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06世界は同時多発的に動き続ける

 俺が寝起きも相まって混迷を極めていると。


「そういえば、あの特異体質には名前とかないのかい?」


 わんすもあの一人が気安く俺に尋ねる。


「……魔力欠乏症並びに魔力過剰吸収症」


 俺は自分の病名を伝える。


「いやいや、そういうのじゃなくて『最上最低』とか……『無敵時間』とかさ」


「ファイブ・セブンティーンってのがそれに当たるんじゃねえか?」


「確かに、それはそれでかっこいいかもね」


 なんて、わんすもあの奴らが勝手に盛り上がり始めたので寝ている時までつけている腕時計で時間を確認する。


 時刻はAM四時十分。


 最悪だな……、俺が一番弱い時間帯だ。


 AM五時十七分の前後三時間は、本当に何も出来ない。

 かろうじて魔法が使えるようになるのはAM十時からで、調子よく使えるのはPM九時くらいまでだ。だから俺はその時間内で仕事をしたり競技のトレーニングをしている。


 ここから一時間でまだ俺は弱くなって行くし、五時十七分を過ぎてもしばらくは全然魔法は使えない。


 ちゃんと俺の体質を把握して、一番嫌な時間に来やがって……。つーかこんな真夜中に勝手に乗り込んで来られたら何だって嫌だが。


 まあだが、俺は俺の弱さを嫌というほど知っているという強みがある。


 各時間帯毎に、動き方は考えてある。


 AM四時台の動き方は――――。


 俺はベッドの脇に取り付けてある『小型予備魔力結晶』を手に取り、即座に窓を突破って外に出る。


 逃げ一択。


 この時間帯の俺は、魔力枯渇でフラフラなちょっと身体が鍛えられた若者でしかない。


 複数人の成人男性相手に大立ち回りなんて出きっこない、ましてや相手は謎の組織的犯罪者。無理なもんは無理だ。


 だからとにかく逃げて、警察や軍の人に助けてもらうしかない。しかもなるべく早く、マジでAM五時十七分になったら俺は全く動けなくなる。


「おいおい逃がすわけないだ――」


「――閃光波ぁッ」


 窓から追いかけてきていたわんすもあに目眩しの魔法を、なけなしの『小型予備魔力結晶』を使って放つ。


 今の俺は無詠唱での魔法発動も出来ない、親和率が下がりすぎているのだ。


 俺は一瞬の隙に『魔動二輪』に跨って、スロットルを回し全速力で離れる。


 この『魔動二輪』は俺の私物、全帝出場が決まった際にファイトマネーを宛にして買ったデイドリームの最新モデルだ。


 燃料の魔力はPM五時頃にパンパンに入れてある。


 本当は部屋にある『試作型強化予備魔力結晶』や『携帯通信結晶』も持ち出したかったが、流石に無理だった。


 これはそれなりにカスタムして結構速い、超趣味全開のスーパーマシンだ。


 そして俺はこの町の郵便屋、俺以上にこの町のあらゆる道を『魔動二輪』で走っている人間はいない。


 さらに今の俺はほぼ魔力がない。

 下手したらそこらの犬猫より魔力がない、だから魔力感知じゃあ見つけられないのさ。


 逃げ切る。


 俺の目から小さく火花が散る。

 ……あ、やべえ心が無駄に魔力を反応させちまった、落ち着かなきゃ。


 最寄りの軍施設は目立ちやすい大通りを使わなくても十分程度で到着――――。


「残念、逃げ切るのは不可能だ」


 突然、目の前に転移魔法でわんすもあの奴がそう言いながら現れる。


 俺は咄嗟にハンドルを切って避けるが、道が狭くて思いっきり壁にぶつかって吹っ飛ぶ。


 何で俺の場所が……? 魔力感知もなしで『魔動二輪』で移動する俺を先回りするなんて――――。


「私は『猟犬』のスキルを持つ。追跡補正だけじゃなくて嗅覚や聴覚にも補正が入る、魔力じゃなくても君の場所を捉えることは容易だよ」


 薄れゆく意識の中でわんすもあの男は、したり顔で倒れる俺に種明かしをする。


 くっそ……、知らねーよ。スキル? なんだそれ、俺はこう見えてギリギリティーンエイジャーだ。【大変革】より後に生まれた俺はスキルなんか知らねーんだよ。


 つーか『猟犬』って……。


「だっせぇ名前のスキル……だな……犬畜生が…………、調子乗ってんじゃ……ねーぞ……」


 俺はかろうじてそう言って、中指を立てた。


 目が覚めると、牢獄みたいな場所だった。


 時計を見ようとしたが、後ろ手で拘束されていて見れねえ……完全に捕まった。


 体感的な魔力量では………お、増えて……いや減ってるか?

 PM五時十七分を過ぎてんのか、ゴールデンタイムをまるっと逃した。この感じだとPM七時を過ぎている。


 かなり寝てたみてえだな……、つーかゴールデンタイムを逃したことより全帝準々決勝観れてねえのが腹立つ。くっそ〜ラビット・ヒットの試合観たかった〜……今年のラビットは優勝あると思うんだよな。


「はあ……最悪だ……」


 俺は一人呟くと。


「――おい! 起きたのかあ⁉ 聴こえるか!」


 牢の外から男の声が聞こえる。


「聞こえてる! だが拘束されて動けねえ!」


 俺は男の声に答える。


「俺はダイル・アルター! セブン地域のお巡りさんだ。仕事中に攫われちまった! おまえは?」


 男、ダイル・アルターとやらの声が少しずつこちらに近づいて来ている。


「郵便屋のビジィ・アラート。またの名をファイブ・セブンティーン、サインは後でいいかい?」


 俺は余裕を見せるために、そんな自己紹介を返す。


 というか牢から出て廊下から歩いて来るのか? だとしたら歩くの遅くないか?


「ああ? 知らん、有名人なのか?」


 俺の自己紹介にそんな返しをしながらダイルの声が近づいてくる。


「全帝国総合戦闘競技選手権大会、本戦出場選手だ! 舐めんなよ! おまえよりは絶対強い!」


 俺は失礼な返しに強気に答えたところで。


 側面の壁が斬り崩され。


「……んなわけねーだろ馬鹿、俺より強かったら勇者か世界最強だぞ、おまえ。おら、手ぇ出せ手錠を斬る」


 現れた双剣の警察官ダイル・アルターは、不敵にそう宣った。


 このダイルという男は、牢の格子が斬れなかったが壁は斬れたのでそのまま斬り進んで来たらしい。


 壁もかなり分厚いし魔力の通りが悪い、PM五時台なら光線魔法とかで何とかなりそうだけど……。すげえぞこのおっさん、何者なんだ。


「他にも拉致被害者がいんのか……? とりあえず、脱出を目指して民間人を見つけ次第保護していく。俺が前、ビジィ君が後ろだ。期待してるぞ有名人」


 剣の歪みを確認しながらダイルはそう言って、不敵に笑う。


 くっそ……、わけわかんねーけどやるしかねえ。


 この後、脱出の為に牢の端まで壁を壊したり。

 格子の破壊に挑戦していたところで。


 さらに拉致されて牢に跳ばされてきた競技選手と合流したが、時間が経つにつれて俺はどんどん弱くなっていく。


 ああ。

 山あり谷あり、波を乗りこなしてこその人生だが。


 マジで俺はこの人生を乗りこなせるのか……、久しぶりに不安になった。


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