俺、バリィ・バルーンは…………まあそんなことはどうでもいい。
「……あ、
俺は旧友の名前を口にする。
今日は全帝国総合戦闘競技選手権大会の、第二回戦が行われる日。
愛娘に弟分の子と親友の子が出るということで、流石に見に来た。
弟分の夫婦も親友の夫婦も理由は違うがあんまり自由には動けない事情があるので、何のしがらみもないただの夫婦である俺たちは仕事を休んで観客席から大して興味のない模擬戦モドキを眺めていた。
んで、チャコの試合ということで喫煙所には行かずに一応ちゃんと見ていたんだが……。
最初は談合でもしてるんじゃないかと思うような無駄な三十秒ほどの膠着状態が気になりはしたが、対戦相手のソフィア嬢が出した人形に驚いてどうでもよくなった。
赤髪に赤いマフラー、短刀や棒手裏剣に空間魔法。
旧友のアカカゲ・ブラッドムーンにそっくりな人形を使って戦い始めた。
アカカゲは俺が冒険者をやってた頃の後輩だ。
トーンの町のギルドで、凄腕美人バトルヒーラーのキャミィと同期でベテラン勢たちとパーティを組んでいた。
スキルは『忍者』で、元暗殺者。
役割は前衛回避盾を専門にしていて、武器は短刀や棒手裏剣やワイヤーを好んで使って空間魔法や煙幕を得意としていた。
暗殺者の一族出身で対人戦闘技量はトーンの冒険者ではトップ。
魔物討伐ではなく対人を専門にしていたブライに並ぶ。
躰道や暗殺術や忍道を用いた身体操作で、前衛回避盾をやっていた。後に勇者となったメリッサにも影響を与えた回避盾だ。
顔とかは無機質でアカカゲみたいなマネキン人形が器用に動いている気味の悪さはあったが、面白い戦い方だと思った。
まあ、恐らくアカカゲをモデルに作ったというよりアカカゲが暮らしていたという隠れ里の暗殺者たちの情報をどこかから見つけ出してモデルにしたのだろう。ソフィア嬢はセブン地域の選手だし、ありえない話ではない。そもそもピンポイントでアカカゲがモデルになるわけもないか、あいつは有名人でもなんでもない。
それなら格好とか武器とか戦い方がアカカゲに似るのはわかる。
そんな話をリコーとしながら試合を眺めていた。
いやしかし……見れば見るほどアカカゲに見えた。気味が悪いほどにアカカゲっぽかった。
見た目だけじゃなくて体捌きや戦術というか動きがアカカゲっぽい。
なんだ? どうなってんだ。あれはソフィア嬢が操作してるんだよな……?
それにしては動きが複雑すぎる、本当に二対一の状況を作りだしているように見える。
どんな練度なんだ。学生時代も含めてライラとは当たったことがなかったと思うから詳しくは知らないが、こんな芸当が出来るならライラと当たっていてもおかしくないはずだが。まあわりと最近になって伸びた選手なのかもな。
正直戦いは連携だとしか考えられない老害な俺はソフィア嬢の疑似的な連携を作り上げる戦い方はかなり魅力的というか、わりとこの競技における正解なんじゃないかとも思えてしまう。ちょっと終わったらライラにも評価話聞いてみよう、多分ライラもこの戦い方はかなり評価高いと思う。
なんて考えながらも試合は進み、アカカゲ人形とソフィア嬢のなかなかな連携でまあまあチャコが無様にやられていたところで。
アカカゲ人形とソフィア嬢の引き離しに成功し、筋肉転移によるチャコの一撃必殺が決まろうとした。
その瞬間。
「………なぁぁぁにやってんだブラキィィィイスッ‼」
そんな聞き覚えのある声と共に。
とてつもない速さでソフィア嬢とチャコの間に割って入り、躰道の卍蹴りのかたちでチャコの大斧を蹴り弾いて。
「……ブラキス、てめえイカレてんのか? キャミィに向けて斧振り回して…………、誰に手え出してんだ馬鹿筋肉ダルマが」
そんな、二十年以上前にさんざっぱら聞いたようなことを言って。
「てめえは畳んで、ギルドに吊るす。その後バリィとリコーも連帯責任で、畳む!」
顔も声も口調も何もかもアカカゲになった人形は、アカカゲみたいな啖呵を切ったのだった。
そりゃあ驚くだろ。
アカカゲは二十年前、まだセブン公国だった頃に大型魔物の氾濫で起こった【西の大討伐】で死んだ。
それが……。
「……ねえ、あれってアカカゲ……よね? 私たちの名前も出して……どういうこと?」
妻のリコーが震えた声で俺に尋ねる。
……考えるか、分析は俺の役割だ。思考を加速させる。
とりあえず、ありゃあ間違いなくアカカゲだ。
無機質な顔から、血色の良い人肌になっているし目玉もしっかり赤眼で赤く燃えてやがる。
他人でも死人でもなく、アカカゲだ……しかも二十年前の、あの頃のままのアカカゲでしかない。
実は生きていて人形の中に入ってたとか、実は隠し子がいて人形の中に入ってたとかじゃあねえ。
生きていたのならアカカゲは四十過ぎだし、隠し子を産むとしたらキャミィしかない。あいつには他所に女を作るような甲斐性はなかったし、基本的にいつもキャミィと一緒だった。
アカカゲは死んだ。
じゃあありゃあなんだ?
いや、他ならぬソフィア嬢が言っていたか。
残留思念魔力変換機構搭載型半自律行動戦闘用『自動人形』通称『赤』……。
試合中の発言は格技場に取り付けられている『集音魔動装置』で観客席に聴こえるようになっている。今はだいぶ減ったが詠唱ありの魔法を使った時に詠唱も聞こえるようにされている。
要は、ありゃあ魔動兵器の類い。
しかも最新鋭の、自律行動を行うまさに『自動人形』だ。
正直、冒険者崩れのただの教員じゃあ専門的すぎてわからねえが……名称から察する限り残留思念とやらを読み取って魔力変換をさせて動かす。
さらに残留思念とやらを用いることで、自律行動を可能としている。
残留思念……これが、もしオカルト的な死者の意識が残ったものみたいな意味合いだとしたら。
アカカゲの残留思念とやらを読み取って、アカカゲの動きをする人形を造り上げた。
しかも、人形にはあれだ……『思念影響魔力金属』だっけな。思念情報によって形状や材質が変化する魔動研究会が発表した万能金属だ。職業柄、一応論文には目を通した。将来的には人工臓器や欠損部位への義体として医学的な利用も想定されていた。
それが残留思念とやらと噛み合って、アカカゲの眉なし顔や声まで再現しちまってんのか。
記憶や感情もそのままだ。
まあ、混乱は見られるが……チャコをブラキスと認識しているしソフィア嬢をキャミィだと思っているようだが……。
こいつは、つまり――――。
「…………ぅぷ……っ」
猛烈な吐き気を無理矢理抑え込む。
これは、
人が生き返った。
かつての仲間が目の前に現れた事実に。
感動よりも、強烈な違和感や嫌悪感が勝ってしまった。