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02自覚のない狂気は稀に奇跡を起こすこともある

 あ、え? たしかこの人ってナナシ・ムキメイ選手……だっけ。

 Bブロックで一回戦を突破していた全帝選手だ。


 えー、あの白い格好って大会用のコスチュームじゃなくて普段からこんな白いの? カレーうどんとか食べない人なのかな。


 っていうかなんでこんなセブン地域の南に……? というかセブン地域に? Bブロック選手とは当たることはないと思ってるから全然調べてないけど少なくともセブン地域の選手ではない。


 まあ……別に私もサウシスの人間じゃないし、誰がどこにいてもおかしなことはないか。

 なんかナナシ選手はサウシスに縁がある雰囲気だし、まあここは素直に偶然出会った顔見知りに頼ろう。


「はい、ちょっと困ってて。サウシス魔法学校ってどっちに行けばいいかわかります?」


 私はナナシ選手にそう返すと。


「ううん知らない、僕もここ初めて来たし。そんなことより君ってこの世界に不満ある?」


 ナナシ選手はなんの脈略もなく、私の問いを完全に無視してそんな問いを投げかけてきた。


 ええ……? 知らないのに声をかけてきたの?


 というか不満……?

 いやまあ研究費とか自宅のクローゼットが扉は立派なのに奥行きが薄いというか浅いとか現在進行形で道に迷ってるとかありますが……。


 世界規模の不満……まあ、魔力伝達速度とか思念伝達による影響幅の観測とかもっと簡単に出来たらいいのにとは思うけど簡単に出来るようにするのが私たち仕事なわけだし。


「特にないですけど…………あの、なんの話――――」


 と、私が答えたところで風が吹いた。


 やや強めのただの風、髪がなびいて一瞬だけ目を閉じた。


「――あれ?」


 目を開けて私はつい声を出す。


 今の今まで目の前にいたナナシ選手が消えていた。

 転移? 光学迷彩? というか、なんだったんだろ。


 何か探りたかったのかな……、いやでも私みたいな次にでも敗退するであろう選手の何を知りたいの?

 絶対私は決勝なんて残らないと思うけど、Aブロックから決勝に進むとしたら優勝候補の八極令嬢キャロライン・エンデスヘルツ氏とかラビット・ヒット氏とかダークホースのチャコール・ポートマン氏くらいなものだ。


