「シーマ。ひとつ聞くが、ウルは立体光を生成出来るのか?」
「? 知らない」
そういえば気にしたことがなかった。
前回の無効試合――羽鳥を助けた際にどうにかなったこともあり、ウルの特性を確認したり、理解するのを忘れていた。
ゲンの問いに適当に返すと、見かねたウルが答え始める。
「ウルは立体光を新たに生成することはできないのです。ですが、近くの立体光と融合し、コアを操ることが出来るのです」
なるほど。志真とゲン、声が重なる。
前回は、コアを操ってコースを作っていたのか。
志真も今さらながら原理を知るのだった。
「うちのトレーラーはゲンがいい仕掛けをつけてくれてね。下のポート部分から、微量だけど立体光コースが出るんだ。レーサーはそれに乗って外に出る。見世物としては目立つし、最高でしょ」
志真が考えついたわけでも、ポートの金を出したわけでもないのだが、とりあえずウルに説明をする。
トレーラーから外へ出る際の、小さな立体光コース。
レーサーが方向転換できるように、コースの先端は少々広めのスペースが設計されていた。
レーサーが目的のビルやコースに飛べば、そのポートの立体光コースは役目を終えて戻ってくる、という仕組みだ。
スタートやゴールなどはどうしても街のビルに頼らざるを得ない。なので、”出来るだけ街に迷惑をかけないように”開発された仕掛けだった。
……まぁ、そんな素晴らしい仕掛けも、時と場合によっては使えないこともあるのだけれど。
「ウル。お前は昨日、僕の移動に合わせて自らコースを作ったね。それと同じことがしたい」
「はいなのです! ウルがそのポートから出た立体光を操れば、スタート地点までのコースを作ることが出来るのです」
「立体光だから大丈夫だとは思うけど、重量オーバーとかそういうの無いよね? 今回運びたいのは僕入れて五人なんだけど」
「はい、問題ありませんなのです!」
前回と似たような状況のため、今回も出来るだろうと大雑把に作戦を決めたわけだが、そこそこ上手くいきそうでなにより。
バタバタと準備を始めるレーサーたちを横目に、志真はフロントガラスの風景を見た。
街中から随分と離れてしまっている。レーサーの状態を見るに、すぐに準備が終わるだろうから――
「ギリギリ、間に合う。僕の速さなら」
志真がいつものようにスピードを出すことが出来るのなら、全員をスタート地点に運ぶことが出来るだろう。
「……で、なんでお前が準備してるわけ。テンマ」
「頭から出血してるレーサーをそのまま出場させるわけにはいかないでしょう? 俺が出るしかないじゃないっすか」
先程怪我をしてしまったレーサーのライダースーツを着たテンマが楽しそうに準備をしている。
テンマはバイクを家に持ち帰らない。
収納するスペースが確保できなかったり、家や家族とのいざこざが面倒なレーサーは、基本的にゲンがバイク預かるようにしている。
志真のように出場ペースの早いレーサーも、ゲンに預けることが多かった。
テンマもその一人だ。
そのため、今回のように臨時で出場することが出来るわけだ。
出場経験も多いことから、最近はずっとトレーラーに置きっぱなし。
メンテや練習のときだけトレーラーから出し、終わればトレーラーに戻す、という特別待遇を許されている。
「でもお前――」
「レースは四人だと失格っすよ。テクニカルレーサーでも、いた方がマシ、でしょ?」
そう言われてしまえば、頷くしか出来ない。
本来だと予備のスピードレーサーが待機しているのだが、予備のレーサーごと怪我を負ってしまえば意味がない。現状、適役となる他のレーサーはいなかった。
「まぁ、スピードは出せないかもしれませんけど、ゴアの足止めくらいにはなると思いますよ」
テンマは嬉々としてヘルメットをかぶった。
ゲンが止めないということは、そういうことだ。テンマも入れたメンツで行くということなのだろう。
まぁ、それはいい。
問題は――
「羽鳥」
こいつだ。
「よかったね。僕の後ろに乗れて」
そう冗談を言ってみる。
「拒否したくせに調子のいい……あんたたち、スタート地点に行くのよね? それの護衛をしろってわけよね?」
「うん。行く途中でゴール地点通るから、お前はそこで降ろす。くれぐれも怪我しないようにね」
「くれぐれも、ね……」
くれぐれも、という含みを感じ取ってくれると嬉しい。
つまりは、乱暴に降ろすから後はお前の生命力で何とかしろ、と言いたい。
「冗談でしょ?」
呆れつつ言う羽鳥に
「わかってると思うけど、これはレースでもあるし、嘉との戦争でもあるんだよ」
と言う。
甘っちょろいことを言っていられる状況ではない。
