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03泣ける時に泣いておく癖が大人の涙腺を弱くする

 時計から目を格技場へと戻した瞬間。


 ファイブ・セブンティーン選手は動いた。


 とんでもない出力の光線魔法。

 戦術……いや下手したら戦略級魔法が発動出来るほどの魔力を圧縮した極太弩級出力光線魔法を。


 ライラちゃんへと放った。


 凄まじい閃光と衝撃が、観客席にまで伝わる。


 魔力が渦巻きすぎて魔力感知が出来ない、あまりやらないけど視力強化の魔法を使って格技場を見ると。


 四枚の盾が花開くように十字に展開し。

 くるくると十字を高速回転させて。

 盾に掛けた多重魔力導線と多重魔法障壁と物理障壁で光線を弾いて。

 光線を掻き分けながら。


 ゆっくりと前に進む、ライラちゃんの姿があった。


 極太弩級光線魔法は、約一分間照射され。


 やがて、光は消えた。


 観客たちが視線を戻した先に現れたのは。


 ファイブ選手の目の前で。

 四枚の大盾の先を攻撃的に相手に向けて。

 二本の短剣を構える。


 全くの無傷で不敵にニヤリと笑う。


 鉄壁天使ライラ・バルーンの姿だった。


「…………っ!」


 ゾクッとして思わず僕は目を見開く。


 いーや、かっこよすぎないかい? 惚れ直すどころじゃあないよこんなの。


 かっこよすぎるライラちゃんは構えた短剣を振り上げて、一歩踏み込んだところで。


「……降参だ。俺にはこれ以上の攻撃魔法は存在しない、それに今ので魔力切れだ。もう防御魔法もつかえない…………俺の時間はもう終わった」


 両手を挙げて、ファイブ・セブンティーン選手は清々しい表情でそう言ったところで。


「試合終了――――っ‼ 勝者! ライラ・バルーン選手‼ 鉄壁天使の名の通り、鉄壁な守りで見事な封殺‼」


 アルコ・ディアールさんが試合終了を告げる。


「一分間の真っ向勝負、楽しかったよ。また戦いましょうね」


 ライラちゃんはそう言い、にこりと可愛く笑って退場していった。


「いやぁ~……やっぱライラ先輩つっえぇや……って先生⁉」


 驚くテリィ君につられて、バリィさんを見ると。


「ひぐ……っ、ぉお、えぐっ、ライラぁ……、めちゃくちゃ良かったぞぉ……っぶぶ、うぅ……」


 大号泣しながら力強く拍手をしていた。


「ああ、気にしないで。わりと毎試合というか、三十中頃くらいから涙腺弱くなってなんかあると良くこうなるから」


 リコーさんが呆れるようにそう言って。


「はいはい、あんまり外で泣かないっていうか生徒の前で泣かないの。おっさんの号泣って若者にはストレスでしかないでしょ」


「ぅぅぅぅ……、すまん……」


 そんなやり取りをしながらリコーさんはバリィさんを抱きしめて顔を胸に埋めさせて慰める。


 なんかさっき帝国最強を泣かすとか抜かしていたのに……本人はこんなあっけなく大号泣って、すげえな清々しいほどの無様さだ。


 ……まあ何でもいいけど仲良いなこの夫婦、結婚二十一年目とかだろうに……うちの親も大概仲が良いとは思うけど……。


 僕もライラちゃんと二十年、仲良くいられるのだろうか……いや。

 バリィさんもリコーさんも、二十年前にそんなこと考えなかったはずだ。


 今、この好きという気持ちの延長線に過ぎないんだろう。

 だから僕は今、全力でライラちゃんを好きでいる。


 つまり、必ず僕はベスト4まで勝ち進むんだ。

 ライラちゃんの神試合からの、おっさんの号泣という思わぬところで僕の心に火がついてしまった。


「ちょっと、この人ぐずぐずで試合観れないだろうから私たちはライラの控え室に行くわね」


 リコーさんは号泣するバリィさんの手を引いて席を立つ。


「あ、僕も――」


「いや待てよ、チャコール」


 立ち上がろうとした僕を、テリィ君が引き止める。


