「……あお」

　ゆらり、と階段の奥に人影が。

　え、こっわ

　ゆ、幽霊？

　俺の名前みたいなのつぶやいてるし……気のせいかな？

「……あお」

　気のせいじゃないわ、俺の名前をちゃんと呼んでるわ。

　え、こっわ！！

「え、じ、地縛霊？……トイレの花子さん、的な？　あ、そういえば学校の階段でなんちゃらみたいなのあったな。……あれでもあの幽霊って消える感じじゃなかったっけ？　まだいるんだけどちがうタイプの幽霊かな？　とりあえず塩投げとく、か？」

　慌てて塩を取りに家に戻ろうとしたところでストップがかかる。

「ちょ、ちょっと、なに勝手に人を幽霊にしてんの、私よ私、わーたーしー」

「……詐欺じゃん」

　今度は幽霊がオレオレ詐欺ならぬ、わたしわたし詐欺してきたんですけど。

「ちょっとー事故ちゃって、至急1000万ほしいんだけど～、なんとかしてほしいなぁアオに」

　無駄にオレオレ詐欺犯の声まねしてきた、しかもちゃんと声を気持ちチャラくしてやがる。

　というかなんか分かったわ、最初こそ不気味さと変な声でわからなかったけど話してわかった。

「詐欺するな、甘えるな、働け」

「いや優しさがたりない！……じゃなくて」

　よくよく見ればアパートの階段にいるのは、トイレの花子さんでも階段の精霊でもなんでもなく、昔からの幼馴染。

　俺がやっといつもの調子にもどったと感じたのか、空も暗がりから顔を出す。

「よっ」

「……はぁ心臓に悪いわ～、それでどうした空？　いきなり家に来るなんて珍しいじゃん、普通に連絡すればよかったのに」

　空と遊ぶときは大概は事前にラインとか電話で連絡してきたりするんだけどなぁ。

　俺は酔ってぼーっとした頭で、目の前の幼馴染を見る。

　空が顔を俯かせているため、表情も見えない。

　だから空の反応に気付くのに遅れた。

　「あぁそういうこというんだぁ？　私ちゃんと連・絡・したんだけどなぁ？」

　連絡した……？

　……あ

　よく見れば空様のお顔がぴくついていらっしゃるね。

　少し酔いがさめたかもしれない。

　上を向いて俺を見る空の顔は、満面の笑顔。

　「あっ」

　思いだした。

　ここ最近、空のあの発言に戸惑って連絡をあまりしていなかったことを。

　なんなら、デジタルデトックスに近い状態だった。

「やっと思い出したー？」

「…………え、えぇまあ」　

　だんだん、と近寄りにじり寄ってくる空。

　反対に俺は後ずさる。

「そ、れ、で、ぇ」

　でもすぐに俺の家の玄関の壁に背がついてしまい、空に追いつかれる。

　空は指をツンツン、として俺の胸をなぞるように触る。

　あれ？なんか距離感近くない？

　前からこんな感じだっけ？

「とりあえず～」

「は、はぁ」

「部屋入れてよ」

「うぇ？！」

　へ、部屋に入れる？

　マジで？

「いや、それはほら年頃の女性が何というか、こんな真夜中に男性の部屋に入るのは不用心というか、なんというか」

「はぁ？何言ってんの？大学になってからも私あんたんちに泊まったりもしてるでしょうが」

「いやあれは泊まりというか、ただ完徹しただけ、というか」

「やってることはかわないんじゃん、というか今更じゃない？はよいれろ」

「ま、それはそうなんだけどさぁ、でも」

「……いいから寒いから入れてよ、あ、それとも何かね。彼女出来たら私とは仲良くできないとかそんなことはいわないよね～？そんな狭量な男じゃないもんねー？」

「まぁそんな恋愛とかで友達との関係を変えるなんてことはしないけどさぁ」

　なんか押し切られてる感が否めない。

「……全く決まらないなぁ、あ、それとも私の意識しちゃってる、とか？」

