「じゃあ昨日やった、っていうのも――」
「あ、それはほんと」
一瞬真顔になってすん、と表情をなくしてそんなことを言う空。
「それはほんとなの?!」
すごいよ落とされてあげて、もう一回落とされたよ。
アップダウン激しすぎて俺の心臓が持たないんですけど?
じゃあやっぱり俺は責任を…………
あれ?よく考えたら先輩のやつも責任をとるってなって偽装彼氏になったんじゃかったけ?
あれ?そうなるとこれどうしよう。
分身する、か?
いや違うだろ俺。ここは同時並行とかだろ。
……俺にそんなプレイボーイみたいなことできるか?
俺いまだに童貞なのに。
…………いややれるかじゃない、やるんだ。やるしかないんだ。
待て待て落ち着け自分。
二股を視野にいれてるなんて我ながら混乱っぷりが相当やばい。
たぶんこれ俺相当混乱してる。
漫画とかだったら俺の目は間違いなくぐるぐる回っている感じになってる。
再度冷や汗がぶり返してきた。
そーっと空の顔を見れば不安そうに俺の顔を見ている。
あーこれ決めきれない彼氏を見るときの不安そうな彼女のやつだ。
ドラマで見たやつだ。
これはよくない本当に。
ちゃんと決めなきゃ。
これじゃ、男としてだめだよな
「じゃじゃあいったんなが――」
「ぷっ」
…………うん?
前を見れば、堰を切ったかのように大笑いし始める空。
あれこの光景デジャヴ…………てかさっきやったな。
…………まさか?
「…………もしかして、まただました?」
「あはは、もしかしなくてもだましたよ。てか【なが】ってなに【なが】って」
長野の実家にあいさつに、って思って。
というかその笑い方小悪魔か!
「おまっ、上げて落とすのえぐいって」
「――てへぺろ。うっそぉ! やってませーん。 流石に彼女いる人とは私もやりませーん。ね、期待した?期待した?」
あはは、といつものように馬鹿笑いしてくる。
「な、なんだよもう」
だけど同時に、力も抜けた。
「安心した?」
「安心、というかなんというか」
一旦台所にいって一口水を含む。
ようやく一息付けた。
「え、でもじゃあなんでお前は俺の布団に?」
「えーそれも覚えてないのォ?」
や、やっぱり俺があいつを昔みたいに一緒に寝よって誘ったのか、まじで発情期なのか俺は。
「ま覚えて無くて当然よね、葵が酔いつぶれて、布団で寝て、私がかいがいしく水とか置いといたりしてあげたわけよ~。 そんなことしてたら眠くなったから私もそのまま隣で寝た」
「なんだよ!!」
覚えてないに決まってるじゃん其
俺全く悪くなかった件について。疑ってごめん俺!
「だって夜中に家に帰るの怖いしー、タクシーも高いじゃん? だからぁ寝よかなぁって。あ、シャワー借りたよ?」
だから俺の服着てるわけね。まぁそれは分かった。ただ──
「そ、それはいいけどよぉ。でもなんであんな嘘を?ちょっと悪質じゃね?」
思い出したら、ちょっとムカついてきた。
流石にやりすぎじゃないか、と。
「だってムカついてたからね」
「え?」
「前の時から、私の連絡ずっと無視するし、そのくせあんたは他の女の人とたのしそうにしてるし、何かいらっときた」
……うーんこれ俺が悪いかも。
確かに連絡放置は俺が悪い。
「なんか本当に嫌だったのかなぁ、とか気に障ること言ったかなぁ、とか女の子は色々考えるんだからね!」
空の眼は、怒りながらもうっすらと涙もためていた。
そうだな、俺が逆の立場でも返信なかったりしたら心配になるな。
それで空が別の人と楽しそうにしていたら、確かに、もやっとするかもしれない。
普通の友達なら思わないけど、幼馴染だからこそ思うかもな。
「……うんこれは俺が悪かった、ほんとうにごめん」
ちゃんと頭を下げる。
気まずかった、っていうのは言い訳にならないから。
「……ううん、意識した、ってことだとも思ってるから」
「じゃ、今日のことは全部嘘なんだな?」
「うそだよー、やってないし、付き合ってもないよ」
「そっか」
「うん!あ、今日の夜ゲームしようよ、ランク上がりにくくて、さ」
ちらちらと伺うような顔。
こっからいつも通りにってことか。
そうしようリセットだ!
「いいよ、俺の一週間の沼エイム見せてやろう」
なんせエイムは少しやらないだけですぐに落ちるから。
「……うーんやっぱなしにしない?ランク下がりそう」
「それはないだろ!」
空が帰る時には、いつもどおりの雰囲気で俺たちは笑っていた。
そして無事俺は二度寝した。
それはそれとしていくら何でも、朝5時に起こすなんて早すぎるだろう。俺の心臓終わっちゃうぞ?
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SIDE 空
あおの部屋から出る。
……緊張した。めっちゃ緊張した。いまだに余韻で心臓がバクバクしている。
「ふー」
いったん深呼吸する。
布団に入ってからずっと緊張してたのに、今はやり切ったようで、でも終わってしまったという思いもあって、何とも言えない気持ち。
でも後悔はない。私の、ヘタレでチャンスを逃し続けた女ができる精一杯のアピールはした
そう考えると、とても朝の空気が美味しい。
晴れやかな気がする。
とりあえずは及第点。
あおに私を女として認識させつつ、前みたいな気軽に会話できる雰囲気にも戻せた。
前よりちょっと距離感も詰めた。
ほかの人から見たら小さな変化かもしれないけど、この10年進まなかった関係を進歩させた。
私にとっては大きな一歩。
うん、上出来上出来!
「ね、あお」
私は、私が帰って意気揚々と二度寝しているであろう、あおへまだ伝わらない、伝えきれない思いを口にする。
「……全部が全部嘘じゃないんだよ、好きって気持ちは本当なんだよ。……ううんちがう好きじゃない、大好き。この気持ちはもう誰にも負けない、死んでも譲らない、忘れないわ忘れさせない」
視線の先にはあおの彼女、という女性が住む部屋。
「……だからあなたにも負けない」
表札には一ノ瀬の文字。
あおと付き合うためならどんな悪女にだって私はなろう。
そう決意して、私はアパートを後にした。
それを聞いている人がいるなんて露ほども思わずに。
「……ふぇ?!」