私、クリア・クラックは医師として生きる、ただの人間です。
父は軍人、母は教師。
夫も医師で、娘も医師。
いつの間にか医師家系になってしまいました。
帝国軍付属病院に勤務し、魔力神経内科を専門としています。昔は救急救命医療で基本的に急患を診ていましたが、二十代の中頃に転科をしました。
父譲りの視る力で徹底した診察と解析を行って魔力が見れる私は魔力神経内科に向いていたようです。
娘のパンドラも立派な医師となり、夫のクライス譲りの緻密な回復魔法と私や私の父から継承された視る力を活用して贔屓なしで優秀と言えます。
ここに至るまで、色々なことがありました。
まあ何もない人間なんて一人も居やしませんが、それでも色々なことがあったのです。
ヒーローによって対人兵器から人間となり。
父と母との出会い。
ヒーローたちに憧れて医師を目指し。
世界最強の怪物が世界を動かして。
凄腕美人バトルヒーラーと友達になって。
夫クライスとの出会いと娘パンドラとの出会い。
世界が変わって医師になり。
結婚して妻となって親となった。
パンドラはすくすくと育って、私よりも大きくなった。
クライスはスキル無しでも何でも治せる医師となった。
でも、まだまだ私の人生には色々とあるようで。
「パンドラ! クリア! 私の背から出るな! 奴らの狙いは『聖域』を持っていた私のはずだ、私を狙うが殺しはしない‼」
クライスは私たちを背に隠し、武具召喚で棍を喚び出して構えながら言う。
現在【ワンスモア】による、同時多発テロが起こっている。
【総合戦闘競技】の大会で、突然魔物を喚び出して犯行予告をした後すぐにテロが開始した。
帝国軍は対応に追われて、てんてこ舞い。
父も現在【ワンスモア】対応で大忙しだろう。
そして【ワンスモア】はこの帝国軍付属病院にも襲来。
第三騎兵団の軍人たちが応戦しているものの、劣勢。
病院襲撃の目的は、かつて高位のスキルを持っていた者の拉致。
帝国軍による捜査で拉致被害者の共通点や、捕らえた【ワンスモア】の構成員からの尋問により判明している。
この病院でもっとも高位のスキルを持っていたのは間違いなくクライスだ。
回復系最高位スキル『聖域』と卓越した医療知識と経験値で、クライスは旧セブン公国の勇者パーティに属していた。
幼き日のパンドラを癒し、欠けた身体を戻したのもクライスだ。
【ワンスモア】の狙いは間違いなくクライス。
それを想定していた帝国軍は、病院に部隊を配置していたが想定以上の戦力を向けてきたので劣勢を強いられている。
そのため、クライス自身も戦闘に参加せざる得なかった。
クライスは棍を用いて【ワンスモア】の構成員を合気杖術で、叩いて崩して掬って転がして麻酔魔法で無力化させていく。
「死なない程度なんてぬるいことを……誰を相手にっ、私はクライス・カイル=クラック‼ 勇者パーティの回復役だぞ‼ 落とせると思うな――――ぐッ」
自身に注目を集めようとクライスが勇ましく名乗ったところで、飛んできた矢がクライスの肩に刺さる。
「クライス!」
私は思わず声を上げるが。
「ぐぉ…………っ、がああああああ――――ッ‼」
クライスは根性を声に出して自力で肩から矢を抜きながら同時に傷口を滅菌して矢に塗られていた麻痺毒を解毒して傷口を塞ぐ。
矢が刺さり、麻痺毒でクライスの動きが悪くなることを前提に攻めてきたところを棍で叩いて崩し接近して麻酔で眠らせながら受け身の取れない状態で地面へと叩きつける。
「……肉を切らせて、ぶん投げる。気が向いたら治してやるから安心してくたばれ」
クライスは余裕綽々で煽るように、そう言ってのけるが。
かなりジリ貧だ。
私は魔力神経内科を専門にする程度には診察や魔力視が出来るので、クライスの容態がわかってしまう。
一般的な成人男性よりは鍛えているとはいえ、体力的にも魔力的にも『聖域』を持っていた二十年前よりはだいぶ衰えている。
数年前までは勇者パーティの仲間のお子さんに回復魔法や杖術を教えに行ってたり、最近もパンドラにも医療知識や回復魔法を教えていたけれど。
それでも全盛期には程遠い。親和率を上げて基礎魔力量や無詠唱発動が行えるようになってはいるけど『聖域』の補整なしで麻酔魔法の連続使用や自己治療をいつまでも続けるほどの余裕はない。
私の心配をよそに、クライスは襲いかかってくる【ワンスモア】を倒していく。
そんな中で『携帯通信結晶』に着信。
「――突然に失礼! 無事か! そちらの状況は!」
「――現在病院に【ワンスモア】による襲撃が発生! クライスが囮として交戦中!」
受話口からの父の声に、私は無駄なく状況を伝える。
「クリア、スピーカーにしろ! クライスに伝えることがある‼」
父の要求通りに私はスピーカーモードにして受話口をクライスに向ける。
「――受話越しに失礼! クライス!
