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06十人十色はめんどうな奴らを黙らすために作った詭弁

「がんばれ専務ー! ぶっ飛ばしてくれー!」


「父さーん! 頑張ってー!」


「トラジ行けるぞ‼ おまえが最強だぁ‼」


 客席から同僚や家族からの声援が飛んでくる。


 まさかただのおっさんである俺なんかが準決勝まで来れるとは思わなかった。

 既に想定を遥かに超えた成果を上げている。


 だからこそ欲が出る。

 ここを勝てれば、予選決勝戦だ。


 …………いや、囚われるな。執着は居着きを生むからな。


 俺はただ、一度でも多く戦いたいだけだ。

 若い頃を思い出してはしゃいで暴れ倒したいだけの厄介おじさん、俺はそれでいいし実際にそれだ。


「では東側、サウシス魔法学校戦闘部チャコール・ポートマン選手」


 そう呼ばれ、大きな若者が入場する。


 彼は強い。


 初戦も圧倒的な実力差で圧勝し、二回戦はあのセブンスバーナーのナンバーツーであるリーシャ・ハッピーデイを完封していた。


 しかも二回戦で見せたあの魔法は、うちの社長が若い頃にナンパした凄腕魔法使い……というかあれは恐らく旧公国最高戦力の勇者パーティの賢者ポピー・ミーシアだったんだろうが、その賢者にギルド前の地面へと埋められた時と同じ魔法だ。掘り起こすのにえらい苦労したのでよく覚えている。


 後にうちの社長も、似たような技を使えるようになったが……彼はあれを何の予備動作も溜めもなく無詠唱で使ってのけた。


 つまり彼は昔で言うところの、旧公国最強の賢者に相当する魔法使いということだ。

 単純に考えたら魔法戦で戦士職の俺なんかが勝てるわけがない。


 でも……、もう『大魔道士』なんてスキルはないしこれは個人戦だ。パーティでの連携は存在しない。

 これは【総合戦闘競技】だ。

 特化だけでなく、総合力が求められるのさ。

 俺もセブンスバーナーの選手を倒してここまで来たんだ。やってやれないことはない。


「起動確認」


 係員が『纒着結界装置』の起動を確認し。


「では…………試合開始‼」


 係員が試合開始を告げる。


「――――身体強化、防御魔法、武具召喚っ」


 開始と同時に身体強化をかけつつ駆け出して、防御魔法を展開して剣を握る。


 俺は無詠唱魔法を自在には使えない。

 【大変革】後の魔力との親和率向上とやらで、確かに魔力は上がったし使える系統も増えたし無詠唱の感覚も掴んだが。

 全部の魔法が咄嗟に出せるほど身には染みつかなかった。


 それに魔法防御は彼を相手にそれほど意味がない。

 動いて動いて、とにかく的を絞らせない。


 煙幕なども無駄だろう、彼くらいの練度の魔法使いなら魔力感知で視認するより確実に俺を捉えてくる。


 近接格闘に活路あり……だが、ここまで彼と戦ったショッテ・マーケンもリーシャ・ハッピーデイも近接格闘を狙ったはずだが負けている。


 間違いなく格上相手、俺に油断できるような若さはない。


 流石に動き続ける戦法はジジイにはキツいが、これは実戦じゃあない。帰りのことは考えずに無茶をしてもいい、余力を残す必要はない。


 ここで使い切るつもりで動き続ける。

 無様でいい、マヌケでいい。

 かっこよかったことなんて今まで一度もなかったんだ。


 それでもなんだかんだ生きてきたんだよ。


 なんて思考の中で、光線魔法が鋭く軌道を曲げて俺を追尾するように飛んでくる。


「――――ぃいぃい……ッだぁぁぁあああ‼」


 雄叫びを上げて、無詠唱の魔法剣を使って光線魔法を弾く。


 俺は昔『魔法戦士』という、武器に魔法効果を付与できるというスキルを持っていた。『魔剣士』とか『魔槍』などのスキルと同じような効果だが、付与できる武器範囲が広い分補正値が低い。


 まあでも今はそんなものはない。

 でも若い頃から武器に魔法を付与する感覚は残っているし、この剣はデイドリーム製の魔力を通しやすい素材が使われた剣だ。高かったろうに、経費で落としてくれた……サンキュー経理。


 だから俺は、魔法剣だけは無詠唱で扱える。


 部下たちの中にも光線魔法を使える者は何人かいる。光線魔法を弾く訓練はしてきた。

 こんな連射は流石に訓練で経験できてないが、流れは掴めてきている。

 反応も出来ている、調子がいい。多分明日同じことしろと言われても絶対にできない。


 次々と光線魔法が飛んでくるのを弾きながら、少しずつ接近していく。


 一太刀でいい、魔法剣なら真っ二つに出来る。


 暴風雨のように飛び交う光線魔法を弾き続けて。


 間合いに入った――――。


 


 今の今、たった今までチャコール・ポートマンに注視しながら、接近のために駆け回っていたはずなのに。


 目の前には天井。


 理解が追いつかない。

 突然壁が現れたと思った、自由落下が始まってやっと天井なんだと理解した。


 どうにも俺はチャコール・ポートマンの間合いに入ったと同時に格技場の高い天井すれすれまで飛ばされていた。

 吹き飛ばされた感覚もない……転移魔法か?


 触れられることもせずに、俺を跳ばすことなんて可能のなのか? 俺はもちろん使えねえが、転移魔法はかなりの高等魔法だ。

 緻密な魔力操作が必要で、武具召喚のようにあらかじめ重量やサイズなどを把握してマーキングしていないのなら接触するしか――――いや?


 設置魔法か……? 俺が接触している地面を使って俺を転移した?

 間合いにあらかじめ設置しておいた転移魔法で、俺を天井に跳ばした……。


 そうか……なるほどな。

 納得したと同時に、俺はそのまま自由落下にてまっすぐ地面へぐしゃりと叩きつけられて。


 敗北を告げるブザーが鳴り響いた。


「……驚きました。まさか螺旋光線を剣で弾くなんて…………、勉強させていただきました。ありがとうございました」


 そう言って地面に叩きつけられた俺に、チャコール君は手を差し出した。


「し、試合終了ぉ~っ‼ 勝者! チャコール・ポートマン‼」


 係員が勝者を告げる。


「…………そうか、こちらこそありがとう。楽しかったよ」


 俺は笑顔で彼の手を取って、そう返す。


 完敗だ。

 思った以上に悔しいが。


 それ以上に、心から本当に楽しかったんだ。

 彼には感謝の気持ちしかない。


 楽しかった。

 ああ、本当に楽しかった。


 若き日の思い出を超えた、青春おじさん。


 トラジ・トライ、予選準決勝敗退。


 この後、会社の連中と打ち上げに行ってしこたま飲んだところで。


「よぉーし、トラジィ! 次は俺も出る‼ 予選枠増やすぞぉ‼ 泥沼ハメコンボで全員埋めたらあッ‼」


 と、酔った社長が宣言すると。


「「「うおおおおおおおおおおおおおお‼」」」


 社員一同が盛り上がる。


 どうやら、他のおじさんたちの思い出も刺激してしまったらしい。


 まあ、俺もまだまだ暴れ足りない。

 この青春はまだまだ、終われないのさ。

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