「は、はぁ？　そんなことないけど？ほらじゃあ入りなよ！」

「ふふ、ありがと」

　空は笑顔とともに俺のあとに続いて、家の中へ。

「なんだかんだ久しぶりじゃない？　あおの家くるの」

「そうだっけ……でもあ～そうかもなぁ、外で飯食うことはよくあるけど家にまで行かないもんな」

「満腹で解散してゲームとかだもんね。……へぇ意外とちゃんと部屋綺麗にしてるじゃん」

「意外とってなんだよ、実家の部屋もそれなりに綺麗にしてただろ？」

　まぁ、うちにはプライバシーは何ぞや、とばかりに勝手に入ってくる母君と姉君、それになぜか幼馴染がいたので、いろいろと痕跡を残せなかったからきれいにしてただけなんだけど。

　そのおかげで人がいつ来てもいいように偽装がうまくなった。

「ねぇお酒のもーよ」

「えー別にいいけど、そんな種類ないよ？」

「いーのいーの今日は酔えればいいんだから、久しぶりにあおと話せたから話したいこと溜まってんだよねー」

　空は人好きのする笑みを浮かべ、ベッドの上で膝を丸める彼女。

　あれ、いつもならベッドの上に胡坐とかじゃなかったっけ？

　ま、単に胡坐だと飲みづらいからか。

　冷蔵庫にあったお酒をとりあえず渡す。

「んじゃぁ改めてーかんぱーい！」

「かんぱーい！」

　ビールを呷っていく。

　一ノ瀬さんといい、空といい、飲みっぷりがよろしいようで。

　というか俺今日だけでかなり飲んでない？　明日大丈夫かな？

「おーい若者よ、飲んでないんじゃない？」

　絡み方まで一ノ瀬さんと似てるんだけど。

　二人って実は相性いいんじゃないの？

「お前絡み酒早いよ、まだ乾杯したばっかだよ。というかさっきまで飲んでたんだよ俺は。ちょっとペース考えさせて」

「あー、大学のマドンナと？」

「そうそう」

「そういえば先輩隣の部屋に住んでるんだね～」

「そうなんだ……よ」

　あ。

　こればらしたらワンちゃん不味かったやつじゃない？

「……これもう半同棲じゃない実質！　毎日会えるし！」

　半同棲、あー確かに傍から見たら確かにそうかも？

　そう見えるな、うん。

　まぁ実際は週1くらいで飲み行くくらいなんですけど。

　そんな甘―い話ではないんですけどね？おっぱいの谷間をチラ見さしてくれるだけだし！　触らしてもくれない、まぁ抜くのは許可されたけど。

「あ、そういえばさっき聞いてたけど、おっぱい揉ませてもらえないの？」

　ぐふっ。

　そこ聞こえてたのかよ！聞かれたなかったよ！

「え、ええまぁ」

「あんなに気持ちのよさそうなおっぱい触ってないなんて、ありえないね。私が男ならむしゃぶりついてるね確実に、付き合った日にもうすんごいことしちゃう」

「ほう？具体的にいってみぃ」

　ここはかなり難しい問題ぞ？

「まず一旦」

「いったん？」

空はためてためて、

「まずはおっぱいに顔突っ込んで匂いかぐね、んでそのうえで挟む」

「下品すぎるわあほ……しかし悪くない良き。続けたまえ」

「きも、否定しろあほ。その後はね……」

　そんなくだらない話をしながら酒は進みに進み進んだ。

　もう途中から記憶がない。

　気付いたら寝てたらしい。

　目に日の光が当たって眩しい。

「……あれ？」

　チュンチュンと小鳥の声と、太陽の光煩わしい。

　というか頭痛い。絶対これ二日酔いだ。

「……おはよ大丈夫？」

　……幻聴かな？　空の声が聞こえてきた気がしたんだけど。

　一瞬で頭痛いのが飛んだ。

　そーっと反対側を見る。

　きょとんとした顔で空が、横で俺の顔を伺ってる。

　………………あー終わった。

　横を見たらなんか幼馴染が布団にくるまっていた。

　……まさか手出しちゃった？？