「キャ……っ⁉」
「おっと動くな、疑似加速でも無駄だ。三人とも脳幹付近に空気棘の魔法を発動寸前で設置している。俺が発動を止めているだけなので、俺から離れたり俺が魔法を維持できないようなダメージを負ったり俺の機嫌を損ねるだけで……三人とも脳幹を貫かれて即死する」
驚愕し、声を上げそうになったところでバリィ氏は被せるようにとんでもないことを述べる。
俺は即鑑定魔法や魔力視や看破の魔法で見る。
……本当だ。
三人とも頭部の中心付近に魔力の反応がある。
魔法になる寸前で留められた魔力……本当にギリギリ魔法として発動していないような状態だ。本当に大丈夫なのか? そんなギリギリで安定させられるものなのか? 風船を割れないギリギリまで潰しているようなものだぞ、こんなの。
あんな位置で魔法が発動したら間違いなく即死だ。
なんてことを…………だが流石に……、キャミィもセツナさんもバリィ氏からしたら旧友で仲間だぞ? こんなのは脅しに過ぎないはず――――。
「……ジャン、バリィは
思考する俺に、拘束されたキャミィが努めて冷静に語り。
続けて隣にいたセツナさんも。
「しかもバリィは私をクロウ君の抑止として拉致したんじゃなくて、私を殺してクロウ君を暴走させて滅茶苦茶にする為のスイッチとして使うつもりよ。ジャンポール君、落ち着いて聞いて……
そう重ねた。
「その通り、流石に仲間たちは俺をよくわかっている。俺に限っては躊躇いとか容赦とか情けを想定しないことをおすすめする」
真っ黒に燃える目を細めて、平らな声でバリィ氏は肯定した。
ああ、これマジだ。
キャミィと結婚し、クロウさんやセツナさんやブライと付き合いがあり、勇者との交戦経験のある俺にはわかる。
この人は、完全にトーンの町の人間だ。
世界最強をクロウさんとして世界最狂がブライとするなら。
バリィ・バルーンは世界最凶。
常識欠落人間を名産とするトーンの町の中でも、一番恐ろしいのがバリィ・バルーンなんだ。
話には聞いていた。
キャミィ曰く。
「分析と攻略の悪魔。一番勝てる方法を何の躊躇いもなく選ぶやつ。相手が魔物だったから許されてたけど、模擬戦でもそうだったから頭がおかしいのよ」
セツナさん曰く。
「魔法使いとしては並以下。でもベテラン勢に食い込むほどに山脈の魔物を蹂躙していた……会ったら驚くわよ。あまりの弱さと、ブライと別種の恐ろしさに」
クロウさん曰く。
「唯一僕が完全敗北を喫した相手。あの時、バリィの気分によっては僕の目的が果たされることはなかった。二度と敵には回したくないね」
昔話は往々にして美化される。
だから話半分に聞いていたが……。
もっと文字通り、額面通りに受け取るべきだったんだ。
あのクロウさんが、最も敵に回すことを恐れた人間。
理解出来てなかった。
勝負にすら持ち込ませないほど、徹底してくるなんて。
第三騎兵団団長と帝国軍騎兵団統括と世界最強の妻を人質に、しかも一般市民で旧知の仲である人間が。
人質にした上で、軍の拠点を襲撃する。
しかもこの、同時多発テロという未曾有の事態の最中に……。
恐怖。
久しく感じてなかった、いや新しいタイプの恐怖。
クロウさんに山岳攻略部隊が全滅させられた時とも。
勇者との加速した世界で同速対決をした時も。
瀕死のブライに首を噛みつかれて殺されかけた時とも違う。
別種の恐怖。
緊張で汗が止まらない、喉がからからだ。
「も、目的は――」
「うちのライラが【ワンスモア】に攫われた。目的はライラの奪還と【ワンスモア】の殲滅、その為に拠点人員戦術全ての情報を明け渡せ」
乾いた声で何とか問いかけようとしたのに被せるように、真っ黒な炎を激しく燃やした目を見開いてバリィ氏は要求を突きつける。
ライラ……? ……あ、バリィ氏のご息女か。
シロウが勝ちきれずに疑似加速を使った、あの鉄壁天使ライラ・バルーン。凄まじい選手だった、あれは疑似加速なしだったらライラ女史が勝っていただろう。まあシロウにはめちゃくちゃ説教したし吐くまで走らせたが。
攫われた……? 何故……何が……ああそうか、完全に忘れていた。
ライラ・バルーンは『無効化』持ちだった。
二十年前、クロウさんが当時一歳になるかならないかのライラ女史に『無効化』を使われたと言っていた。
そうか……【ワンスモア】の目的はスキルの記憶を持つ人間の拉致。
高位のスキル持ちを優先的に狙っている。
その中に『無効化』は含まれていた。
実際、クリアとパンドラが狙われていてシロウが護衛に向かった。
救出の為の情報か……、しかし……。
「……それは我々にも――」
「ッが……っ⁉ ぐ…………」
俺が回答しようとしたところで、包囲していた兵の一人が突然目や口から血を吹き出して倒れる。
「なぁっ⁉ 何を――」
「あー情報以外のことを話していると判断した場合は、この場にいる人間を殺していく。この場の空気は掌握したからもう何でもありだぞ。最後はキャミィ、クラック夫人、セツナの順に殺すから時間を稼ぎたいのなら人を集めてから話始めた方が良いぞ」
驚愕して声を上げたところで、淡々と異常なことをバリィ氏は語り。
「ひが……ぁ…………っ⁉」
またもう一人、顔中から血を吹いて倒れた。
「……っ!」
声を上げないように、状況を把握する。
なんだどういう魔法だ?
空気……空気? 酸素濃度や気圧の変化を操っているのか?
俺と話している間に準備を……、嘘だろイカれ過ぎだろ……っ。理不尽が過ぎる、こんな奴が学校で何を教えてんだ。
何より理不尽過ぎるのが、現在帝国軍は【ワンスモア】の本拠地や拉致被害者の所在についての情報を持ち合わせていないということなのだ。
端的に言えば知らないのだ、誰も。
いや知っていてもおいそれと教えられるわけもないのだが、テロ組織の拠点なんて民間人に伝えられるわけがない。
だが、教えるだけで部下の命と民間人三名の命が助かるのなら全然安い。というか代償が大き過ぎる。
しかも俺はクロウさんという実例をこれ以上ないほどに目の当たりにしているので、優秀な民間人との協力関係に関しては多分帝国軍の中でもかなり寛容な方だ。
なんならこのバリィ・バルーン率いるトーンの町出身の元冒険者や元勇者パーティに【ワンスモア】の拠点を教えたらかなりの打撃を与えられるんじゃないかとすら思っている。
しかし……、知らないものは知らないのだ。
でもそれじゃあ納得はしないだろう。
救出に協力すると申し出たところで、そもそもライラ・バルーンという民間人の拉致を許した組織を信用出来るはずもない。
怒りを買って、この場の全員を皆殺しにして無茶苦茶にするだけだろう。そもそも現段階でここまで無茶苦茶なことをしている人間なんだ、天井を想像することは難しい。
丸く収めるのは不可能だ。
そうか、そうだよな。
シンプルに考えるべきだ。
相手は襲撃犯で俺は軍人。
やるべきことは一つだ。