通る声で、父は【ワンスモア】の目的を告げる。
「――な……っ」
それを聞いて、パンドラが絶句する。
わかるよ。流石に私も、もう二度と聞くことがないと思っていた。
「死ぬ気で耐えろ……‼ 援軍を向かわせている‼」
鬼気迫る声で、父は婿を鼓舞する。
それを聞いたクライスは。
「勇者パーティの回復役だぞ……死なずとも耐え切れるさッ‼」
そう言って、目から炎が噴き出す。
ここに来てまた『無効化』って…………。
スキル『無効化』はかつて存在したスキルという強力な能力を、対峙するだけでその名の通り無効化してしまう対人専用のスキルだ。
二十年前、スキル至上主義だった旧セブン公国では『無効化』というスキルを消すスキルは忌み嫌われていた。魔物討伐には完全に無力ということもあったからだ。
でも、対人戦においては強力過ぎるその性能を旧公国は捨てることも出来なかった。
だから私は『無効化』を持って生まれたから対人兵器として、強制され矯正されていた。
私の人生は『無効化』によって振り回されてきた。
『無効化』だったから、クロウさんとジョージ・クロス氏と出会い。
父と母に出会った。
『無効化』だったから、公国落としに参加して。
クライスとパンドラと出会った。
でも、クロウさんが世界を変えて『無効化』は無くなった。
それを今更……、最悪だ。
二十年経ってもまだ私たちを縛ろうとしている。
そう、パンドラも『無効化』持ちの対人兵器として強制され矯正されてきた。
しかも過剰に、執拗に。
手足を斬り落とされ、臓器や思考に至るまで改造されて箱に詰められて。
完全に公国騎士団に兵器として運用されているところを、クライスと私で救助を行って家族になった。
ここに『無効化』は二人、しかも非戦闘員……なんでスキルもない今の時代に『無効化』なんて最も無意味でしょう。なんの効果も生み出さない。
理解が――――。
「クライス左だぁ‼」
私の思考を遮るようにパンドラの声が響き渡る。
クライスはパンドラの声に反応して、何もない左側を棍で突くと透明な何かにぶつかる。
私は遅れて、本気で視る。
クライスが突いた先には透明な人……光学迷彩魔法……? 違う、これはスキルだ。鑑定結果も間違いない……これは『隠密』のスキル。
二十年前にあったスキルと遜色ない……【ワンスモア】ここまでスキル再現を成功させていたのか。
いや、とにかく。
まだ消えてるやつらがいる。
「クライス! 私たちが目になるわ! 今度は三時方向二メーター先!」
「さらに十一時報告に二人来てるぞ!」
私たちは見えない敵を鍛えてきた視る力で捉えて、クライスへと共有する。
父から受け継がれた視る力、こればっかりはクラックの家に育った私たちにしかない武器だ。
「……っ、あまり喋るな! 標的評価値が高く――――」
クライスが私たちの指示にそう返そうとしたところで、私たちをまとめて突き飛ばす。
同時。
クライスの身体に無数の剣が突き刺さる。