「もちろん、ここから徒歩でゴール地点に行ってもいいし、なんなら帰ってもいいよ。どうせお前の端末、GPSとか入れられてるんでしょ? ここで待ってればすぐに迎えに来てもらえるはず」
「……」
「安心してよ。僕はお前を責めるつもりないから。今回の件に巻きこんだのは僕だしね」
家に帰ったところで、羽鳥に落ち度がなければ問題ない。
普通に家に帰り、普通に生活を送ればいい。
だが――
「どっちも嫌」
羽鳥はそう言って、自身の端末をトレーラーに放った。
羽鳥は家を嫌っている。詳しく聞いたわけではないが、羽鳥は家に帰りたがらない。
付き人らしき人とのやり取りを見ていても、仲が良さそうとは思えない。
ならば、お互いにお互いが必要だ。
羽鳥は志真の提案に「死ねばいいのに」と文句を言いつつ、床に転がっている誰かの革ジャンを羽織った。
「制服姿でいたら補導されちゃうから」
羽鳥が着ると、革ジャンは前のジッパーを閉じてもぶかぶかだ。スカートすら見えない。
壁にかかっている、これまた誰かのツバ付き帽子を目深にかぶり、自信ありげにこちらを見る。
「はいはい。誰かわからないよ」
「強くて速そうに見えない?」
「そうだね。強い強い」
冗談を言い合っている場合ではない。
志真が周りを見渡すと、全員のライダーの視線がこちらに向いていることに気が付いた。
準備が終わり、後は志真の指示を待っている。
「ていうか、前のメンバーと同じじゃない?」
志真が言う”前”というのは、約三か月前――『デザートドライブ』という名のコースで走ったときのことだ。
メンバーは、シーマ、ゲン、テンマ、ユウキ、ニイナの五人。
そのコースで志真は落車し、引退を余儀なくされた。
「うん、面白いね。リベンジしてやろうか。二度は負けてやらない」
未来の言いなりにならないということを、嘉に示さなければいけない。
志真は息を深く履いて、開け放たれた空を見上げた。
遠くで放たれている立体光の強い光により、星空は見えない。
◆◆◆
トレーラーから起動した立体光コースに乗り、スピードを上げていく。
外の冷たい空気が肌に触れるのが気持ちいい。
体が温まっているのか、精神が熱くなっているのか、それともどちらもなのかはわからない。
スカイバイクレースという恋焦がれていたものに戻ってきたという興奮と、嘉に対しての怒りで少々熱くなりすぎているのかもしれない。
『落ち着けよ、シーマ』
だって今回においては、チームリーダーのゲンの指示を全く聞いていないのだから。
ゲンはなんだかんだ、志真の意図や思いを酌んでくれたからこそ、今回の方針を任せてくれた。
だがリーダーそっちのけで作戦を組んで実行するなんてことは、普通ならありえないのだ。
ヘルメットの内部スピーカーから流れるゲンの落ち着いた声に謝ってから、トレーラーが出す簡易立体光コースの端を目指す。
「ウル、出番だ」
「お任せくださいなのです!」
ウルは、音声のノイズは直ったものの、未だひとつ目妖怪のような顔のままだ。
元気よく返事をしたウルは、志真の足元のコースへ溶けてゆく。
ウルの放つ青い光が、バイクの真下に移動してきた。
――そろそろ、コースが途切れる。
本来ならすぐに周囲の飛び移れるところを探す必要があるのだが、今回は必要ない。
スピードを上げて真っ直ぐ突き抜けると、志真やチームメンバーの足元にそのまま青い光が残り続けた。
『うわっ、すごい!』
『今乗ってるのが、あのウルとかいうやつが操ってる立体光ってことだろ?』
ユウキとニイナが感嘆の声を上げた。
事前セッティングなしで、立体光に乗れている。
志真も未だに魔法のようだと思ってしまう。
これが未来にある技術なのだ。
「みんな。飛ばすから、ついてきてね」
『これ、例えばですけど。シーマさんのスピードについていけなかったらどうなるんすか?』
「たぶんだけど。一定の距離離れたらコース消えるんじゃないかな。コースの起点は僕だし」
立体光は無限じゃない。コアの数だけしか作ることが出来ないのだ。
『マジっすか。お手柔らかに……』
テンマが弱々しく言った。
コース下を歩いていた人々は、突然現れたの立体光に、それぞれ声を上げている。
コースによって、街のどの部分で開催されるかは大体決まっている。
今回、コースが出現していないにもかかわらずレーサーが走っているので、驚いているようだった。
『メビウスでーす。あ、僕はユウキでーす』
顔を出すことに一番戸惑いのないユウキが手を振っている。
だが、今回手を振る余裕はないのだ。
「僕は容赦なくスピード出すからよろしく」
