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05この一撃は少しだけ世界を動かす

 軍人だったのか、この人……!


 やけに重心の安定した動き方をしているとは思った。もしかしてこういう事態を想定してミステリ選手や予選で戦ったナゾーラ選手みたいな軍人が混ざっていたのか。


 それにしてはなんで援軍が……ああそうか、格技場に張られた結界で魔物も格技場から出られないがアルコ氏のお仲間も格技場には入れない。援軍はない、一人で対応するつもりなのか?


 親父から聞いた話だと、あの大きさは大型に分類されるし魔物討伐の基本はパーティ単位で行われるものだ。戦いの基本は連携なんだから。

 優秀な帝国軍人といえど、一人で魔物を相手にするなんて出来るものなのか?


ア――――――――――――A4ア――――――――――――――D5


 そのままアルコ氏は高らかに声を放ち、音響魔法で魔物をその場へと釘付けにする。


 音響魔法、音を風魔法や雷魔法で反響させて振動させ増幅し指向性を持たせて対象にぶつける魔法。

 昔は楽器で音を出して別の人間が魔法をかけて増幅していたらしいが、魔力革命以降無詠唱での運用が可能になり発声をそのまま増幅させるようになった。


 だが基本的に暴徒鎮圧などの大人数を制圧する為の魔法、しかも複数人での運用を想定されたものだ。

 アルコ氏がいくら優秀でも、この大きさの魔物を抑えるのは不可能だ。

 それにアルコ氏は若い、魔物討伐は経験していない世代……。


「アルコさん、俺も戦うに決まってるでしょう。ある程度の情報は共有もされています。ここは迅速に脅威の排除を行い、直ぐに避難誘導へと合流します」


 空間魔法から剣を取り出しながら、シロウ・クロスは目から静かに炎を揺らしそう言って剣を構える。


「私も引くつもりはございません。『誰にも負けないものを持つこと』を心情とするエンデスヘルツのこの私が、こんな魔物モドキに退くなど……ありえませんので」


 続けてキャロライン選手が目をから炎を激しく揺らしながらそう言って構える。


 そして。


「僕も……僕は、冒険者になる為に徹底的に鍛えてきたんだ! この時のために僕は鍛えてきたんだ! 引かない、引けない……引くわけがないッ‼ こいつは、ここで畳む‼」


 僕もまた、目から黒い炎を噴き出させながら叫ぶ。


 この状況で引けるように僕は出来ていない。

 ここで戦うために、ここでみんなを守れるように僕は鍛えてきたんだ。


 相手は人ではない、存分にやれる。


ア――――――――――D5ア――――G4ア――――――――――F5


 アルコ氏は音響魔法を使いながら、てきぱきとハンドサインを送る。


「……前衛盾役にキャロライン・エンデスヘルツ! 前衛火力に俺! 後衛火力にチャコール・ポートマン! アルコさんは後衛サポートをしながら指揮に回るとのこと! 陣形が整い次第、音響魔法を止める!」


 シロウ・クロスがハンドサインを読み取って、僕たちに共有を行う。


 連携指示に従って僕らは配置に着く。

 本当は前衛火力が良かったけど、とても妥当な役割り配置だ。

 この中で最も防御性能のあるキャロライン選手が盾役、帝国軍の訓練生であるシロウ・クロスが怪我を負いやすい前衛火力、そしてこの中だったら僕が一番魔法を使えるので後衛火力だ。


「まずは各自物理防御魔法を展開、キャロライン嬢は基本的に避けることに専念して前足からの攻撃だけをいなして崩して。シロウ君は崩された前足を斬り崩して動きを止めて、その瞬間にチャコール君は攻撃魔法を放って」


 アルコ氏は完全に戦闘状況への対応に思考を切りかえて連携指示を出す。


 シンプルな連携指示だけど的確だ。

 即席パーティだし全員魔物討伐の素人、各役割はシンプルなほどに良い。


 実際、全員から緊張が伝わってくる。

 観客席も大混乱だ。恐らくアルコ氏の仲間が避難誘導や安全確保に動いているんだろうけど……こんな時に限ってバリィさん見に来てねーんだもんな。なにやってんだよ親バカ巨乳好き。


 単純にこんな巨大で異形の存在が襲ってくる恐怖は凄まじい、親父たちはこんなものと戦っていたのか?


 やっぱすげえな冒険者……、憧れてしまう。


 そんなことを頭の中で巡らしていると。


「――――‼」


 魔物からの攻撃を躱し続けていたキャロライン選手が、震脚からの化勁で前足の攻撃をいなして崩す。


「ぅおおおおらぁあ――――――ああっ‼」


 シロウ・クロスが身体強化と風魔法かなんかで作ったジェット推進で前足を叩き斬る。


 前足を斬られたことで動きが止まる。

 居着きが生まれたので。


 僕はほぼ同時に。

 範囲消滅魔法で魔物を消し飛ばした。


「……状況終了、協力感謝します」


 格技場に空いた穴を見て、アルコ氏がそう告げた。


 ふー、良かった。

 おふくろが言ってた魔法融解を使うような魔物じゃなくて良かった。


「おい馬鹿おまえ、魔物の死体ごと消してどうすんだ。軍での調査ができないだろうが」


 ほっとしたところでシロウ・クロスが僕に突っかかってくる。


「あ? 死んだ魔物から解析できることなんかたかが知れてるだろ。行動パターンやヘイト優先順位とかの解析は戦闘中にやっとけ七光り、今は迅速な討伐の方が大事だろ。父親に教わってないのか?」


 僕は突っかかってきたシロウ・クロスに対して煽りながら正論を返す。


「なんでおまえは俺の父親について知ってるんだ……あんま言うなよそれ、広まるとジャンポール師匠が天井に埋められてしまう」


 諦めたようにシロウ・クロスはそう言って剣を空間魔法で仕舞う。


「はいはい! 無駄口叩いてないで避難して! シロウ君はこのまま私と避難誘導に参加! 第三騎兵団全体での通信網で状況把握!」


 そんな会話に割り込むようにアルコ氏が帝国軍人としての仕事を始める。


 さてさて、こうなったら僕はただの一般市民だ。

 ここからは帝国軍の方々の話だ。


 まあとりあえず今はなんとか事なきを得たけれど。

 大会はめちゃくちゃ……この後の開催はどうなるんだろう。


 それに僕たちはこの時。

 既に帝国中で同時多発に【ワンスモア】の襲撃が起こっていることに気づいていなかった。


 いやまあ、気づけるわけもないんだけど。


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