはず──
【あー、途中から動画とかになってたよね、だめだよきちんと履歴は消さないと】
知られてた!
り、履歴? 歴史を知られてる?
【一時期血迷ったように見てたよね? 純愛系……たしか彼女と別れたあたりかな?……たまってた?】
もう空の暴露が止まらない止まらない、俺の知らなかったことまで言い始めたんだけど。
というか……
「え、なんでそんなに俺の情報知ってるの? 俺そんなこと教えたことないよね……まぁ見てないけど、さ」
認めるわけにはいかない。
俺が数多の事前知識を蓄えていることは。
認めたら最後、死ぬほど馬鹿にされるに決まっている。
空にも、姉とかにも。
だがそんな空の様子はいつものからかうような様子じゃなくて、至極淡々としたもの。事実みたいに話してくる。
もう逆に怖い。
淡々としているのが信じられない。
【ハイハイ、そうだね~。ちなみに動画の履歴とかは、風香さんが全部教えてくれたな~。『あの子今日はこんなの見てたよー、汚らわしい! あ、でもでもあいつこういうコスプレものとかも好きかもしれないから、一応チェックだよん!!』とか嬉々として語ってくれたよ】
何、人の性癖を幼馴染に暴露してんだあのくそ姉。
完全にプライバシーの侵害だぞ。
あと何弟の性癖を嬉々として語ってんねん!
「絶対にしばくあの姉め!」
【逆にあおが風香さんにしばかれる未来が見える】
「……と、とりあえずあれは俺の趣味じゃない、っていうことをだね……」
【彼女にそんなことをさせてるわけじゃない、と】
ふーむ。
一ノ瀬さんに緊縛……ね。
大学のマドンナがコスプレ……か。
うん、悪くな……はっ?!
【いま想像したっしょ?】
「い、いーえ?してませんけども?」
【このむっつり】
一瞬の間から読み取ったのか、こういうことはすぐにばれる。
町とかでかわいい人を視線で追ってたりしても、すぐに【あの人おっぱいでか、私より大きいかも】とか言ってくるし。
「なんの話かさっぱりです」
【一ノ瀬先輩の教師姿、とかどえろくない? しかも教師服でミニスカートなの、【指導しちゃうぞ】っていわれるのとかどう?】
「…………ふむまぁめっちゃあり!……あ」
なんか巧妙な罠に引っかかった気がする。
【きっも】
おきっもいただきました!
空が罠にかけたのにひどくね?
「……だましたな?」
【引っかかるほうが悪いんだよーでもそっか、あおは教師ものにも興奮するんだね、一ノ瀬先輩にはしてもらわないの?】
「してもらえるか!!」
相手は偽彼女だぞ?
空には言えないけど!
偽彼女に、「ちょっとコスプレしてほしいんですけど!」とか言ってみろ。
まちがいなく本気の「きもぉ……」をいただいちゃう。
さすがにそれは御免こうむりたい。
【じゃあ私がお願いしようか、一ノ瀬先輩に。「どうやらコスプレしてほしいそうです」って】
「あほ! より情けないじゃん」
【……まったくわがままだなぁ……じゃあ――】
まだ続くのかこれ。
幼馴染と性癖トーク。
地獄かな?
【――じゃあ私がしてあげよっか?】
艶っぽい声。
「…………は?」
あ、自分のキャラが気絶させられた。
あまりにも驚きすぎて、手をキーボードからはなしてしまった。
【っちょなにしてんのもぉ、やっば2人来たんだけどこのくそそぉぉぉ】
ヘッドフォンからはいつもの空の声。さっきみたいな声はしていない。
一瞬ASMR聞いてるのかと思った。
【あーあぶなかった、ちゃんとしてよ~】
目の前にはチャンピオンの文字。
いつもならナイスとかいうところだけど今はそれどころではない。
「え、なんて?」
【私がしてあげよっかって】
なんでもないかのように空はもう一度いった。
聞き間違いじゃなかったらしい。
「お、おまそれって……つまり……え」
【でも私が女王様で、あおがブタね、いっぱいたたいてあげる】
「って俺がMなのかよ!そんな性癖はない!」
【じゃあS?】
「ど、どちらかといえば?」
【自分の好み言ってて草、冗談に決まってるじゃんばーか】
いつものようにふざける空。
「……おまえなぁ」
【じゃあこの辺でおわり!まぁ良い夢見て寝なよ、現役おなにすと♡】
言い逃げしてそのまま通話から抜けていきやがった。
あいつっ!
ヘッドフォンをデスクにおき深呼吸。
「……なんか空、少し変わった?」
いつもの空っちゃ空だ。
でもなんていうかいつもより艶のある下ネタだったというか。
なんというか。たまになんかかわる。
……何かが少し変わった、そんな気がした。