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08世界は同時多発的に動き続ける

「ぐ…………っ オブエェ…………! ハー……ッ ぐぉおらぁぁぁあああああああああああ――――ぁあッ‼」


 上がってきた吐血を吐き切り気道を確保して、クライスは剣が刺さったまま自身に止血魔法をかけながら私たちを狙っていた輩を全員麻酔魔法で眠らせる。


 しまった。

 私たちが囮にされてしまった……、最悪だ。


「……ぎいぃぃ……にするな……っ! 今のおぉぉぉ……で! かな……っり! 沈めえぇぇぇ…………たあっ!」


 クライスは自分の身体を剣を引き抜くのと同時に傷口を塞ぎながら私たちにそう言って、再び構える。


 強がりだ。

 傷口の治療も万全じゃあない、最初にかけておいた脈動回復魔法に任せている。

 体力もかなり使っている、心拍も正常とは言えないし魔力もかなり消費している。


 ジリ貧どころか窮地だ。


 そんなクライスの容態は【ワンスモア】にも見破られていたようで。


 そのままクライスは次々に襲いかかる【ワンスモア】を合気の技で、五人ほど投げて極めて叩き伏せたが。


 大腿部に矢が刺さり、回復が間に合わずそのまま組み伏せられた。


 一斉に、私とパンドラへ視線が集まる。


「貴様ら…………っ、私の家族に触れたら神経に直接電極刺して、死に至る痛みを回復し続けて百時間かけて殺す…………ッ‼ 必ずだ。顔も血液型も網膜パターンまで覚えた、絶対に殺す。おまえの親も兄弟も女も、筋肉収縮で丸まったまんま動けなくなるまであらゆる神経から痛みだけを送り続けて、殺す‼ この私を舐めるなよ、貴様らの血一滴まで繋がりを持つ輩は全員ぶっ殺す……ッ‼」


 クライスは、髪の毛を逆立てる勢いで恫喝……いやもはや呪いのような言葉を捲し立てる。


 目から真っ黒な殺意の炎が漏れ出ている。

 言ったら絶対怒られるけど、まるで昔のクロウさんみたいだ。


 まあ気持ちはわかるというか。


 クライスの熱は私にも伝播し、その結果。

 私の目も真っ黒に燃え上がっていた。


 パンドラだけは絶対に守る……ッ、私の命に変えても、戦いどころか喧嘩も出来ないし身体も小さくて、私はそこらの子供より弱いだろう。


 だが、一人でも多く道連れにしてやる……ッ‼


 昔見たキャミィのように、容赦なくぶん殴る。

 昔見たブライさんのように、首元に噛み付いて動脈を食いちぎる。

 昔見たジョージ・クロス氏のように、陰嚢を蹴り上げて睾丸を潰す。


 最後の一秒まで、暴れ散らかしてや――――。


「ぐぅ……っ」


 なんて、気迫でパンドラを庇うように立ちはだかるも前蹴り一発で私は吹っ飛ぶ。


 転がって頭を打つけど、すぐに立ち上がり再びパンドラの前に出るが。


「お母さ……っ、クリアを……虐めるな馬鹿者がぁぁあぁぁあぁぁああ‼」


 今度は髪を逆立てる勢いでパンドラが叫び【ワンスモア】連中に飛びかかる。


「駄目――――」


 私がパンドラを止めようとしたところで。


 ほぼ同時に【ワンスモア】連中全員の首が跳ぶ。

 クライスを組み伏せていや者も含めた、全員だ。


 不可視の、圧倒的な速度で首を狩られたかのような……あ。


 この異常な、生きている時間そのものが違うような速度に私は覚えがある。


 これは『超加速』……いや


 所々に置き去りにした残像が消えて、私たちの目の前に現れた本体は。


「……安心しろパンドラ、ここに俺が現れた。たった今、ここが帝国で一番安全な場所になった」


 片手に長剣を握り、振り向きながら優しく笑う。


 シロウ・クロス君だった。


 父が向かわせていた援軍ってシロウ君だったのか、でもほんの小一時間前まで帝都の全帝国総合戦闘競技選手権大会の会場にいたはずなのに。


 あらあら、パンドラの為に急いできたのね。


 シロウ君の実力は本物だ。

 クロウさんやセツナさんの子だからとかじゃなくて、帝国最強の軍人ジャンポールさんや帝国兵を最も病院送りにした個人であるブライさんに鍛えられている。


 疑似加速まで習得している。

 本物の実力者ではある。


 でも、私たちには見えている。

 シロウ君はこの病院に来たことがないはずなので超長距離転移魔法で直接跳んではこれない、跳べるところまで跳んで疑似加速で走ってきたんだ。


「ああ……、私は君のことを疑わないからな」


 パンドラは安堵や嬉しさや照れくささが混ざって、ふにゃふにゃな笑みを浮かべながらシロウ君に返す。


「……おいパンドラ、シロウ・クロスはやめておけ。それはトーンの血が濃い、そのうち無茶苦茶するぞそいつ。というか私はそいつの親が嫌いだ、親類になりたくない。ムカつく、やだ」


 いい雰囲気の中、動ける程度に回復したクライスはパンドラにそんなことを言う。


 こいつ……、なんで世の男はみんなこう親になると親馬鹿になるんだろうか。


「いやクライス……。うちが血の繋がり云々で物事を語れるわけないだろう、誰も血が繋がってないのに。受け継がれるのは血でなく思いと想いだ。私の医学と視る力がそうだ。逆も然り、シロウはそんな変なもの受け継いではいないよ」


 パンドラは呆れながらクライスに淡々と返す。


 ごもっとも過ぎる……っ。

 確かにクラック家は現在誰一人として血が繋がってないけどかなり強固な繋がりを持っています。


「それに無茶苦茶の影響はクライスの方が如実に受けているだろう。なんだ肉を斬らせてぶん投げるって……、医師が怪我に寛容な立ち回りなんかするんじゃあない。医療従事を舐めるな、馬鹿者」


 さらに続けてパンドラは、クライスに説教を行う。


 これもその通りだ……。


 でも――。


「パンドラ、その無茶があったから私たちは貴女の親になれたのよ。時に身勝手な正しさは、かけがえのないもの生みだすこともあるのよ」


 私はそう言って、私より背の高い娘のほほに触れる。


 私もセツナさんとキャミィに多大な影響を受けている、だから私は貴方たちと共に生きられた。


 とりあえず。

 私たちは脅威を退けられた。


 それでも帝国は現在混乱状態。

 まさかの帝都にも【ワンスモア】は襲撃を行っていたという。


 帝都には第三騎兵団の本部があるので、防衛力は帝国で一番あるけれど…………。


 トーンの町上がりで一番無茶苦茶をする男がいるのも、帝都。


 二十年前の公国落としを含めて、現在に至るまでに最も帝国兵を病院送りにしている【暴れすぎる捕虜】ことブライ・スワロウという爆弾を抱えながらの防衛戦……。


 指揮を務めているであろう父が少し心配になってきたのでした。


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