私、スズラン・ポートマンは帝国第一学園に通う学生です。
実家はセブン地域の北に位置する超田舎の村にあるので、学生寮で生活しています。
今は親父とおふくろが実家に住んでいて、お兄ちゃんは旧公都だったりサウシスだったりトーンの町で暮らしてるみたい。
なんかギルド職員を辞めて、サウシス魔法学校に入学して【総合戦闘競技】を始めたとかなんとか。
けっこういい感じらしいね。全然興味ないけど、変な異名で出場してるのは面白かった。
まあ兄妹関係は別に悪くないけど、兄の近況に興味のある兄妹なんて存在しないからね。達者ならそれでいいかなって感じ。
家族と離れ、慣れない都会での一人暮らし。
心細かったけど学園で魔法の勉強もしたかったから、私は村を出たんだけど。
いやー都会の暮らしっていいね。
超長距離転移があるから別にいつでも帰れるし、虫も蛇も出ないし、道は暗くないし、お店もいっぱい。
いつでも帰れるって余裕もあるし、寮には友達もいっぱい出来たし、最近はちょっといい感じの男の子もいたりする。
まさに現在進行形でデート中。
なんか今日はお兄ちゃんの試合だったらしいけど、興味ないしどうせ勝つだろうし。お兄ちゃんは親父に似てビビりだけど、私の次くらいには強いから負けたりとかはしないだろう。
だから試合は授業ってことにして見に行かずにデートに出かけた。
帝都はなんでもあるからね、遊ぶのに困らないどころかなんでも出来すぎて迷ってしまうことが困るくらい。
そんな帝都を私は学友のアンディ君と歩いていると。
突然の爆発。
叫び声。
伝播するパニック。
私たちもわけがわからず、人の流れに乗って走る。
やがて帝国軍の人が避難誘導を始めて、指示に従って移動を行う。
何が起こったんだろ、何か事件が――――。
なんて、考えていたところで。
「きゃああああ――――――――っ‼」
悲鳴が響き渡り、咄嗟に声の方を見る。
そこには
建物の影から、巨大な……これは魔物?
大きな猿というか……でも頭は牛になっている。
太い前足? 腕? で前のめりに体重を支えている。
体長十メーターはある、頭が隣にある建物の三階の窓と同じくらいの位置にある。
なに……え? なんで魔物なんて。
私が生まれる前には居たって話は聞いていた、親父やおふくろやバリィさんやリコーさんやクライスさんから昔話としてさんざっぱら聞いたし授業でも習った。
親父の親父……祖父も魔物に襲われて命を落としたとのこと。
居たんだ、マジで。
こんな生物学的に……そんなに大きかったら骨が体重を支えきれないでしょ。筋肉とか内臓位置とか……、そもそも脳が頭にあるんなら歩くだけで頭が振られ過ぎていつも脳震盪が起こる。
成立していない、見れば見るほど不自然で不条理。
一目で、動物ではないというか自然が生み出してないことがわかる。
親父たちはこんなのを相手に戦って生活してたの……? こんなものが当たり前に存在していた……?
「全員避難を――――」
帝国軍の人が率先して前へと出ながらそう言おうとしたところで。
魔物は腕を振って、帝国軍の人は容易く弾かれる。
帝国軍の人は地面を跳ねて、ぐしゃぐしゃになりながら壁に激突した。
一瞬の静寂の後、パニック。
避難していた人々は阿鼻叫喚、蜘蛛の子を散らすように無秩序に走り出す。
いやいや慌てちゃダメでしょ。
こういう時こそ冷静に、刺激せずに撤退……まあ無理か無茶苦茶怖いし。
私は今この瞬間にでも実家にでも跳んだら逃げられるから精神的な余裕がある。やっぱり超長距離転移魔法はみんな覚えた方がいいね。
さて、まあ全然状況はわからないけど。
「アンディ君、立てる? とりあえず避難するよ」
とりあえず私は驚いて尻もちをついていたアンディ君に問いかける。
「あ、ああ……うん」
かなり混乱した様子でアンディ君は立ち上がり移動を始める。
だが。
「グオォオォ――――――――――ォオウッ‼」
魔物は雄叫びを上げて、私たちを追ってくる。
「走って!」
私はアンディ君の腕を引いて、走り出す。
なんで私たちを……いやなんだっけ魔物って脅威判定が高い中で一番倒せそうな奴を狙ってくるとかなんだっけ。
うーんこのまま実家にでも跳んで二人で逃げてもいいけど、多分男の子なんて連れて行ったら親父はあらゆる理由をつけてアンディ君の腕をへし折る。
腕相撲しようとかちょっと仕事手伝ってとか言って、悪気ゼロのお試し感覚でぶっ壊す。
……実家に跳ぶのは最終手段にしよう。というか多分あの魔物より親父の方が危ないまである。
とりあえず、路地に入れば安全なはず。
あんな身体が大きいと狭いところには入れない、身内に大きいのがいるからその辺の弱点は分かってる。
何とか走って路地に入ろうとするが。
「グオォ……オオオッ‼」
魔物は路地の入口に『魔道四輪』を投げて塞ぐ。
「……っ! 私が防御するから、アンディ君はそれをずらして路地に入って!」
私は振り返って防御魔法を展開しながら、アンディ君にも指示を出す。
「……はい⁉ こんな大きなもの動かせるわけないだろ‼」
アンディ君は私の指示にそう返す。
え、動かせないの?
親父とお兄ちゃんはまあ当然として、細身なバリィさんやクライスさんや女性のリコーさんもそのくらいのものなら動かせると思うけど。
いやまあ腕力的に難しいなら、浮遊魔法とか重力操作とか身体強化とかなんでもいいけど魔法でどうにでも――――。
「グォンッ‼ グガァアァアアア‼」
私の思考を遮るように、魔物は展開した防御魔法に両の拳を乱雑に叩きつけ続ける。
ちょ、ちょっと私防御魔法って護身程度にしか習ってないからこんなの耐え続けられないって!
しかもちょっと距離離れちゃったからアンディ君と一緒に跳べないし!
え、これヤバい? どうしよどうしよ。
うわ、え? いや…………