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02この一撃は少しだけ世界を動かす

 ラビット選手はめちゃくちゃ技量もあるし練度の高さもあるけれど、なにより暴力的な印象を受けた。

 殺意が高いというか勝利に対して苛烈、勝てればなんでもいいみたいな思想が透けて見えるような。


 その思想自体は凄まじく共感出来るものだ。

 大事なのは目標達成、徹底した遂行だからね。

 ファッションセンスには共感できないけど、その思想は僕もほぼ同じだ。


 だからこそ、僕はラビット選手の強さが嫌という程に理解出来てしまう。


「……よ、よろしくお願いします」


 僕はポーズを決めるラビット選手に恐る恐る声をかける。


「あ、はい。よろしくお願いします。あの……よろしければ後でサイン頂けますか? 君はきっと人気選手になりそうだから」


 ラビット選手は僕に向き直して穏やかな声でそう返した。


 い、良い奴なのか……? いや……っ、逆に怖い! 怖い怖い怖いダメだ。怖さが増しただけだ、この会話……っ。


 でも一応対策というか、メリッサさんとの模擬戦で連続目視転移を用いた戦法を経験している。

 投擲攻撃に関してもアカカゲさんにやられまくった。


 決して対応出来ないものじゃあない。

 死にかけまくったけど。


 なんて考えていたところで。


「それでは準々決勝! 試合開始イィ――〜〜〜〜ッ‼」


 アルコ氏が試合開始を告げる。


 さあ、畳むか。


 物理障壁を展開し視力強化をかけて、構える。


 目視転移は視線の先跳ぶ魔法だ。

 空間跳躍で転移のラグは瞬きにも満たない、体感的にも事実として瞬間移動だ。


 理論上の対策としては空間跳躍時に用いる時空間トンネルへの魔力的な干渉だが、おふくろがギリ出来るか出来ないかってレベルのことを僕が出来るわけがない。時空間トンネルに干渉し転移を行った人間を任意の転移地点に跳ばす『転移阻害転移結晶』もかなり複雑に魔力回路を刻んでやっと造れるものだ。複雑すぎて多少の量産は出来ているけど大量生産までには至っていないらしい。


 でも目視転移ならそこまでの対策を行わずとも、視線を読んで何処に跳ぶかを予想しながら戦うことは可能だ。


 そのための視力強化。

 これあんまり使うと後で頭痛くなるからあんまりやりたくないけど、これで目視転移に対応する。


 そして狙いは魔力追尾転移からの、負荷耐性部分硬化による近接格闘戦。

 ソフィアさんとの二回戦が終わってから、今日の準々決勝直前までの期間中僕はずっと負荷耐性部分硬化魔法の修行を行っていた。


 まだ不十分ではあるけど、かなりかたちにはなった。

 相手は元王者、試すのに不足はないどころか過剰なくらいだ。

 当たりゃあ勝ち、一撃で決める。


「――さあ、遊ぼうか」


 ラビット選手は構えた僕に向かって、真っ赤に塗った口角を上げてそう言い。


 跳んだ。


 僕は、同時に視線の先に螺旋光線を放ちながら視線を向けるが。


「――――っ⁉」


 

 そう認識したのと同時に、物理障壁に錆びた出刃包丁が突き刺さる。


 目視していた場所に跳んでいない……?

 転移先を確認しないなんてことありえるのか?


 確かめる意味も込めて更にラビット選手の視線の先へ螺旋光線を放つが。


 やはり居ない……っ、嘘だろ? 本当に見てないのか?


 転移魔法は転移先に障害物があった場合、障害物に埋まって下手したら即死もありえる事故が起こり得る。

 だから長距離転移の際には決められた転移ポイントに跳ぶか、一度行って安全が確認出来ている上空に跳ぶ。これは僕もそうだしおふくろもそうだ、身体の頑丈さや魔法技量は関係ない。


 目視転移も安全な転移先を目視確認をして跳ぶ。

 そりゃ、見なくても跳べるには跳べるが……出来るわけがない。

 勘で跳んでいるなら運が良かっただけだ、たまたま死んでないだけ。

 いや『纒着結界装置』があるから死にはしないだろうけど、開始一秒で試合が終わることも有り得る。


 イカれている。

 これに関しては見た目通りだ、むしろ驚きはない。


 こんな思考の間にも物理障壁に錆びた出刃包丁やナイフや杭が突き刺さっていく。


 全っ然捉えらんねぇっ、なんだこいつ無茶苦茶だ。

 とっくに視力での補足は諦めて魔力感知で捉えようとしているが、無理だ!


 丁寧に跳んだ地点に魔力分身を置いてやがる、魔力感知対策も万全だ。イカれてるくせに丁寧な戦い方、徹底してやがる……っ。


 冷静になれ。

 一撃でいい、捉えりゃあいいだけ。


 魔力感知の範囲を格技場全域に、感度を上げる。


 疑似加速改は使わない。

 奥の手というか、あれは対シロウ・クロス専用の魔法だ。

 いやまあ別に使ってもいいけど全帝放送される場で使ったら、帝国軍に目をつけられる。

 ただでさえ僕は旧公国勇者パーティの魔法使いの子だ。けっこうちゃんと怒られて、シロウ・クロス戦で使用が禁止されることも考えられる。


 でも、思考加速までならまずバレない。

 バレなきゃ使うさ、そうやって育った。


 魔力感知に思考加速を重ねて、ラビット選手の魔力を精査する。なんというか生っぽい魔力が実体のはずだ。

 縦横無尽に跳び回る魔力を、何百倍も加速させた思考で加速させて。


 


 僕は右ストレートを放ちながら、魔力追尾転移でラビット選手の目の前に跳んでそのまま顔面を殴り抜け――――。


「――っだぁ……ッ⁉」


 完璧に転移タイミングが重なって必中のはずだった僕の右ストレートに対して、ラビット選手はローリングソバット合わせて僕の顎を跳ね上げる。


 合わせてきた……っ、でも捉えた! このまま押し切るッ‼


 アカカゲさんから習った躰道の基礎的な身体操作を用いて、メリッサさんから教わった上に反応させての前足からの三日月蹴りで鳩尾を狙う。


 しかしラビット選手は大きく仰け反るスウェイバックで躱しながら、地面スレスレからすくい上げるようなボディアッパーを返され。


 そのまま腕をぐるんと回して捨て身気味の胴回し浴びせ蹴りをやってきたのをガードする。


 甘くねえ……っ!

 近接格闘の技量も高いのかよ、こいつ!

 打撃も硬いし重い、ちゃんと身体強化の出力に緩急をつけて動いている。


 ガードした腕に足を引っ掛けて、引き寄せるように空間魔法で出したナイフで首を狙ってきたので腕を振って投げ捨てるが。


 その飛ばされた慣性のまま、またもや運頼みの短距離転移で離脱し投擲攻撃に切り替えてくる。


 くっそ、仕切り直された。

 投げ捨ては悪手だった、近接状況を継続させるべきだった。


 あー、かなり近接格闘戦の勉強になった。

 そしてわかった勝てん。

 もう、諦めよう……ダメだ。


 負荷耐性部分硬化を用いた近接格闘戦狙いでは、このうさぎには勝てない。


 新戦術を試すには強すぎた。

 もう少しで掴めそうではあるけれど、そのもう少しに付き合ってくれるような甘さはない。


 一旦、切り替える。

 勝ち方に拘らない、一番勝てるやり方に切り替える。


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