俺、トラジ・トライは元冒険者のしがない傭兵だ。
普段は商人護衛や、大型店舗や銀行の夜警とか、ごく稀に警察からの要請で野盗拠点の制圧を手伝ったりしている。
歳はもうすぐ五十になる、まあ流石にジジイだ。でもお兄さんと呼んでくれても構わないがな。悪い気はしないもんだ。
既婚。
妻は出会った頃は酒場でウェイトレスをしていて、冒険者時代に通いつめて口説いた。
子供は三人。
長女は昨年結婚して、ぼちぼち孫が産まれるようだ。
長男は料理人の道を進んでいて、自分の店を持つことを目標としている。
次男は家具職人のところで営業をやっている。
【大変革】前後に生まれた子たちだが、あっという間に手がかからなくなった。
まあ、冒険者時代に多少なりと蓄えがあったことと【大変革】後というか公国が帝国に統治されることになった後すぐに、パーティの仲間が傭兵会社立ち上げて俺もそこで働くことにした。
戦うことくらいしか出来なかったが、軍や警察に行けるほど規律や規則を守れる気もしなかったし魔物がいない世の中で女房子供を食わせて行くのに冒険者を続けていこうとも思えなかった。
この傭兵会社が思ったよりも上手くいって、女房子供を食わせていくことが出来た。
まあ学もなく、スキルがなくなっても戦うことくらいしか出来なかったから助かった。
つっても流石に二十年も働いてりゃあ出世もするし現場からも離れる。基本的に管理職だし、現場に出ても指揮を任される。
俺は俺をジジイと認めた上でジジイらしくジジイとして言うなれば。
昔は良かったなぁ。
なんて、言いたかないが言わざるを得ない。
仲間たちと適当に依頼受けて、魔物の討伐に行って、打ち上げで赤字になるくらいまで飲んで、赤字取り返すために二日酔いで適当な依頼受けて……。
金はなかったしモテなかったし危険はあったけど、楽しかった。
もちろん家族との日々もかけがえのない日々だった。多分【大変革】後の世界を妻と子供たちがいなかったら俺は生きてこれなかったかもしれない。
でも子供たちから手が離れて、あの青春の日々を思い返してしまう。
そんなある日、うちの会社も昨今の【総合戦闘競技】ブームに乗っかって広報活動の一環として戦闘競技選手を出そうということになった。
こんなに戦える傭兵がいますよーって競技での注目度を宣伝に使おうって話だ。
俺もこの話を聞いて、資料として有名どころの試合を何個か会社で映像を見た。
セブンスバーナーの爆熱パンチャーリーシャ・ハッピーデイだったり、大盾使い鉄壁天使ライラ・バルーンだったり、人形遣いソフィア・ブルームだったりの試合。
女の子ばっかりなのは俺のチョイスじゃあない、広報用の資料だから興行収益の高いというか人気のある選手の試合が多いだけだ。念の為。
今まであんまり興味がなかったけど、見たら見たで面白かった。
特に大盾使いのライラ選手は俺が冒険者時代、まだギリギリセブン公国だった頃の帝国が公都を強襲した時にギルド前で共に帝国軍と戦っためちゃくちゃ強い謎の大盾使いの女性を彷彿とさせた。胸の大きさとかも含めて。
実戦という尺度で見るなら、あくまでも訓練以上の意味はないし競技であるが故に達成後の撤退や救出などへのプロセスを考慮していないが競技としてはとても面白いと思った。
さらに、この【総合戦闘競技】ブームに火をつけた帝国軍で行われた模擬戦も見た。
第三騎兵団の現団長であるジャンポール・アランドル=バスグラム氏と謎の双剣使いの模擬戦の映像だ。
いやはやはや、これは熱くなる。
競技とか訓練とかを忘れて、本気の本気で殺す気の戦いをしていた。
凄まじい速さで剣を振り合い、削り合う。
そして気づいた。
これ、謎の男ってブライ・スワロウさんだ。
俺がいた冒険者ギルドの基礎武術指南教官だった人だ。デタラメな強さでちょっと心配になるレベルの短気さを持つ男。
生意気言う度ボコボコにされていた。当時は片手剣士だったが……あれは手加減されていたのか。
思わぬところで思い出が刺激され、映像を見ながらつい立ち上がって構えてみたりしてしまう。
常に動いて居着きを嫌え、流れを止めたらそこで死ぬ……だっけな。ブライさんがいつも言っていたことだ。
なんて考えながら久しぶりに構えて軽くステップを踏んでみたが、その時ふと夜の窓ガラスに写った自分の姿が目に入る。
軽やかさの欠片もなく。
重そうに腹が出て。
髪もおでこが広がりきった。
小汚いジジイがそこにいた。
昔はもっと地面を滑るような軽やかさだった。
腹筋も割れていたし、無駄な肉なんかついてなかった。
髪も余るほどふさふさでアゴのラインもシャープだった。
「………………、まずは腹筋を割るか」
そう言ってみた俺の目から炎がゆらりと燃えていた。
その日から徹底的に鍛え直した。
腹筋腕立て上体起こしに屈伸とストレッチ。
昔使ってた剣を研ぎ直してマメが潰れるまで振った。
奥さんに協力して貰って食生活も改善した。
毎日会社の若手たちに混ざって走った。
頭は丸めた。
今の魔法理論を勉強し直した。
会社に内緒で色々な戦闘競技大会に出場した。
部下たちには笑われるのを通り越して心配され妻には惚れ直される域まで、ただただ鍛え直した。
そして。
「今年のセブン地域予選は、トラジに行かせようと思う」
かつてのパーティメンバーだったうちの社長から、声がかかる。
「お、俺……? 何言ってんだ、もっと若い連中に行かせないと広報として――」
「おまえが何言ってんだ。そこまで鍛えといて、おまえが出なくてどうすんだよ。やりてえんだろ?」
社長はにかっと笑いながらそう言って。
「おまえはうちのパーティ最強の前衛火力だからな、やってこいよ」
続けて、俺の胸を軽く叩いて予選出場を命じた。
そこから三ヶ月、部下たちの協力もあり俺は最終調整を行い。
全帝国総合戦闘競技選手権大会セブン地域代表決定予選、準決勝。
「では西側、傭兵派遣アドベント、トラジ・トライ選手」
係員に呼ばれ格技場へと足を踏み入れる。