「相手の人こっわぁ……ええ? 人気あるの? めちゃくちゃ怖いけどこの人」
ラビット選手のあまりの恐ろしい風体に思わず慄きながら感想を漏らす。
頭にはうさぎの耳、荒い縫い目とうさぎのアップリケだらけの白衣のような上着を素肌に羽織って、ボロボロのデニムボトムにあれは足袋か? 顔は真っ白に塗った上から目と口の周りを真っ赤に塗りたくっていて、両手に錆びた大きい包丁を握っている。
夜道で会ったら腰が抜けてしまうよこんなの……、狂気を擬人化させたみたいな見た目だ。
「えーっと前王者らしいわね。あ、なんか娘さんが三人いて……三人ともうさぎさん好きだからうさ耳をつけて娘さんが縫ってくれた衣装と、娘さんがやってくれたうさぎさんメイクをしてるんだって」
「めちゃくちゃいい人だ! そりゃあファンになっちゃうよ。そのギャップは」
慄く俺にポピーさんは大会ガイドを見ながらラビット選手の情報を述べ、あまりのギャップに声を上げてしまう。
えーそりゃあ人気あるよ。へー息子の対戦相手じゃなかったら応援していた。
なんて驚きと興奮が冷めやまない中、試合が始まった。
ラビット選手は開始から転移魔法で跳び回って、色んな角度から包丁やナイフを投げつけて行く。
チャコは防御魔法で防いでいるが……追えてないのか? チャコなら視線で転移先を読むことはできるだろうに。
「この人、目視せずに跳んでる……。嘘でしょ? 『纒着結界装置』があるって言ってもこんなの事故が起こるわよ。メリッサの消滅纏着みたいな頭のネジがとんでないと出来ないわよ」
ラビット選手の転移魔法にポピーさんは魔法使いとしてドン引きしながら驚きを呟く。
ポピーさんが引くような魔法なのか? 俺は魔法がからっきしだからよくわからないけど。
なんて考えていたところでチャコが動く。
転移魔法でラビット選手の前に跳んでそのまま殴り掛か――――。
「殴っ……チャコが⁉ やめとけ! めっちゃ痛いぞ!」
「いや硬化魔法を使ってるね。素手の負荷を部分的に硬化を使って耐えられるようにしてるから、多分大丈夫…………でもダメね」
チャコの行動に思わず声を荒らげて前のめりに画面に近づくと、ポピーさんは落ち着いてチャコの安全対策を述べる。
硬化魔法で負荷を耐える……そんな自爆対策を覚えたのか。メリッサのとこで修行していたらしいから、疑似加速だけじゃなくてこれも鍛えてたんだな。
「……確かにこれなら素手での攻撃を行えるけど、なんていうか魔法を使ってから身体を動かしている感じがする。だから挙動が魔法で一、身体で二、みたいな感じで一挙動で動けてない。もっと当たり前に魔法が身体機能の一つだと認識出来なくちゃ実用には足りえないかな。それこそメリッサの消滅纏着みたいに、消滅魔法が身体に追従する身体機能の一環だと思えるくらいの狂気がチャコには足らないかも」
感心する俺に対してポピーさんは眉をしかめてチャコの使う魔法の虚弱性を挙げていく。
うーんそもそも武具召喚や武具返還やらしか魔法を使えない僕にはよくわからないけど、帝国一番の魔法使いからすると粗が見えてくるみたいだ。
実際、ラビット選手にカウンターでトリッキーな蹴りを合わせられてチャコはピンチだ。
こりゃ負けるか……? 当たれば勝ちだろうけど、こうも当たらないんじゃあ…………。
なんて考えていたところで。
「あ、でも勝つみたいよ」
「え?」
ポピーさんがそう言って俺が間抜けに反応したところで。
大斧を喚び出し、魔法で地形を変えて、アカカゲみたいな空間魔法をいっぱい出し。
転移先を絞って誘導させて大斧をぶち当てて。
チャコの勝利。
「ふー、勝った勝った。いやー良かったー、ひやひやさせるね」
安心の言葉と共に俺はソファに深く腰かける。
「でもこうなってくると次の八極令嬢さんとの試合は格闘戦必至になるだろうから。あの部分硬化の練度を上げてかないとね、まあメリッサとダイルが鍛えてるんならその辺は信じるしかないけど」
お茶を淹れ直しながら勝利の余韻に浸らずポピーさんは冷静にそう言った。
まあ、だったら大丈夫だ。
メリッサは強くなるためのノウハウを世界で一番持ち合わせている。元勇者は伊達じゃあない。
そこからはポピーさんとイチャイチャしながら、ながら見で準々決勝の第三試合と第四試合を見た。
そんなに興味があったわけじゃないけど、どうやらこのあとベスト4の選手たちにインタビューをするみたいだからチャコのインタビューは見ておきたいからね。
クロウさんとセツナさんの子のシロウ君が二人にそっくりで驚いたりもありつつ。
インタビューでチャコ緊張してんなーとか、頑張ってんなーとか。
そんなことがどうでも良くなることが起こった。
三人目のナナシ・ムキメイ選手がちょっとスベり気味に長々喋ったと思っていたら。
魔物を召喚した。
全身の筋肉がぎょっとして硬直する。
身体の中にあった、二十年使ってなかった神経系が反応する。
画面越しでも一瞬で理解が出来る。
間違いなく、あれは魔物だ。
「……っ、いや、なんだよ、これ」
喉が乾いて言葉が詰まるほどの緊張感の中、俺はなんとか声を出したところで。
部屋に備え付けられていたポピーさんお手製の『範囲結界結晶』のアラートが鳴り響く。
「――――っ‼ これ、魔物だ! 魔力感知で位置を特定、数は八! 中型規模が六! 大型が二! 結構近いわよこれ!」
アラートとほぼ同時に魔力感知を使ったポピーさんが、声を荒らげる。
「武具召喚」
俺はポピーさんに対して、大斧を喚び出して返す。
昔俺が使っていた大斧は軽量化のために半分に切って加工して柄ごとチャコに上げてしまったので今はもうないのだが。
残った半分の斧頭を加工して、刃の反対側にカウンターウェイトをつけて振れるようにしたものだ。
強度は下がったし少し軽くなっちゃったけど仕事やチャコに教えたりするには十分だし。
たかが魔物モドキを数匹叩くくらいは問題ない。
まあ一人じゃ怖くて無理だけど。
ポピーさんが行くんならって話だ。行かないんなら全然斧は仕舞う。
そんな中途半端な勇ましさを見て。
「はあ……じゃ、跳ぶわよ!」
そう言ってポピーさんと俺は、特定した魔物がいる場所へと跳んだ。
まあ、ここからはポピーさんのホーミング螺旋光線魔法と範囲消滅魔法による蹂躙と何体か俺が筋肉召喚で消し飛ばして片付けた。
語ることもないほどの瞬殺だった。
そこから帝国軍の人たちやら冒険者やらと合流して、セブン地域の北らへんを跳び回って魔物モドキを討伐して回った。
この辺も正直語るべきことがない。
だって【西の大討伐】を終わらせたかつての賢者がいて、この程度の氾濫にも満たないくらいの魔物モドキを消すのはもはや作業だ。
正直何が起こっているのかよくわかってないけど、とりあえず俺たちの住むセブン地域の北は問題ない。
そうなるとチャコやスズランのことが一気に心配になってくるが、俺はともかく元勇者パーティのポピーさんは安易にセブン地域外に出ることが出来ない。
二人とも今は帝都にいるので、俺たちはどうにも出来ない。
心配はしつつ、とりあえず目の前のことを片付けていくことにした。