 というかBブロックにはシロウ・クロスがいるんだから、まずはそこの対策を考えないとならないはずです。


「まさか………………私はナンパされていた……?」


 私は一人、恐らく不正解な仮説を呟いた。


 閑話休題。


 強硬策に打って出るべく。

 ナナシ選手が去っていってから結局私は一人で歩き回って、魔法学校へとたどり着きました。


 そこからしばらく張り込んで、門から出てくるチャコール・ポートマン氏とライラ・バルーンさんを見つけて尾行しました。


 チャコール氏は大きくて見失わずに着いていくことが出来たのは良かったのですが、ライラさんも一緒とは……。

 まあライラさんは魔法学校出身でサウシス在住で現役の図書館司書ということなので居てもおかしくないしチャコール氏と親しくてもおかしくないのですが。


 ライラさん……ちょっと怖いんだよぁ……。

 いや意地悪されたとか怒られたとかはないんですけど、単純に同じ地域で同じ世代で同じ競技をしていて好成績を残した先輩なので緊張するというか……。


 うーん仕方ない……、タイミングを選べるような段階にない。


 私の目的を達成するには、恥も外聞も何もかも関係なく愚かに突き進むしかないのです。


「あの……、チャコール・ポートマンさんですよね? 私は第二回戦で戦うソフィア・ブルームと申します……今ちょっとだけお時間よろしいですか?」


 私はカフェのテラス席でライラさんとお茶をしていたチャコール氏に声をかけました。


「ええ……? はい僕がチャコール・ポートマンですけど……」


 突然の来訪に驚きつつ怪訝な顔でチャコール氏は返す。


「お時間よろしいわけないでしょソフィア、見ての通りチャコは私とデート中なのよ。イチャイチャしてるの、邪魔しないで」


 不機嫌そうにライラさんが私に向けて言う。


 いや、それはそうです。

 同じ魔法学校の先輩後輩ではあるのはわかってましたが、まさか二人がそういう関係とは知りませんでした。


 実際めちゃくちゃ声をかけづらかったけど、このまま二人どこかの宿に消えてしまう前に話しかけなくてはならないのでチャンスは今しかなかったのです。


「まあまあライラちゃん……、この方は学校出たところから僕のことを尾行してたくらいに何かを伝えようとしてるみたいだからちょっとくらい話を聞いてみようよ」


 落ち着いてチャコール氏はライラさんをたしなめるように言う。


 き、気づかれていた……。

 まあ素人丸出しの尾行なので粗だらけだとは思いますが……。


「はあ……、まあいいわよ。座りなさいソフィア」


 呆れ気味にライラさんは着座を促す。


 実はライラさんとはそれなりに面識があります。


 年が近いし学生時代からセブン地域内の大会で顔を合わせていました。

 まあ、試合で当たるほど私は勝てる選手じゃなかったので手合わせしたことはないのですが。


「では、単刀直入に申し上げます。チャコール・ポートマンさん! 私との試合で、手を出さないでください……! お願いします!」


 着座してすぐ、頭を深く下げて私は切り込む。


 もう直球勝負、直接お願いするしか他に方法はないのです。


「嫌だよ。三十秒って長いよ、開始距離八メートルの接近に二秒だったとしてナイフを抜いて頸動脈を掻き切るまでにもたついて全体で五秒程度もあれば僕は死んでしまう」


 チャコール氏は困った顔で、これ以上ないほどの正論を返す。


「こ、こちらからも三十秒間は手出ししません! 準備の時間が欲しいんです! 研究発表のために人形を動かすための時間を――……」


 私はここからちゃんと全てを打ち明ける。


 人形が動き出すまでの時間が欲しいこと。

 研究の発表がしたいこと。

 準備に必要な三十秒間を戦いながら耐える技量が私にはないこと。

 どうしても全土放送に私の研究成果を映したいこと。


 その為なら、負けてもいいとすら思っていること。


 そんな自分勝手が過ぎる一方的なお願いを語りました。


 すると。


「ふーん、いいんじゃない? チャコ飲んであげなさいよ」


 ライラさんから予想外の肯定意見が飛び出る。


「……いやライラちゃんそれ、飲んだ上で三十秒の間に攻撃するつもりでしょ……」


 呆れ気味にチャコール氏はライラさんの言葉の裏を明かす。


「当然でしょ。別にこんな八百長紛いな約束を守る理由もないし、わざわざ三十秒も自由時間くれるんなら畳むに限るし、ほっといても三十秒も相手を自分勝手な理由で待たせたって負い目を抱えることになるんだからどっちにしろ勝つでしょ? だったらさっさと終わらせても同じよ」


 悪びれることもなくライラさんは淡々とクリームソーダのバニラアイスを溶かしながら知略を語る。


「うーん、その通り……。畳める時に畳めって僕も習ったし、どう考えてもそうするのが正解だ」


 チャコール氏はライラさんのセオリーに同意を示す。


 ですよねぇ……。

 こんな意味のわからない何の得もない提案を飲むわけがない……。

 これは彼の傲慢さや慈悲深さに甘えようとする八百長紛いのお願いなのです。


 でもそんなものに頼るしかないほどに、私も私で本気なのよね。


「……私には夢がある。私の生きている時間の中で可能な限り世界を前に進めたい、その為になら何でもする。こんな無様なお願いだって、平気でします。だってマジだから」


 私は頭を下げた状態から少し顔を上げて言うと、心の熱が魔力変換を起こして目から炎のようにゆらりと漏れ出る。


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