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第16話 葵と空①

 「……おはよ」


 なんか顔を横に向けたら、幼馴染の顔があった。

 空の顔は少し赤らんでいて、ちらちらとこちらの様子を見てる。

 俺は思わずボケーっと空の顔をまじまじと眺める。


 ……あれはじめてよく見たけどこいつこんなに眼大きかったんだ。

 それにまつげも長い。


 空の瞳には寝ぼけ眼の間抜けな男の姿が映っている。


 そこでようやく頭が動きだした。

 ………ちょっと待て。


 え?


「あのー、つかぬ事をおききしても?」


「う、うんっ」


 なんだその感じは。恥ずかしがっている感じは。

 まるでなんか一線を越えたみたいなじゃないか。


「あの昨日とですね、なんというか、空さんのご様子がどうやらかなり態度が違う、というか、しおらしい、というか、そんな感じがするんですけどもぉ。…………ねぇ、あのやっぱり、その…………俺ら?」


 焦りすぎて呂律も回ってなく、しどろもどろになっている。


 聞きたいのはつまり【もしかした、やっちゃいました】ってこと。

 ゴミ箱を確認すれば大量のティッシュの山が。

 間違いなく寝る前にはなかったゴミたちだ。結構あってそれが妙に生々しい。


 ということは。


「……な、なによもう~。私に昨日のことを言わせたい、ってことなのかな? ちょっとそれはそれでどうかと思うんけどなぁ。幼馴染の感性を疑うというか?…………でもまぁ今日だけは、記念すべき日の今日は、聞きたいって言うなら言わないわけにはいかない、かな? 特別なんだからね?」


 こ、この感じ。

 やっぱりか、やっぱり俺は……


「き、昨日はお楽しみ、でしたね?………………私で…………いっぱい」


 めっちゃ恥ずかしそうな様子の空。

 じゃなくて──


 私でぇぇぇぇぇ?!

 やってるよやっちゃってるよ俺。

 もう紛れもなくやっちゃってるよこれはぁぁぁ。


 内心大混乱だけど顔はクールに目をつむっておく。


 しかもいっぱいって。いっぱいってもう。絶対何回もやってるわけじゃん。

 気にせずハッスルしてるやつじゃん。

 そりゃあのごみの量になるよ!


 あぁやっちゃったぁ幼馴染に手を出しちゃったッ! Hのやり方知らないのにぃ!

 そして記憶にも全く残ってないのにぃ!どうせなら覚えていたかったぁぁッ!


 え、これもしかしてあれじゃない?

 童貞を気づいていたら失っていたかもしれないというのに、セカンド童貞まで、記憶失ってない?


 なにそれ。

 もう俺行為中は記憶失う、とか、そんな感じになってんの?! 俺経験だけあるけどずっと心は童貞ってこと?


 いや待て待て待て、まず俺の童貞を考えるよりも重要なことがあるじゃん。

 え、というかどうしよう。

 俺一応仮とはいえ一ノ瀬さんと付き合ってるわけで? しかもやっちゃってるかもしれなくて? そっちの責任も取らなきゃいけないのに?


「…………い、一応聞くけど、初めて、だったよね?」


 そう聞いた瞬間、枕でぱかっッと殴ってきた。


「わざわざ言わせるな恥ずかしい! 悪趣味!」


「ご、ごめんなさい」


「というか私が彼氏なんていなかったのは一緒に過ごしてきたあんたなら十分してるでしょ?」


 確かに。

 空は中学、高校と浮いた話はなかった。

 あーいや浮ついた話自体はないことは無かったな……ただまぁ。


「みんな俺のこと彼氏だと思ってたもんな」


「まぁ私も否定もしなかったし、めんどくさいから」


 高校時代唯一浮いた話であったのは俺と。

 しかも質の悪いことにこの幼馴染、俺との関係について聞かれると曖昧に笑ってごまかしていやがった。だからよりいっそう疑念は深まる、という悪循環。

 ちゃんと否定せぇ!


「…………でも結局…………本当になったじゃん……」


 ぼそっと顔を隠しながら言ってくる空。

 可愛い、可愛いが、でも反対に俺は冷汗が大量にでてくるんですけど。


 いやーどうしよう。本当にどうしよう。


「な、なぁやっぱり空は俺の事…………?」


「あんた言わせたがりだねぇ、まあいいやでも。…………うん、好きだよ」


 そうなりますよね、好き、ですか。

 これどう責任を取るべきか。


 これは、でも、えーっと。

 とりあえずはこの2股みたいな感じになってる状況を解決しないと、だよな?

 まぁかけてないけど!実際は偽装彼氏、だし。


 そうして色々今後について考えていると、俺の顔を見ていた空がふと、


「…………ぷっ」


 吹き出した。


「?」


 え、なんか面白いところあった???



「ね、あお?」


「うん?」


 俺が前を向くと、空は彼女の肢体を隠している布団に手をかけ、ばっといきなり取り払う。


「なっおまっ、ばか」


 慌てて俺は目を抑え、見ないように。


「ね、あお、いいから目を開けて」


「で、でも裸が、お前の裸が」


「いいから、というかなに逆にあんたは私の裸見たくないのっ?」


 なんか半ギレで返されたんだけど。

 そんなパターンあるんだ、脅迫的に裸見せようとするパターン。


 怖いよもうこの幼馴染が。


 もう知らないからなっ、と半分やけくそっぽくなりながら、恐る恐る眼を開ける。

 そーっと眼をあけ、見えてきたのは空の絹のような肌色、ではなく。



「……え、服?」


 俺のTシャツとジャージを着た空の姿。

 いやそれはそれで大変眼福ものではあるんだけどね?

 いわゆる彼シャツ、っていうやつ?


 普通に何もない状態だったらすごいうれしいシチュエーションなんだろうけどね?


「ざんねーん裸じゃありませーん!!……期待した、ね、期待した??」


「なっ、おまっ……」


 ゲラゲラと笑う空。しかもクッソ程煽ってくる。

 もう腹を抱えて笑っている。目には涙を浮かべているし。



 こ、このあまぁぁぁっ。



 ん、待てよ。もしかしてこの感じ。


「じゃあ昨日やった、っていうのも――」


「あ、それはほんと」


 一瞬真顔になってすん、と表情をなくしてそんなことを言う空。


「それはほんとなの?!」


 ここにきて。

 すごいよ落とされてあげて、もう一回落とされたよ。

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