まずはレース開始時刻に間に合わせなければいけない。
ファンサービスをするのは今じゃないのだ。
グリップをひねってスピードを出すと、ユウキはつまらなそうな声を出した。
「あの子、ファンサしながらあんたについてこれるのすごくない……?」
志真のすぐ後ろ――今まで黙っていた羽鳥がぼそりと言う。
スピードを出していても余裕そうな羽鳥の声に安堵しつつ、志真は答える。
「あいつ速いんだよ。バイク魔改造してるから」
『僕の実力もあるでしょ!?』
実力があったら魔改造なんかしないのだ、と厳しいことを思いつつ、志真はユウキを無視することにした。
速度が上がっていくにつれ、周囲の高層ビルの光が目の端に追いやられ、すぐに消えてゆく。
視線はずっと先、ギラギラと輝く立体光コースに定める。
いける、間に合う!――志真がそう思った瞬間だった。
「――何、これ!?」
バリン、バリン、という嫌な音がヘルメット越しに聞こえた。
そうして、空からガラスが降ってきた。高層ビルのガラスが割れ始めたのだ。
しかもご丁寧に、ウルの立体光コースよりも高いところにある窓だけ、そして更にレーサーが確実にガラスの破片をかぶるように、走る速度にあわせて割れている。
窓はもちろん強化ガラスだろうし、普通の力では割れるはずがないのだが。
「面倒くさいな!」
どうせまた嘉だろう。
変な慣れを感じてしまったところもまた、面倒くさい。
「ウル」
志真の考えを察したウルは、コースを急上昇させる。
ビルより上に行けばいいだけの話だ。馬鹿め。
これでレーサーも、街ゆく人々もガラスをかぶらず、そしていらぬトラブルが起こらずに済む。
「高いとコースの全貌が見れて興奮するね」
ふわりと、浮遊感が全身を包む。
志真は嘉にほくそ笑みながら、目的地を目指した。
◆◆◆
ゴール地点のビル屋上に近づくと、志真は少しだけスピードを落とした。
すると、ウルのコースもゆっくりと下がり、飛び降りてもケガをしない程度の高さとなった。
「羽鳥、降りれる?」
「ええ。ありがとう」
羽鳥は勢いよく飛び降りた。
「っていうか、え……?」
着地を確認するために振り返った志真は、羽鳥の姿を見て驚く。
「切れてんじゃん」
頬が。結構ざっくりと。
先程のガラスに当たったのかもしれない。
「この程度、なんともないわ」
羽鳥は帽子を少し上げ、余裕の表情を見せた。
そして、誰がいつ作ったのかわからないままファンの間に定着してしまった、メビウスのハンドサインをして、にっこりと笑った。
声はもう聞こえない。
志真は手をあげ、ハンドサインに応えるのだった。
「さて、メビウスのみんな。そろそろ配置につこうか」
今回のコースは五部スタートまである。スタート地点が五つあるのだ。
つまり、全員が違うコースを走る部分がある。
途中で合流するものの、お互いの速さを信じて走らなければ勝ちはない。
各々スタート地点が近づくと、レーサーたちは次々にビルの上に飛んでいった。
最初にニイナが飛び、次にユウキ、ゲンが飛んでから――次はテンマだ。
『飛ぶのは慣れてるんですけどねぇ』
テクニカルに秀でているテンマが華麗に一回転してビルに着地すると、観客が湧いた。
「やるじゃん」
志真も自分のスタート地点に到着する。
青い立体光は形を変え、ウルの姿に戻っていった。
「あ、ご安心くださいなのです。トレーラーの立体光コアは、全部お預かりしておりますので」
「ちなみに、今お前は元の姿――というか、元の大きさに戻ったわけだけど、コアを使って自分の体を大きくすることは出来るの?」
「はい、出来ますなのです。基本的に、ほぼ全てのコアを取り込み、自由自在に操ることが出来るのです」
「金属も操れるし、立体光も操れる、か。便利すぎ」
ヘルメット内のアラームが鳴る。
レース開始五分前の、聞き慣れたアラームだった。
ヘルメットの視界を操作し、全員のスタート地点を確認する。
――うむ。全員準備万端、やる気満々の様子だ。
そこで、しばらく聞いていなかった着信音が鳴る。
ヘルメットをかぶっている間は、通信端末の着信は全てヘルメットに集約するように設定してあった。
端末の着信音が流れるということは、羽鳥からだ。志真が貸した端末からかけているのだろう。
「はい。どうしたの?」
『――志真。たぶんだけど、マズい気がする』
「何が?」
『今回の立体光コースもたぶん、ちゃんと動かない』
「……何でそれがわかるの?」
『”見れば”わかるもの。まぁでも、あんたたちは普通に走って。自分にしか出来ないことをやって』
羽鳥はそう言ってから、端末を切った。
レース開始一分前のアラームが鳴った。