サウシスの街でライラちゃんと一緒に遊んでいたら、近くに住む子供たちに石を投げられた。僕らより少し大きい子供たちだった。
石は背中に当たった。
痛くはなかったけど幼い僕は明確に向けられた悪意に驚いた。
「おまえの親が公国を、見捨てたんだ!」
「戦犯の子が! おまえの親のせいだ!」
「おまえらのせいで公国は負けたんだ!」
なんてことを矢継ぎ早に言われ、また石を投げられた。
それを。
「やめて! 危ないでしょ‼」
ライラちゃんは僕の前に出て、飛んでくる石を咄嗟に手で弾いた。
手から血が出ていたし、怖かったはずなのに。
ライラちゃんは僕の前に立ち続けた。
それでも面白がって意地悪な子供たちは石を投げてきた。
怖かった、何も出来なかった。
ライラちゃんも震えていたし、ずっと泣きそうなのを唇を噛み締めて耐えていた。
でも、ライラちゃんは立ち向かった。
悔しかった、申し訳なかった、恥ずかしかった。
同時に、勇気を持つライラちゃんに心の底から憧れて惹かれた。
その時にはわからなかったけれど、後から考えたら明確に、この時に僕はライラちゃんに恋をしたんだ。
物心ついた時にはライラちゃんは当たり前にいた。
よく遊んでくれて、いっつも元気いっぱい。
ずっと変わらず優しくて鋭くて可愛い。
頼りになって、大好きだ。
そんなライラちゃんを守れるように成りたい。
僕が冒険者に憧れた理由の一つとしても、これが挙げられる。
親父やバリィさんやリコーさんの語る、かつての冒険者としての戦いの日々。
元勇者パーティのおふくろと医者のクライスさんの語る、冒険者たちの生き方。
そんな話とライラちゃんの姿に幼き日の僕は感銘と影響を受けた。
僕の中の強さ、かっこよさ、正しさは出来上がっていった。
ライラちゃんに頼られたのなら、知らない競技の大会に出たり今更学生になることなんて苦でもなんでもない。
間違いなく僕はライラちゃんが好きだ。
しかも多分ライラちゃんが僕を男として好いてくれるより先に、僕が好きになった。
ちなみに。
僕らに石を投げてきた子供たちは風系統魔法の爆風に乗って飛んできたバリィさんが、およそ見知らぬ子供に当てるにはやり過ぎとしか言えない顔面へのマジローリングソバットをぶちかましてから合気でぶん投げて固着した空気で足を固定して逆さ吊りにした。
騒ぎを聞きつけてやってきた子供たちの保護者もぶん投げて水系統の魔法でひとしきり溺れさせてから。
「てめぇらが何の正義で動いてんのか知らねえが、うちの娘泣かすやつは殺すし。変な報復を考えてんだったら、てめぇらのガキを合い挽き肉にして食わせてから殺す。相手見て喧嘩売れよ、俺は大抵の問題は暴力で解決できると知っているタイプの人間だ。二度と関わんなよ」
なんて全員正座させて恫喝…………もとい説教をして翌週には全員何処かに引越して行ったが、リコーさんにやり過ぎだと怒られていた。
この時に僕は親告罪は告訴させなければ何も起こってないのと同じになってしまうという、世の中の歪みを知った。
まあ兎にも角にも。
僕は、そんなことをバリィさんに打ち明けた。
恥ずかしげもなく。
堂々と、なんの負い目もなく語った。
嘘偽りはない、本音だ。
今日バリィさんは、僕と和解をしたいのではなく腹を割って話そうしているんだと思った。
だから、僕も誠実に答える。
「…………なるほどな。そうか……」
バリィさんは僕の話をじっくりと聞いて咀嚼した話を流し込むように、トーンの地酒を流しこんで。
「三年前、俺がおまえをぶっ殺そうとして返り討ちにあった時」
この会の核心について、語り始める。
「俺は間違ったことをしていないと思っている。だから謝らねえし、俺から歩み寄るようなことはしなかった」
平坦な口調で、バリィさんは続ける。
「だが、おまえらは大人になった。まあ俺からするとまだまだ子供だがライラは司書として社会の一員となったし、おまえも家を出てなんだかんだ自立した生活を送っている」
片手酌で酒を注ぎながら、語りは続く。
「俺は相変わらずだが、おまえらが勝手に俺の要求する位置まで歩み寄ってきたんだ。もう基本的に当人同士に任せてもいいんじゃあないかと思っている反面、不安要素や懸念事項がいくつかある」
言い終わりと同時に、ぐっと酒を煽る。
「まず、おまえはちゃんと学校に通え。今回の大会のファイトマネーがあるから当面食っては行けるんだろうが、次の仕事を見つけるのにサウシス魔法学校卒業は何をするにしても有って損はしない。今は飛び級制度もあるし、おまえなら一年もありゃあ卒業出来るだろう」
真摯に、淡々と用意していたかのような流暢さでバリィさんは語る。
「次に、とりあえず全帝国総合戦闘競技選手権大会で
これまた流暢にさらに続けて。
「確かに、不用意に人を傷つけるのは良くない。だがそれが必要な時に躊躇う者は人を守れない。自らを臆病者と称するブラキスも仲間内で一番弱い俺も、クライス君やダイル君も、そういう覚悟を持って家族を愛している」
低い声で感情的にならないように僕に、自身の思想を告げる。
「おまえがあの時、妹を守るために俺のことをマジで殺そうとしたのは正しい。法律や倫理や道徳なんてもんを考えずにいうのなら、あの時のおまえは何も間違っていない。悔やむな、強くあれ」
やや力強く、僕の心のトゲを抜く言葉を向けた。
「…………わかりました」
僕はバリィさんの言葉をゆっくりと飲み込んで、余計なことは言わずシンプルな返事を返した。
そんな僕の返事を聞いて。
「……意外というか信じられないかもしれんが、別に俺は自由恋愛で誰かの許しだとかそんなもんは必要ないと思っている」
バリィさんは今度は、やや優しい表情で語り出す。
「俺の親はとっくに居ねえし、リコーの親にもライラが生まれてから結婚の報告をしに行ったくらいだった……、でも親になってわかった。どうしようもないほどに、心配には抗えねえんだわ」
眉をひそめて、情けなさそうに胸中をさらけ出す。
「俺はライラを、リコーと同じく宇宙で最も愛している。一秒でも長い時間を幸せでいて欲しいんだ。だから、めんどくせえおっさんに絡まれて仕方ねえって諦めてくれ」
にこっと笑いながら続けて。
「それに俺は……、おまえのことも心配なんだ」
片手酌で僕のグラスに、トーンの酒を向けながらそう言った。
「……まあ、余計なお世話ですね」
僕は少し笑いながらグラスを差し出して、お酌を受け入れる。
「はっ、抜かせ小童が。次やり合う時はマジで畳むからな」
バリィさんは笑顔でそう言いながらグラスをこちらに掲げたので、僕は合わせて乾杯をした。