当たるとしたら二回戦、生放送のある準々決勝以降には行かせずには済むか。
それに奴の一回戦の相手は優勝候補の魔族ニックス・ガーラ……、俺が何もせずとも初戦敗退も考えられる。
というか厳正な抽選と言っていたわりに、特殊任務攻略隊の面々が潰し合わずに準々決勝以降に進出できるように調整されている。
軍もなんとか、ある程度の介入は出来たということか。
「え……お兄ちゃん、一撃必殺マジカルマッスルって…………なに?」
「いやマジで聞いてくれよ……あの二つ名的なやつって自己申告しないと勝手に決められるらしくて、ライラちゃんの鉄壁天使ってのも勝手に決められたらしいんだよ。んでライラちゃんは鉄壁天使ってのが気に入ってないらしくて、変なのにされるくらいなら無記名じゃなくてちゃんと決めた方が良いって話になったんだ」
俺は監視しつつチャコール・ポートマンと、その妹の話に聞き耳を立てる。
「僕にはそんなセンスないし正直なんでもいいってのが本音なんだけど、バリィさんが一撃必殺は入れるべきだろって話になって、したらリコーさんが筋肉要素も入れようってなって、ライラちゃんがチャコは魔法も使うってなった結果が」
「一撃必殺マジカルマッスル…………いや、これ以上なく変なのになってない……?」
チャコール・ポートマンの説明に、その妹は戦慄しながら返す。
確かに……つーか俺も、いや俺ら全員それしくじった……。
選手登録用紙に何も書かなきゃ適当に向こうで決めてくれることを知らずに、全員バカ正直に空欄を埋めてしまった……。
特になしとか適当に提出したのは軒並み特殊任務攻略隊の隊員である。
全然違う地域から別々に出場してるテイなのになんか仲間みたいに……いやそれ以前にマヌケすぎてちょっと恥ずかしいんだが。
「まあでもライラちゃんと当たるとしたら決勝戦だよ。これならお兄ちゃんでも頑張ればなんとかベスト4に入れるかも」
「いやぁ……なんか僕のブロック今のチャンピオンとライラちゃん以外の優勝候補の方が多くないかい? さんざっぱらライラちゃんと当たるであろうフラグを立てておいたから逆に当たらないってパターン来たと思ったけど……、これはこれで大変だよ」
ポートマン兄妹はトーナメント表を眺めながら、そんなことを洩らす。
ベスト4……? 準決勝まで上がる気なのか?
目標が高すぎる。
準々決勝あたりで何かするんじゃないのか?
それに何か聞いてる感じなんか普通の若者というか……俺の勘違いだったか?
まあ異質には変わりないが異質なだけのただの兄妹といえば、それが一番しっくりくる。
「それでは現在二連覇中のチャンピオン、シロウ・クロス選手にインタビューを行いたいと思います! シロウ選手、こちらへどうぞ!」
司会進行が壇上にシロウ君を呼ぶと、気だるそうにシロウ君は壇上に上がる。
シロウ・クロス。
俺も所属する第三騎兵団の団長、帝国最強の軍人ジャンポール・アランドル=バスグラムの弟子だ。
去年まで第一帝国魔法学園の学生で今は士官学校で軍に入るべく訓練や勉強に励んでいるが。
シロウ君は既に完成している。
第三騎兵団名物【暴れ過ぎる捕虜】と呼ばれる、旧公国への侵攻から二十年間暴れすぎて軍の管理下から抜けられないブライ・スワロウという男とも最近はほとんど互角に戦えるようになった。
ちなみに第三騎兵団でブライ・スワロウとまともにやり合えるのは、ジャンポール団長くらいなものだ。俺は五十対一でも病院送りにされたことがある。単純に怪物だ。
さらに母親は魔動結社デイドリームにて最新鋭装備を開発して軍備強化を行ってくれている、あのセツナ・クロス氏。そもそもこの競技でも使われる『纒着結界装置』もシロウ君の母上が開発したものだ。
天才でエリートなサラブレッド。
そんな彼が母の『纒着結界装置』の広告塔として、趣味がてら参加した【総合戦闘競技】でもあっという間に帝国チャンピオンとなった。
今回の作戦についても、シロウ君にも説明済みであり有事の際には協力も得られることになっている。
「ーー今回も勝ち上がれば二回戦で鉄壁天使のライラ・バルーン選手との対戦となりますが、シロウ選手が唯一判定でしか勝利出来ていない相手となりますが今回はやはり結界消耗での勝ちを狙いますか?」
いくつかの質問をして、司会者はシロウ君にそれを聞く。
シロウ君は無敗だ。
それもライラ・バルーン以外の選手は『纒着結界装置』の限界値まで攻撃を当てて勝利をしている。
ルール上、一応制限時間が設けられているがなかなか制限時間いっぱいまで勝負がもつれ込む試合は全体を見てもなかなかない。
「さあ、勝ちは勝ちなので勝ち方にはこだわりませんね。ただライラ選手の試合は長いので、早く終わるようにはしたいです」
シロウ君がさらりとそう答えたところで。
「あのー、よろしいですか……?」
高い位置からさらに手を挙げて、チャコール・ポートマンが壇上に近づく。
俺は咄嗟に警戒レベルを上げる。
なんだ、何をする気だ?
「ごめんなさい、ライラちゃんが仕事で来れないのでシロウ選手が自身について語った場合のアンサー用伝言を預かってるんですが読み上げてもよろしいですか?」
と、チャコール・ポートマンは何やら手紙を広げる。
「あのね君、それは後で――――」
「……どうぞ」
司会者を無視して、シロウ君は許可を出す。
「えー『どうせ、早く終わらせるとか頭の悪いことを言ってると思うけど。実戦における倒し切れないってのは敗北と同義ってことをわかっているのに気にしないフリをしてかっこつけちゃってるところ悪いけど、私の盾くらいあんたの父親なら余裕で――――」
そこまで読み上げたところで。
シロウ君は目にも止まらぬ速さで、チャコール・ポートマンの手紙を奪い去る。
全く見えなかった、転移でもない。凄まじい加速力……まるでジャンポール団長のような動きだ。
「……まだ読んでる途中だったんだけど。まあいいや、それあげるから読んどいといて。それと、これは個人的なあれだけど――」
特に驚く様子もなく、チャコール・ポートマンはあっさりと前置いて。
「ライラちゃんを舐めんなよ。畳むぞ、七光り」
目から真っ黒な炎を揺らしながら、凄まじい気迫でそう言った。
前言撤回、全てを撤回する。
まずこいつは【ワンスモア】の一員ではないし。
異質なだけの普通の若者でもない。
人目も流れも気にせずに当たり前のように宣戦布告出来るイカれ野郎だ。
ブライ・スワロウとかに近い……、暴力的で過剰で苛烈だ。
少なくとも何かの組織に属していられるような人間じゃあない。
疑惑は杞憂だったが危険性は想像以上……、こいつが現場に居るとなると何をしでかすかわからない。
必ず二回戦で、この俺が倒す。
俺はそう誓い、心に火を灯すも。
なんか一回戦で、人形遣いソフィア・ブルームに瞬殺されて敗退し。
心に灯った火が燃え上がることはなく、二日目からは観客席に混ざって警戒任務についたのだった。