「残り二戦……、賭けるぞ……っ!」


 そう言ったテリィ君の目は、ゆらりと炎が燃えていた。


 彼にも謎の火が点いたようだ。

 まあ、家族水入らずを邪魔しても悪いので僕はテリィ君と共に残りの二試合を見届けるか。

 そう思いながら格技場へ目を戻すと。


「僕も参加してもいいかい?」


 隣に座った、なんか真っ白な人が気さくに声をかけてきた。


「うお! ナナシ・ムキメイだ! 第十一試合でクラブ・エクソダスに勝ちやがったやつ!」


 テリィ君が真っ白な人に驚きつつも言うと。


「ああ見事一回戦を突破したナナシさんだ。ちゃんとさんを付けろよ、多分君くらいならぶっ飛ばせるくらいの実力差はあるんだから」


 真っ白な人、ナナシさんはへらへらと笑いながらテリィ君に返す。


 ああそうださっき試合で見た、全帝大会出場選手だ。

 確かに全帝本戦に出て、一回戦突破しているような力量があるならテリィ君じゃあ敵わない。


 話しかけられるまで近づかれたことに気づけなかった。

 独特な気配というか……、まあかなりの使い手ってことなんだろう。


「いいけど僕らは学食の食券を賭けてるんだよ。ナナシ選手は何を賭けるんだ?」


 僕はナナシ選手に賭けの内容を説明すると。


「ああそう、じゃあいいや。それより君はこの世界に不満とかあるかい?」


 と、興味なさそうに返して脈略のないことを問いながらナナシ選手は隣の席に座ってきた。


 え……いかれているのか?

 会話が成立してないのに会話を続けようとしている……。

 いやなんか僕が話を聞き逃したから話が飛んでるように感じて…………いやそんなこともないか。


 というか、またこんな初対面で思想強めな話題を振るって田舎者の僕でも天気か食事の話を振るぞ……恐ろしいな。


「えっと……世界に不満……? 規模が大きすぎやしないかい? 大なり小なりみんな不満はあるだろうけど、別にそんな規模感で不満を持つ人なんかいないだろ」


 僕は顔をひきつらせつつ、丁寧に答える。


「へえ、じゃあ質問を変えるよ。?」


 へらへらと、僕のドン引きオーラを無視してナナシ選手は質問を重ねる。


 面白いかどうか……か。


 これに関しては、一考せずにはいられない。

 僕があのブラックギルドで、毎日考えていたことだ。


 憧れた冒険者というものは【大変革】によって、落伍者と同じ意味の言葉となった。


 もし、まだ世界に魔物がいたら。

 スキルがあったら。

 親父やバリィさんの青春時代のような、面白みのある駆け抜けた日々に生きられたかもしれない。


 そんなことを考えない日はなかった。

 冒険者に憧れて、冒険者になる為に鍛えてきたのが無駄になり連勤恫喝謝罪徹夜の日々。


 つまらなかった、世界は面白くなかった。


 そこからギルドを辞めて、ライラちゃんと再開して、【総合戦闘競技】を始めて、学校行ったり大会出たり……。


 今は――――。


「おい! 始まるぞ! 俺はマックス・プラスマイナーに賭ける!」


 テリィ君の声に、格技場に目線を移す。


「あー、じゃあ僕はボーリング・カラオケ選手にするよ…………ってあれ」


 僕がテリィ君にそう返すと。


 ナナシ選手は、忽然と姿を消していた。


 どっかに跳んだか……? 魔力感知に引っかからなかったけど、凄い緻密な魔力操作と隠蔽力だな……。

 多分めちゃくちゃ強いけどBブロックの選手だから当たるとしても決勝戦だし、それまでにライラちゃんが勝つだろうから僕にはそれほど関係ない。

 だから、まあいいか。どうでも。


 そこから賭けは一勝一敗で、トータルで学食券二枚の勝ちということで幕を閉じた。

 しかし二週間後に行われた二回戦での賭けでは。


 僕とテリィ君は鉄板で鉄壁なはずの予想を大外しすることになるのだった。


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